17 エルフェリアの考察
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セツナがお風呂に入っている間、エルフェリアは本日、神と遭遇した時のことを思い返す。帰り際に「これまでこっちの世界で神様に遭ったことがなくてビックリしちゃった」とセツナが言っていたが、それの答えはおそらく単純。
『この世界に魔力が流れ込むようになったことで神が顕現しやすくなった、もしくはセツナに神を感知するだけの力が備わったから、でしょうね』
以前と明らかに違っている点を挙げたことにより、セツナは納得の色を見せた。これに関しては特に大きな問題はない。
セツナが大きく引っ掛かっており、エルフェリアも懸念を抱いているのは、『業を背負う』、『手を汚さないでくれ』の部分だ。ただ魔力が流れ込んだだけ(『だけ』というには、世界に大きな変革をもたらしたが)で、どうしてそのような話になってくるのか。この話の裏に、一体何があったのだろうか。
そもそもセツナの――勇者の役割とは、世界に災いをもたらす、『世界の敵』を討ち滅ぼすことだ。……しかし神はこうも言っていた。『この世界が壊れることはない』、『今のセツナに役割はない』と。
「つまり……明確な『敵』がいる、ということではないのでしょうけれども……」
だとしても、これほどの大きな変化を、一体誰が起こしたのだろうか。
『空間神のマヌケもあって――』
と神は零していた。たしかにこのような大それた所業ができるのは神くらいである。……とは思うのだが、もし本当に神の手違いだとしたら、こちらの世界に神からの支援があまり行われてなさそうなのが疑問だ。これは先ほどヒナタに確認して、
『神様を見た!って話はちょこちょこ流れてきてるけど、大きなニュースにはなっていないかなぁ』
このような回答をもらっている。
基本的に神は世界の管理者であって、そこに生きる人間が何をしようと不干渉である。一部神が一部個人を気に入って手を貸すことならあるが(セツナやエルフェリアがまさにそうである)、政治や経済に手を出すことはない。過去に勝手に神の名を騙って侵略戦争を起こした者が異世界に出現した際、首謀者たちに神罰を与えて子々孫々呪われることになったくらいで、国ごとどうこうするといった措置を取ったことはない。その一族からすれば大きなことであろうが、世界全体から見れば些細なことだ。
ただこれは世に無関心というわけではなく、魔王が現れれば勇者を選定するし、自然のバランスが崩れた影響による大災害が発生した時も力を貸してくれた。この世界のダンジョン生成もいわゆる大災害のようなものであると言ってもよいと思うのだが、この対応の違いは何なのだろうか。先ほど遭った神もセツナに『自由に過ごすがよい』と言っていたくらいであるし、積極的にどうこうしよう、あるいは代わりにしてほしいという意志は見られなかった。この世界の神とアルスリオの神の違い、というわけでもないだろう。
「神が手を出さない理由…………もしや、これは……人の手によるもの……ということでしょうか……?」
エルフェリアは自分の出した答えに息を呑んだ。
同じく過去のアルスリオの話であるが、とある魔法使いが開発した魔法が原因で街が燃え盛り、周辺の森まで何もかも燃やし尽くしたことがある。一月以上に渡り長く燃えた大災害であったが、神が手を貸すことはなかった。曰く、『人の子の――それも悪意でしでかしたことに、我らは干渉しない』と。その魔法使いは侵略戦争用に魔法を開発していた。それが悪意と判定されたようだ。開発を止めもしないが、被害を止めもしない。神の名を騙った時とは異なり、呪われることもなかったが。
「とはいえ、事態はこの世界への魔力の流入……神の技にも等しいできごと。これが人の手に行えるものなのでしょうか」
呟きつつも、エルフェリアの脳裏には心当たりが一つ浮かんだ。
魔王教団。魔王を崇め、世界の破壊を望む者たちの集まり。彼らの教義は簡潔にまとめるなら『この世界は苦しみに満ちている。ただちに解放するべきだ』というものだ。その『解放』は世界の破壊を示しており、エルフェリアを始め多くの者たちは理解できなかったが、世の中に不満を持った者はいつでも一定数は出てくるもので、為政者たちは長いこと頭を悩まされてきた。
