15 二人でおでかけ
「お姉ちゃん、しばらくメイコーダンジョンに行かないほうがいいよ」
朝食中、ヒナタからそのような忠告がされて首を傾げる。理由を聞いてみれば……まぁ自業自得でした。
「ブレイブレッド……ンフッ……が、ネットですごく話題になってて、『正体をあばくぞ!』って来てる人が多いらしいよ」
「……うぇ……。えっと……バレてはないよね?」
「さすがにバレてはないね。というかそもそもお姉ちゃん自体が無名の新人だし? でも、似たような背丈でソロってだけで疑われる可能性が出てくるんじゃないかなぁ」
あまり大掛かりな幻影をかけながら戦闘行為をすると剥がれやすいから、髪色だけ変えて他はそのままで戦わざるをえなかったんだけど……ある意味仕方がないともいえる。付け加えると、探索者登録ができるのは十五歳から。つまりわたしと同じくらいの体格の探索者は少ないといえる。そんなところに事前準備もなくノコノコ現れていたらやばかったかもしれない。
「どれくらい話題になってるか見てみる?」
「……いやぁ……色んな意味で怖いから見なくていいかなぁ……」
褒められるだけならまだしも、コスプレ野郎とか技名がダサすぎるとか書かれていたりしたら顔から火が出てしまいそうだ。知らぬが仏。なんか重要そうなのはヒナタに教えてもらうことにしよう。エルフェリア、なんでそんな興味がありそうな顔を……見たいならわたしがいない時に見せてもらってね……。
「重要……ってわけじゃないけど、ジャスティスヒーローの作者さんがサイン欲しいとか言ってたよ」
「……は?」
サイン欲しいのはむしろわたしの方ですけど?? ……いや、揺らいでいませんよ。サイン欲しさにブレイブレッドを名乗って接触しようなんて考えていませんよ。えぇ。
わたしは邪念を断ち切るようにパンをいつも以上に噛んで飲み込む。
「でも、探索者協会の人に海部分のマップを埋めてほしいって頼まれてるんだよねぇ……」
「今すぐって話でもないでしょ? それにお姉ちゃん、連休が終わったらお姉ちゃんもあたしも学校だよ?」
「? それがなに? 課題なら終わってるよ?」
「エルおねーちゃんが一人になっちゃうでしょ! 生活に困らないように町を案内してあげなよ! まさかずっと家に閉じこもらせている気!?」
「はっ……!」
なんてことだ……! ヒナタに怒られるまですっかり失念してしまった……恥じ入るばかりである。ダンジョンダンジョンで何もしてあげないとは、いくらなんでもひどすぎた。言い訳にしかならないけど、異世界時代は当たり前のことながらエルフェリアの方が遥かに詳しかったからね……。
「えっと、ごめんねエルフェリア。そういうことで、今日はそこらへんのお出かけでいいかな?」
「お気になさらずに。喜んでお供いたします」
「ヒナタも一緒に行く?」
「あたしは情報収集したいからパス。今はブレイブレッドの話題で探索者界隈が熱いんだよねぇ。後方腕組み師匠面しながら見てるよ」
「いやなにそれ」
外に出ると、五月の爽やかな風が吹いていた。暑くなく、寒くもなく、一年の中でも過ごしやすい季節である。日差しも強すぎず柔らかで、雨が降る様子もなく、絶好のお出かけ日和といえるだろう。
「ニホンの夏って、砂漠地帯ほど暑くはならないけど、密林地帯ほどにジメジメするんだよねぇ」
「それは……大変そうですね。もし魔法が使えない状態だったらバテてしまいそうです」
「あぁ、そういえば今なら魔法で温度調整できたね。でもそれ以外にも扇風機とかエアコンとか便利機器があってね――」
エルフェリアと二人、並んでゆっくりと道を歩く。細かいところは記憶と違いがあるけれど、逆にいえば細かいところ以外はほぼ同じなので戸惑うほどでもない。
ちらりと横を見ると、エルフェリアの綺麗な金髪が風で緩やかに揺れていた。魔法で髪を黒く染めてもらうことも考えたけど……今後一人で出歩いてもらうことも増えるだろうし、出かけるたびに染めるのも億劫だろう。ご近所さんが陰湿でよそ者が排斥される!とかはないと思いたいし、どのみち超美人で目を引きやすいのは大して変わらない。
けれども、先に声が掛かったのはわたしの方だった。
「セツナちゃん。おはよう。お隣の子はお友達?」
「おはようトメおばあちゃん。うんそう、友達。エルっていうんだよ」
「初めまして」
「あらすごい美人さんねぇ。あとセツナちゃん、この前はありがとうね」
トメさんは、いつも柔和な笑みを浮かべている、すぐ近くに住んでいるおばあちゃんだ。ヒナタともども小さいころからお世話になってて、よくおしゃべりして、掃除を手伝ったりしていた。色々とお菓子もくれたっけ。
しかし『この前』って……わたしの五年間の記憶がズレているので、なんのことか一瞬わからずに言葉に詰まる。
「あらやだ忘れちゃったの? 落とし物を探してくれたじゃない。でもセツナちゃんにとっては当たり前のことすぎて覚えてないのね」
「あぁ、それのことかぁ」
わたしに残っている記憶と同じようなことをしていた。……まぁどっちもわたしなんだから普通、か?
