16 この世界の神様
エルフェリアが指し示した方向、商店街から少しずれた位置にあったのは、小さな神社だった。そこそこ近所にあるので、わたしも何度が立ち入ったことがある場所だ。なるほど、神聖。こちらの世界の神様を祀っているところなのだから、むしろ神聖じゃなかったらヤバイだろう。
小さな農村ならともかく、大きな(異世界比)街でこのサイズの神社が建物の間にポツンとあることに、エルフェリアは何度か目を瞬いていた。
「……このようなサイズのものもあるのですね」
「そうだねぇ。大小さまざまだけど、ニホンだとそこらに神社とかお寺とかあるかな。ちなみにさっきの商店街の中にもお寺があるよ。あと、歩いていくにはちょっと遠いけど、ニホンで有名で大きな神社も結構近くにあるね」
「この国の人は、神様と密接に結びついているのですね」
「……いやぁ、それはどうなんだろう……?」
八百万の神というワードがあるように、ありとあらゆる物に神様が宿っているとか、お天道様が見てるとか、道徳的な意味で宗教の教えと日常が結びついているのはそうだけど、教義に詳しいとか、しっかり神様にお祈りしたり感謝したりしている人は宗教関係者くらいしかいないんじゃないかな。正月の時はめっちゃ増えるけどね。
神様に祈りを捧げることはあっても、神様が実在していると信じている人は少ないだろう。……異世界だと神様がたまに姿を見せるから、あれにはびっくりしたなぁ。まぁ、そもそもわたしを勇者に選んだのが神様だったんだけども。
「目の前まで来たんだし、中まで見てく? 参拝なら自由だよ」
「そうですね。ご挨拶はしておきましょう」
そうして二人で鳥居をくぐった途端。
――キン、と空気が入れ替わったような感覚がした。
「な、なに?」
「神域に入ったようですね」
「……はい?」
戸惑うわたしにあっさりと答えたエルフェリア。しかしその内容をわたしはすぐに受け入れることができなかった。
だって異世界ならともかくニホンだよ? 神様なんて見たことないし、過去にここに入った時は何も起こらなかったし、どうしていきなりそんなことに?
「……人の気配が全くない……少なくとも宮司さんや巫女さんがいるはずじゃ……」
「おそらく、神様が人払いをなさったのでしょう」
「えっ?」
神様が?と聞き返す間もなく、上空から突如として濃密な気配が湧きだし、慌てて顔をあげたら。
そこには、水干に似た白い衣を纏った、小学生くらいの背丈の子が空に浮かんでいた。……いや、エルフェリアの言葉が正しいのであれば、『子』などと呼称するのではなく――神様なのだろう。それは全身から漂う神聖な気配からよーくわかる。黒髪で、前髪が長くて目が見えていないけれども、口元には笑みを浮かべていてどこか機嫌がよさそうだ。
神様は足音もなく着地をし、わたしたちに近付いてくる。エルフェリアが膝をついたので、あたふたとそれに倣おうとしたところで、目の前の神物から止められた。見た目通りの高めの声、そして見た目にそぐわない圧の籠った声。力のない者であれば、声を聞いただけで立っていられなくなるほどの。
「よい、よい。運命神に見初められただけならまだしも、精霊王の寵児にまでなった者に膝などつかれたら後で何を言われるかわからぬ。隣の精霊の娘も立つがよい」
運命神と精霊王。そのワードが出てくるなんて、もしやこの神様は異世界の神様……?
立ち上がったエルフェリアとそっと目を合わせる。『知ってる?』と目で問いかけたら小さく首を横に振られた。神に仕える聖女である彼女が知らないってことは……やっぱりニホンの神様? ……マイナーな神様だったらなんかごめんなさい。
「……え……と。……わたしのこと、ご存じで?」
「もちろん。こちらとあちらは繋がっておるでな。勇者と聖女という有名人なら知っている神も多かろう。もちろん物理的な繋がりではないぞ?」
「「――」」
繋がっている。
エルフェリアが転移してきてすぐの頃にいっていた、この世界とあの世界は『近い』という仮定。実際には近いどころか繋がっていると、神様によって明確に告げられて、わたしとエルフェリアは大きく目を見開いた。
「……精霊って神様の使いってイメージあるんですけど、神様が精霊王様に怒られたりするんです?」
「ハハ、精霊王はほぼ自然神ゆえな。我はいわゆる木っ端神なので力関係では負けるのぅ」
衝撃を受けながらも思わずポロッと出たマヌケな質問に、怒るでもなく笑いながら答えてくれた。……なんかごめんなさい?
