22 ガーディアン
春の空はいつしか曇り、墨が流されたような重い雲に覆われていた。空気は湿り気を帯び、隙間から雷光が迸り、いつ荒れだしてもおかしくない天気だ。
その曇天の下で、ガーディアンは剝き出しのコアを守るように静かに佇んでいた。
「うわぁ……マジかぁ……」
ガーディアンの姿を目にして、わたしは思わず呻き声をあげる。なぜなら……どう見ても、たかだか五年の魔力チャージで現れるようなランクのモンスターではなかったからだ。
体長二メートルほどのドラゴンウォリアー。一言でいえば二足歩行のドラゴン。リザードマンと似ているが、格が数段上がるモンスターだ。
まず、ドラゴン並の防御力と膂力を持っている。これだけでも十分に強いのに、サイズが小さくなったことでスタミナは減っていても、そのデメリットを上回る速さを得ている。そして、手が自由に使えることで武器も使えるし、その技量も軒並み高い。目の前のやつも長剣と盾と備えており、いかにも歴戦の勇士といった雰囲気を備えている。五年の魔力チャージしかないので見掛け倒し……というわけでもなさそうだ。珍しい黒い鱗をしているので、特殊個体だろうか。
「それでも……魔王ほどではない」
わたしは呟きながら剣を構える。
魔王に相対した時に感じた、あの圧倒的なまでの力。放っておけば海を干上がらせ、砂漠を焼き尽くし、あらゆる生物は腐り果てる。それだけでなく、恨み、悲しみ、妬み、憎しみ、そして絶望。ありとあらゆる負の感情をこね合わせ何十倍、何百倍にもしたような、ただ前に立つだけで心を折ってくるような存在。まさしく世界全ての敵。
アレに立ち向かったあの時と比べたら、今の状況なんてそよ風みたいなものだ。パーティで立ち向かい、あらゆる支援を受けられたあの時とは違い、今のわたしは一人で、精霊王たちの加護と、出立前のエルフェリアの祝福しかない。その差があっても、目の前の相手は魔王の足元にも及ばない。
大丈夫。落ち着いて、油断なく戦えば、勝てる。それは慢心でもなんでもない、ただの事実。フゥと一つ息を吐き、魔法を放つ意志を乗せたその時。
十五メートルは離れていたはずのリザードマンが、目の前にいた。
ギンッ!!
半ば無意識に剣を滑り込ませる。硬質な音が鈍く響き、防御が間に合ったことを悟る。
「この……っ」
しかし攻撃が想定以上に重い。まるで瞬間移動してきたような速さといい、こいつは見掛け倒しどころか、見掛けを遥かに超える力を持っていると認識を改めなければいけない。
ギリギリと力比べをしていると、リザードマンは口をパカりと空けて喉の奥に炎を灯らせる。ブレスか!
「魔法防御!」
ボボボボボボボッ!
こちらも間一髪間に合った魔法障壁によりガード。周辺は凄まじい熱気にあおられているけれど、これは精霊王のマントがシャットアウトしてくれている。
このまま攻撃されっぱなしではいられない。ブレスが収まったタイミングで、開いたままのリザードマンの口めがけて魔法を放つ。
「光の槍!」
グオォッ!?
光の槍は当たった。しかしその頭を粉砕するまでには至らなかった。ドラゴンは元々魔法防御が高いけれど、これもさらに強化されている状態か。
それでも仕切り直しにはなったようで、お互いの距離を放し、ジリジリとにらみ合いが開始される。距離があるなら魔法攻撃だ、と光の槍を放つが、勘が良いのか魔力の察知能力が高いのか、避けられてしまった。まじか。
三合、十合と剣を打ち合わせ、剣戟に魔法を紛れ込ませても、リザードマンの剣盾は魔力を帯びているようで魔法を逸らされてしまった。ま、まじかぁ。とはいえ牽制にはなっているようで、リザードマンの攻勢の勢いを削ぐことには成功しているようだ。
お互い決め手に欠けるのか、再度の膠着。
その時。
ドガアアアアアアンッ!
落雷が発生し、周辺の一番高い建物――つまりわたしたちのいる、タワーダンジョンの最上階へと矛先を向ける。ただでさえ高い建物が上に伸びたのだから、それは落ちやすくなることだろう。
しかもその雷は、より背の高いリザードマンではなくわたしの方へと落ち――
ガアァッ!