ちょろっと世間話をしてトメおばあちゃんと手を振って別れた後も、何故かいつも以上に顔見知りに遭遇してしまう。やれ赤ちゃんの面倒を見てくれたとか、怪我をした時に適切な処置をしてくれたとか、チカンを捕まえたとか、感謝もセットで。
「……セツナはこの世界でもいっぱい人助けをしてきたのですね」
「あはは……まぁさすがに勇者をやるよりは楽だったしね……」
エルフェリアから微笑ましいものを見るような視線を向けられてしまい、非常に背中がむずがゆい。
しかし、どれも記憶に残ってる内容だったなぁ。わたしがどんな状況でも同じような行動を取る単純人間だからかな……?
「ふふ、貴女の芯は変わらないのですね。なんだか嬉しいです」
「な、なんでエルフェリアが嬉しくなるのさ……あ、ここが最寄りのコンビニだよ」
わたしは妙に気恥ずかしくなって、話を逸らす。元々は周辺案内だったのだから、決して逃亡ではない。
「スーパーに比べて割高だけど、さくっとご飯を買いたい時はここかな。あとコンビニスイーツが結構美味しいんだよねぇ」
「美味しいスイーツ……」
先日のファミレスですっかりスイーツの虜になってしまったようだ。言葉では少ないけれど、目がわかりやすく輝いている。可愛い。
「ンフフ、帰りに買ってこうか。そういえば結局まだお米チャレンジしてなかったね。おにぎりも美味しいからぜひ食べてみてほしいな」
「はい、楽しみにしていますね」
そうしてぶらぶらと歩きながらスーパー、ドラッグストア、パン屋と、エルフェリアが一人でも入れそうなお店を紹介していく。あ、忘れずにお金も渡しておかないとな。
異世界とは違った整然とした街並みにエルフェリアはあちこちに視線を飛ばしては小さく驚きを見せている。自動車にもまだ慣れておらず、近くを通るたびにビックリしてくっ付いてくるのがまた可愛い。……まぁわたしの心臓には悪いんですが!
これですごい開発されている都心部に連れて行ったらどうなるんだろうな、などと内心で一人笑っていると、それが顔に出ていたのか、エルフェリアが問い質してくる。
「セツナ、どうしましたか?」
「いや、なんだか楽しいなぁ、って」
「……そうですね」
ダンジョンなんてものができてしまったけれど、異世界に比べればとても平和だ。こうして、エルフェリアとゆっくり歩けるだけでとても楽しいし嬉しい。エルフェリアも同じように思っていてくれてもっと嬉しい。
エルフェリアの平和な生活のためにも頑張っていかなきゃな、と小さく決意をした。
「あっちの方は商店街――市場がある……んだけど、いつも人が多いから、ちょっと大変かな……」
「そう、ですね。行くにしてもセツナと一緒の時がいいです」
幻影で隠しているけど、羽の存在がなくなったわけじゃないからねぇ。もうちょっとエルフェリアにはのびのびとしてほしいんだけども。
むむむ、と腕を組んで唸るわたしの袖を、エルフェリアがちょいちょいと引っ張ってくる。
「セツナ。あちらの方からなんだか妙な気配がするのですが」
「え? も、モンスター?」
「ではないです。どちらかといえば……神聖な感じですね」
「神聖……?」
エルフェリアが示した方向。たしかあっちの方にあるのは――




