18 ダンジョンの脅威
「ここをちょんと触るとブラウザ……閲覧アプリが開くから、この入力欄に知りたいワードを入力するんだよ」
「……文字の入力が難しいですね……ヒナタの早さが信じられません」
「わたしたちはそれこそ小さいころから触ってるから……慣れるまで大変かもね」
エルフェリアに「情報端末の使い方を知りたいです」と頼まれたのが事の始まり。いっそ自分のを持ってた方が便利だろうと思って、ヒナタが持っていたサブ端末を譲ってもらった。この前の報酬でお金はあるんだけど、大人がいないと契約できないからね……まぁ家で使う分には問題ないし、予めチャージしておけばキャッシュレス決済もできる。
それで一から操作を教えているわけなのだけど……教えるのって思ってたよりずっと難しい。わたしが子どもの頃にどうやって覚えたのかも思い出せない。まぁ、両親が操作してるのを見て自然と覚えたのだろうから、エルフェリアもそのうちできるようになるんじゃないかなぁ。言霊の加護の影響でどの言語でもわかるんだし。
「せ、セツナ……画面が真っ黒になってしまいました……!?」
「あー。電源に触っちゃったね……ここの突起を操作中は触らない方がいいよ」
とはいえエルフェリアは電子機器全般が存在しない異世界アルスリオで生まれ育った。わたしたちからすれば外観で大体の機能はわかっても、エルフェリアからすれば全て知らない物で、そこから学ばなければいけないのだから大変さは人一倍だろう。
「えっ、なんですかこれは。あ、あれ? えっと、たしかここをこうして……うぅ、助けてくださいセツナ……」
……こうやって慌てる彼女も新鮮でかわいい。ずっと見ていたい。けど、意地悪をしたいわけでもないのでちゃんと教えてあげるのです。
「それにしても、なんで急に使いたいと思ったの?」
「これで色々な情報が取得できるのでしょう? ダンジョンの情報も知りたいですし、ひょっとしたらですが……私以外にアルスリオから来ている人がいるかもしれません」
「あー……たしかに、それはありえない話じゃないね」
本来なら転移魔法は目視できる場所以外は座標を設定しないと――つまり、一度行った場所でないと使えない。エルフェリアがこの世界にきたのは例外だけど、それでもわたしに刻まれている感応紋が示す座標が必要だった。
しかし、この世界と異世界は物理的にではないけど繋がっていると、神様の言葉で証明された。つまり……転移事故などでこちらに転げ落ちてくる可能性もないとはいえない。特に今は魔力の流出まで始まっているから、確率は高くなっているのではないだろうか。
「……あの、今度は赤いのが表示されたのですが……」
「ありゃ、電池切れだね。この端末……に限らないけれど、様々な機械製品は電気っていう魔力とは違うエネルギーが必要になるんだよ。このタイプはここに置いておくだけで充電できるよ」
この前使ったパソコン、天井の照明や棚の上に置いてある時計、今は稼働していないけどエアコンも、夜に外から見える明かりも、全部電気で動いてると説明したらエルフェリアはびっくりしたのか何度も目を瞬かせていた。異世界にも魔力で動く魔道具はあったけど、たくさんそろえているのは貴族くらいだったからね。ここら一帯の住民ほぼ全員が使用していると聞けば驚きもすることだろう。
「充電している間はわたしのパソコンで一緒に調べよっか」
「はい」
わたしたちは並んで座り、ダンジョンについてを調べ始める。……とはいったもののどこから手を付けようかな。ヒナタに頼るのが早いんだけど、あの子は今宿題中なんだよなぁ。
んー、と首をひねると、窓の外、駅前のツインタワーに生成されたダンジョンが目に入った。ふむ、そういえばまだあれについて調べてなかったかも。検索窓に適当なワードを打ち込むと、AIが推測して答えをまとめてくれる。
「えーっと……名前はメイエキタワーダンジョン。どのダンジョンも地名が付いてるからこんなもんか。それで……」
メイエキタワーダンジョン
ランク:上級者向け(未測定)
タイプ:迷宮型
フロア数:未測定
モンスター:ゴブリンロードを始めとした各種ゴブリン、ハウンドウルフ、ヒュージスライム(観測済のもののみ)
・・・
出て来た情報を読み切るのに多くの時間はかからなかった。
ほとんどが未測定で未記入……つまり手つかずのダンジョンだったからだ。かろうじて下(入口)の階層の未完成マップがあるくらいだった。
わたしは思わず冷や汗を流す。
「……え? うちの近くにそんなヤバイダンジョンできてたの……?」
「……セツナの住む街が何もなくてよかったですね」
いや本当だよ……。すぐ近くを通る電車も動いてたし、そんな大変な代物だとは思ってなかったよ……。まぁモンスターがダンジョンから出てくることは早々にないんだけども。理由としては、モンスターは魔力を好むから。この世界はまだ魔力が湧き出たばかりで、特に魔力の溜まっているダンジョンの外には出てこない……と言いたいところだけれども、たまに出てくるらしいので油断はできない。……うちの両親もその被害者だしね。
そしてダンジョンにあまり入らず、適度にモンスターを間引きしていないとどんどん魔力が溜まって、モンスターと一緒に外に溢れる――噴出という現象が発生してしまう。特に人口の多い場所では惨事になることが容易く予想されるので要注意だ。ただ魔力が溜まることで高品質のアイテムやレアアイテムが生成されることもあるので、魔力が溜まること自体が悪いというわけでもない。
「ダンジョンができてから五年だっけ。上級ダンジョンならまだ容量はあると思うけど……そろそろ間引きしておいたほうがいいよね?」
「そう、ですね。ダンジョンと人の住処の近いここでは、ギリギリを攻めるような真似は危険です」
……間引きタイミングを見誤った異世界のとある国が大変なことになったんだよね……。探索者協会に忠告したところで、中に入れる探索者が少ないからこその未測定なのだろうから、間引きをしてもらうのは難しいだろう。
軽く調べてみたらすでに噴出の事例はいくつかあるらしい。とある無人島に生成されたダンジョンで発生し、実質島ごとモンスターの領域になってしまった事例もあるのだとか。……うーん、無人島でよかった。
そうしてメイエキタワーダンジョンについて調べていたのは偶然だったのか、何がしかの力が働いていたりしたのか。
ふと、体内の魔力がざわめいた。離れた位置で発生した魔力の揺れが、ここまで伝わってきたかのような、小さな振動。
「……セツナ、これは……」
エルフェリアも同じモノを感じ取ったのだろう。胸元を押さえてからわたしを見て。
「まさか――」
わたしたちは揃って椅子から立ち上がり、ベランダへと飛び出してメイエキタワーダンジョンを見つめる。
ツインタワーの片側の上部は崩れたまま、もう片側がタワー型のダンジョンで。
そのタワーダンジョンから……黒い靄が溢れ出していた。
可視化されるほどの、濃密な魔力が。




