19 勇者の出陣
「うっそ!? このタイミングで噴出!?」
「そのようですね……。むしろセツナの手が空いていて運が良かったのかもしれません」
それは……そうかも。魔力の放出からモンスターの放出までに少しばかり時間がある。急いで準備すればまだ間に合うのだ。これがダンジョン探索中で、出てくるまで時間がかかる状態だったらと思うとゾッとする。
「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん! ダンジョンがなんかおかしいよ!?」
ヒナタも同じ物を見たのか、バタバタとわたしの部屋へと駆け込んできた。さすがに視覚的に異常が発生していれば誰でもわかるか。身近な脅威に怯えるヒナタの頭を撫で、落ち着かせる。
「エルフェリア、今回はわたし一人で行ってくる」
「ですが……」
「魔王が相手じゃないんだし、大丈夫だよ。それよりもエルフェリアはここに残ってヒナタをお願い。こっちにモンスターが湧かないとも限らないし、エルフェリアの盾があるなら安心して戦えるから」
「……わかりました。お任せください」
わたしはまず……カーテンを閉めた。ヒナタが首を傾げるけれど、すぐに理由はわかるだろう。
空間収納から勇者時代の装備を引っ張り出す。上級ダンジョンからモンスターが溢れてくるので、今回ばかりは目立ちたくないといっている場合ではない。
まず今着ている普通の服を脱いで、防御上昇の地精霊の加護を帯びたインナーを身に着ける。五年前の体に戻ったのだがサイズがぴったりだった。体が成長していない……というよりは、装備の方が調整してくれたのだろう。速度上昇の風精霊の加護を帯びた上衣下衣を身に着け、回復力上昇の水精霊の加護を帯びた帯で腰を締める。ひんやりとした感触に身が引き締まった感じがした。攻撃上昇の火精霊の加護を帯びたブレスレットを嵌めると、全身が活性化を始める。魔力消費低減の闇精霊の加護を帯びたブーツを履き、魔法攻撃上昇の光精霊の加護を帯びたサークレットを装着すると、精神が高揚して、否が応でも勇者時代のひりつきを思い出す。
「お姉ちゃん……その装備、なんかすごそうな感じがするねぇ……」
「でしょう? サークレットはかっこよすぎて慣れるまで恥ずかしかったけどね」
わたしの装備はゲーム風に例えるなら精霊シリーズだ。装備した者のステータスを上昇させてくれるもので、装備数が増えるごとに上昇ボーナスが増える。ただ精霊の加護を受けた者にしか効果がない……というか、これはわたし専用として加護を篭めてくれたものである。そして専用品だけあって上昇率がさらに上がる。
そしてもう一つ、仕上げの一品がある。
わたしは精霊王の加護を帯びたマントを身に着けた。すると、全身の装備が呼応し、そこかしこに精霊たちの紋章が刺繍のように浮かび、脈動を始める。
「わわ、お姉ちゃんが白髪になった!?」
「もうちょっとマイルドな表現でお願い!」
精霊王の加護の影響により、髪が黒から白金へと変わったのだ。なんなら全身うっすらと光を放っており、明かりのないダンジョンでも光源要らずだ。今回は屋外なのでそこまで目立つことにはならないと思うけど。
こうして髪色が変わったことと、全身を覆う精霊力と、あとサークレットでやや目元が隠れるので、誰もわたしとは気付かないだろう。普段のただの女子高生とは全く異なる今の状態で、結びつけられるはずもない。
なお、精霊力とは、魔力が精霊の力によってより高密度になったものを示す。本来であれば精霊の属性に染められるのであるが、わたしは精霊王の力も借りられるので全属性に自在に変換できる。つまり、少量の魔力でどの魔法も使い放題となるのである!