その機会を逃すことなく、白光に視界が塗りつぶされる中、リザードマンはわたしへと大きく剣を振るい。
「はあっ!!」
わたしは、雷速の剣閃でリザードマンを斬り飛ばした。……いや、そのつもりだったのだけど、剣で上手くいなされてしまい、剣先を溶かすだけに留まった。追撃をしたかったのだが、リザードマンは戸惑いも何もなく後退することを選ぶ。
雷に打たれたわたしが何故無事なのか。それは単純な話、精霊王の加護によるものだ。精霊王は自然の王。雷はその権能の一つに過ぎない。魔法による雷撃ならともかく、自然現象によるものならわたしに害を及ぼさない。むしろ逆にエネルギーを与えてくれる代物だ。
追加のバフが得られたわたしは、今度は攻撃に転ずる。剣を大きく袈裟懸けに振り下ろす。速くはあるが何の変哲もないそれに、リザードマンは軽く剣を合わせ――
ガッ!?
わたしの剣に溜まった雷エネルギープラス追加の雷魔法を紛れさせていたことで、痺れさせることに成功した。高耐久力によって威力は大きく減衰されているけれど、一瞬痺れさせるだけでも重畳。
「光の槍、多重!」
リザードマンの全周囲を光の槍で囲い、一気に射出する!
ドガガガガガッ!!
しかしさすがの強化リザードマン。いくつもの光の槍に体を貫かれながらも、その二本の脚でしっかりと立っていた。
ぽつり、ぽつりと雨が降り始め、ざぁざぁと本格的に降り始める。視界が悪くなる中、リザードマンは体中の穴から魔力の靄を漏らしながらもなおわたしに剣を振るう。やや体の動きが遅くなっているものの、その技のキレに陰りはない。
もう一度隙を作ればトドメを刺せる。その隙を探すべく、剣を交わしながら意識を研ぎ澄ませていたのだが……突如として足が滑った。
「うわっ!?」
雨で足が滑った!? そんな間抜けなことを今更するはずが……と足元にわずかに視線を向けてみれば、黒い靄が足に纏わりついていた。その靄は当然ながらリザードマンのもので、迂闊なことに雨のせいで見落としてしまっていた。それとも妙手を繰り出してきたと相手を褒めるべきか。すぐさま体を覆うバフで散らされたけれど、このリザードマン相手では致命的な隙。
迫りくるリザードマンの剣が、やたらとゆっくりに見え――
ガキイィン!
「「!?」」
必殺のはずの一撃は、光の盾に阻まれた。その事態に、わたしだけでなく、リザードマンも驚愕に目を見開いていた。
一体何が――いや今は考えている場合ではない、リザードマンは大きく剣を弾かれ、体勢を崩している。今が好機!
「悪く思うなよ!!」
わたしは剣を横なぎに一閃。頑強な鱗に一瞬引っ掛かったけど、さらに力を篭めてリザードマンの鱗を、肉を、骨を断ち斬った。
上半身が落ち、続けて下半身もゆっくりと倒れる。強敵の打破に、わたしはフゥと大きく息を吐いた。
「さっきの光の盾はなんだったんだろ……いや、これは」
わずかに香る、エルフェリアの匂い。そうか、彼女の祝福が守ってくれたのか。……魔王戦でわたしが大怪我を負ったので、その辺り改良してくれたのだろうか。また一つお礼をいうべき内容が増えてしまった。それで祝福の力を使い切ったのか、体から抜けていく感覚があるけれど、ガーディアン戦が終わったのだから大丈夫だろう。
「おっと、コアを壊すのが目的だった」
コアを壊してモンスター生成機能を止めないと、溜まった魔力を出し切るまでずっと噴出が続いてしまう。今は封印で留めている状態だけど、いつ破られるかわからない状態だ。一番最初に施した入口の封印などそろそろ解けてもおかしくないので、余韻に浸るのは後にしてさっさと壊さなければ。
そうして足を奥へと進めようとしたのだが……倒れていたリザードマンの体が、床からしみ出したドス黒い粘液に飲み込まれていく光景が目に入った。
「……は?」