「それで、何かご用、でしたでしょうか?」
「なに、勇者がせっかく我のところまで来てくれたのでな。顔合わせくらいしておこうと思っただけよ」
「それは……わざわざありがとうございます」
神様はカラカラと笑ってからジロジロとわたしを見てくる。な、なんだろう。「ふむふむ」と呟きながら、ぐるりと一周して、エルフェリアの方も見て。元の位置に戻って意味深に頷く。
「うむ、わかっておったけど、お主は我よりずっと強いな」
「……え?」
「精霊王の加護のおかげかと思うたが、きっちりとその力を身に沁み込ませて己が力としておる。さすが魔王を討伐した勇者なだけあるな」
神様に褒められてなんだか照れ臭い。……のだけども、やっぱりわたしに勇者時代の力がちゃんと残ってるんだ……。
「あの、なんでわたしに力が残っているんでしょうか?」
「む、どういうことだ?」
「わたしは勇者として五年間異世界アルスリオで過ごしました。この世界に帰ってくる時は、五年前の召喚された日に、五年前の姿で戻してもらうようお願いして、実際にそうなりました。でも力だけは残ったままなのです」
この残った勇者の力に何か意味はあるのだろうか。
――つまり、倒すべき魔王がこの世界にいるのだろうか。
緊張しながら聞いてみれば、神様は一瞬止まってから、こてりと首を傾げて。
「それは単に、力を抜いてくれと言われなかったからそのままにしただけであろ」
「は?」
あまりに単純な答えに目が点になった。いや、でも、確かに力を抜いてとは……言ってない、な?
「で、でも、体は――」
「おそらく、五年分小さくなったように見えるだけで、体の構成自体は変わっておらぬのではないかの。密度が上がったとでもいえばよいか?」
「……勇者として、この世界の魔王を倒せ、とかはないんです?」
「魔王なぞ最低十年は発生せぬわ。そもそもお主が倒したくせに何を言うておるのか。今のお主に役目はないので自由に過ごすがよい」
魔王はいない。……最低十年、というのは気にならないでもないけど、少なくとも今はいない。その答えが得られたことに、わたしは安堵でどっと肩から力が抜けた。……いや……うん?
「向こうの世界で魔王を倒して、五年前のこの世界に戻ってきたのだから、時系列としてはまだ魔王は倒されていないのでは?」
「ふむ。それはお主の認識が間違っておるな。まず、今はお主が魔王を倒してから五年前ではないぞ」
「「え?」」
その衝撃的な答えに、わたしだけでなくエルフェリアの驚きも重なる。
聞くと……どうやらわたしは今から五年前の異世界に召喚されていたらしい。
勇者を召喚しようとした当時、適格者のわたしは十歳だった。さすがにそれでは耐えられない。なので五年後の未来からわたしを召喚した。ちょっとややこしく感じるけど……今は異世界から見て五年前ではなく、同じ時間なのだと。たしかにそれなら魔王はいないね……? あと、あっちを倒してもこっちでは関係なくない?とも思ったけど、魔力という魔王の核になるリソースが両世界共通なのでどちらか片方に出現するだろう、と。なるほど?
「それじゃあ、五年前にこの世界に魔力が湧き出して、ダンジョンが生成されてしまった理由は? ひょっとして……わたしが五年前に召喚されたのと関係ありますか?」
「……その辺りはお主に責任などないので気にせんでよい」
エルフェリアからも気にしなくていいと言われていたけれど、神様からも保証されたことで心に残っていたしこりが消えたように感じた。……気付かぬうちに溜まっていたらしい。「よかったですね」とでも言いたげにエルフェリアが腕をポンポンと触れてくる。わたしはそれにへらりと笑って返した。
しかし……この回答の仕方だと理由も知っていそうだな……? 答えてくれないかじっと見つめていたら、神様は大きく溜息を吐いた。
「理由は知っている。知っているが……本当にお主は気にしなくてよい」
「……それは、何故ですか?」
「確かに此度において、空間神のマヌケもあって、あちらの世界で管理していた魔力が流れ込んできた。しかし、それによってこの世界が壊れることはない」
「壊れることはない……? みんな、大変な目に遭っているのに……?」
駅前のツインタワーは壊れた。港と水族館も消え去った。田園地帯も飲み込まれて、海路の一部も遮られているという。幸いにして文明が壊れるほどではなかったけれど、場合によっては暴動が起こってもっとピンチになっていた可能性だってあるのに。
愕然としつつも絞り出すわたしに、神様は肩をすくめる。
「人間の文明という点であればそうであるが、世界という視座においては魔王と違って危機はない。どのみちもう起こってしまったことなので、お主がどう動こうとこの世界から魔力が消えることはない」
「何をしても変わらないから、気にせず、何もしなくてよい、ということですか?」
「……まぁそうであるな。今回は、魔王という世界にとっての敵のようなものが相手ではない。だから……この件に首を突っ込んで、業を背負う必要はない」
……は? それは、どういう……?
「お主は、我ら神からしても善性の心の持ち主だと断言できる。だからどうか、その手を汚さないでおくれ」