「……セツナのその姿を再び見ることになるとは思っていませんでした」
エルフェリアがどこか困ったような微笑みを浮かべながらわたしを見ている。わたしだって、魔王を倒した後にこの装備をするとは思ってなかった。勇者時代の力が残ってたこと自体が想定外だったしね。
装備から、どこか精霊たちの喜びを感じる気がする。空間収納に放置しっぱなしでごめんね。次から偶には着てあげるから。
ぽんぽんと装備をたたいてから、エルフェリアの前に跪く。エルフェリアは精緻な装飾がされた杖を取り出し、わたしの肩へと当てた。
直後、わたしの足元に魔法陣が広がり、淡い光を放つ。決して目を焼くことのない柔らかく温かな光。浴びるほどに、わたしの力が増していく。
「我が勇者、セツナに祝福を――」
エルフェリアが小さく呟き、身をかがめてわたしの額へと唇を落とした。……そんな場合ではないとわかっていながらも、毎回この瞬間は心臓が跳ねてしまう。
額を中心にもう一つ魔法陣が展開され、光が散ってわたしの全身へと降り注ぐ。余すことなくこの身に吸収され、細胞の一片残さず全身が満たされていく。エンジンに火が灯り、今にもフルスロットルで飛び出しそうな感覚。
神の代理人たる聖女から、勇者に贈られる祝福。これを受けて、負けられる勇者などいない。
「エルフェリア、ここからダンジョンまでの中間地点あたりの上空に転移させてくれる?」
「わかりました」
ここから飛び出してしまっては、目撃された時が怖い。せっかくカーテンを閉めて漏れる光を遮断した意味がなくなってしまう。
「え、え? それ、落ちないの?」
転移指定先にヒナタが慌てるけど、当然ながら落ちることはない。
「大丈夫。このマント、空を飛ぶ機能があるから」
「へえええええぇ……!」
ヒナタの目がワクワクしている。羨ましいのだろうか。まぁ、空を飛ぶって現代人には憧れなのかもね。各種付与効果が目的で装備しているけど、装備がなくとも魔法を使えば飛べなくもないので、そのうちエルフェリアと一緒にヒナタに色々レッスンをしてみようかな。
ちょろっとカーテンを開けて視線を確保してから、エルフェリアが杖を構える。
「では、転移を使用します。ご武運を」
「行ってきます」
「気を付けてね、お姉ちゃん!」
二人に手を振り、「転移」の声と共に、わたしは遥か上空へと飛ばされた。ゴウゴウと唸る風がこの身をたたくけれど、マントに魔力を篭めることで浮遊し、風も遮断してくれる。
遥か足元に故郷の街並みが広がる。駅ビルの展望台から景色を眺めたことはあるけれど、こうして身一つで空から眺めるのは当然ながら初めてだ。夜だったら明かりでもっと綺麗なものが見えたのかな、なんてのんきな感想が浮かんだ。
「それを見るためにも……あのモンスターたちを何とかしないとね」
メイエキタワーダンジョンを見やる。黒い靄の範囲が大きく広がっていた。モンスターが湧いてくるのももう間もなくだろう。モンスターに街が壊されてしまっては、見たいものも見れなくなってしまう。それに、人が傷付くのだって当然ながら許容できるものではない。
わたしは柄とわずかな刃しかない剣を取り出し、魔力を篭めると、刃の部分が伸びて大剣となった。最終的に、どんな武器よりも、自分で生成した魔力剣が丈夫で威力も強いくらいには成長できた。魔力を消費する代わりに、重くもないし、取り回しやすいし、自分を傷付けることもないというメリットもある。
さらに、全身から魔力を放出させる。それは本来なら無駄遣いでしかないのだけれど、魔力を好むモンスターを引き寄せる餌ともなるのだ。
「さぁ……行くぞ!!」
わたしは気合を入れるように大声を出しながら、ダンジョンへ向けて飛翔した。
◇◇◇◇◇
上空に現れた光が、尾を引いてダンジョンへと向かっていく。
その様を、ヒナタはそわそわしながら見つめていた。姉の強さはすでに見たけれども、それでもメイエキタワーダンジョンは上級者向けの脅威度の高いダンジョンで、探索者たちが挑んではろくな成果も得られずボロボロになって帰ってくるだけだった。そこのモンスターたちを相手にするのかと思うと……想像するだけで震えてしまうのも仕方のないことだろう。
「セツナなら大丈夫ですよ、ヒナタ」
しかしエルフェリアに不安はなく、至って冷静なもので、小さく微笑みすら浮かべていた。ただセツナと一緒に行きたかっただけで、セツナ一人で戦わせるのが不安というわけではなかったのだ。
その力を信じているがゆえに。
「世界を壊しかねない魔王すら倒した勇者が、たかがモンスターに負けるなどありえません」