セツナも旅の途中で団員と戦ったことがある。彼らが崇める魔王を倒す勇者など邪魔でしかないのだろう。……狂信者が相手とはいえ、人を相手に戦うことにセツナは苦しみを抱いていた。それもあって、エルフェリアが魔王教団を許すことはない。
「魔王はセツナが倒しましたが……それは今の話。五年前の時点で何かを起こしていた……?」
世界を滅ぼそうとしたけれど、世界に穴を空けるに留まった。ここまでのことができるのか不明だが、魔王教団の全貌自体が不明なので無いとも言い切れない。しかししっくりもこない。
魔王教団が原因だと仮定しよう。だとすれば、神がセツナに何も要求しないのは正しい。世界を壊すような大罪人が発生した場合、人の手に頼ることはしないからだ。首謀者たちに神罰を落として終わりであるし、それをわざわざ伝えるまでもないと考えるのもわかる。この世界ではなくアルスリオでの出来事ならなおさらだろう。
けれども……これだと『業を背負う』が不明である。
もしも魔王教団が原因だったとして、これを討伐したところで何ら問題はないのだ。神は世界の管理者であって統治者ではない。人が人を殺したとて、人の世の法に触れても、神の怒りに触れることはないのだ。
そこまで考えて、エルフェリアの脳内に過ったことが、もう一つ。
「………神の、怒り? もしや――」
神によって定められた禁止事項はそう多くない。世界を壊すこと、神を騙ること、そして――
――神を手に掛けること。
神は強者であるが万能ではない。万能であれば魔王とて神自身の手で倒すだろう。
そして万能ではないので……滅ぶこともある。
「まさかこの事態に神が関わって……いえ、そうであれば、神はもっと積極的に支援してくださるでしょう」
元凶が神だとしても、神に対して手を挙げることは許可されていない。理不尽ではあるが、そのようになっている。神が原因であれば神の手で解決するので、人の手が関わることもないのだが。
しかしここでまた、神からの支援が不十分という疑問が再浮上する。いくら世界が壊れないからといって、いきなり魔力とダンジョン、モンスターというものに悩まされることになったこの世界の人々が悲惨である。
……のだが、ここで、二つのことが一つに繋がった。それは。
「人の手で……神を堕とした……?」
人が神を唆して、世界を壊そうとした。
荒唐無稽な想像。しかし……今の状況に当てはまってはいる。さらに言ってしまえば、おそらくこの世界の人間も関係している。そうでなければとばっちりすぎる。時期も五年前で、ちょうどセツナの召喚――未来から召喚するという型破り行為と重なってしまったことで、世界を隔てる膜の一部が破れ、あるいは繋がり、魔力が流れ込むようになった。『わたしが五年前に召喚されたのと関係ありますか?』とセツナが尋ねた時に『責任などない』とやや回答を逸らしており、関係ないとは言っていないので、ありえない話でもない。
そして今もなお、この神は存在しているのだろう。滅んでいれば手を出すこともできないので、業もなにもない。
世界をめちゃくちゃにした復讐をすることも、報いを受けさせることもできない、厄介な存在。エルフェリアは大きく溜息を吐いて頭を押さえる。
「ただの予想でしかありませんが……これはセツナには伝えられない話ですね……」
セツナが恨みで神殺しを決行するような性格ではないと知ってはいるけれども、魔王教団がこの世界にもいるのだとすれば話は別だ。当事者はすでに神罰を落とされているだろうが、団員を全滅させもしないのが神だ。放置していてはまた悪行を重ねるかもしれない。しかし神殺しは当然ながら、人殺しもさせられない。セツナの苦悩を知っているがゆえに。
「エルフェリアー。お風呂空いたよー」
「あ、はい。今行きます」
ノックの音が響き、扉の向こうからセツナの声がする。あの時とは違う、平和な空気に緩んだ声。
……決して、これを歪ませてはならない。
「……神の口振りからして関わることも早々ないのでしょうが……この件は調べておいた方がいいでしょうね……」
その呟きは、扉を挟んだセツナに届くことはなかった。




