第10話 手のひらの上で
「お前いつ小鈴に話したんだよ! おい!」
「は、はい……?」
しらばっくれるアークの肩を掴み揺さぶる。
「小鈴が賛成するとかおかしい! 何したんだ!」
「……え?」
アークがぱちくりと瞬きをするので、アオはさらに苛立った。
「小鈴が賛成だったとして、俺は呑まねえよ?」
そもそも、と続ける。
「俺がお前の信者の将来に責任を持つわけじゃねえ。そんなことすること自体、時間の無駄だ。死んだほうがマシじゃないか?」
ははっ、と乾いた笑いをたてるアオに対し、アークは真顔だった。
「……それ、本気で言っていますか?」
時間の無駄だから死ぬというのは飛躍しすぎだが、そこではない。
「そうだがなんだ? お前にとったら命の次くらいに大事なことか? 悪かったな」
「そうでは、ないんです。アオさんに見せたいものがあります。……来てくれますか?」
真剣な顔のアークを見て、アオも笑うのをやめた。
「まあいいけど」
「……着きましたよ」
寂れた町の中にある、人の気配のしない一軒家。鍵がかかっていないらしく、ドアは簡単に開く。
「ここが? この家を俺に見せたかったのか?」
「……その通りですよ」
「あっおい!」
一歩中に入ったアークを前に、立ち入るのを躊躇っていたアオは強引に腕を引っ張られた。
音を立てて閉まった扉の向こう側には、静寂が訪れる。
「人間を知らない人間って、警戒心がないのですね。そうやってほいほい誰彼構わずついていくと、将来痛い目に遭いますよ」
「……ふぅん?」
まずいことをした気がしないでもないアオは、とりあえず余裕そうに見せた。
「ついて来てください。この家を案内します」
何をしたいのかわからないアオは、それでも無言で続いた。
「ここがキッチンです。廊下に出て右側には、浴室があります」
「へぇ」
「この部屋の隣は子ども部屋で、ほら、ベッドがあるでしょう?」
「はぁ」
「それでこっちが……」
「俺関係なくね?」
遮った。子ども部屋のドアからアークの手が離れたせいで、ぱたんと閉まる。
アオの足元には、遊びかけにしか見えないおもちゃが転がっていた。
「幸せな家庭の痕跡を見せつけられたってつまんねーよ。それとも嫌がらせか?」
「どちらも違いますよ」
心なしか、室内が暗くなった。空気が冷える。
「じゃあなんだ?」
「……実は、ここが私の育った家なのです」
ふー、と大きくため息をついて、アークは喋り出す。
「両親と、五歳年下の妹がいました。…………まあ今では両親はもう生きていないし、妹も行方不明になってそのままなのですが」
話が長くなるとみて、アオは壁にもたれて座った。アークも隣に腰をおろす。
「あなたは知らないと思います。実際、私の信者たちも知りません。ですが、私にも異能があるのです」
「……は?」
「疑いますか? 別に気にしませんよ。私は今までずっと人間のふりをしてきたので、慣れています」
にやりと笑ったアークは、その笑みのまま告げる。
「そんなに気になるなら、私を殺すつもりでかかってきても、構いませんよ。なんせあなたは強いのでしょう? ……お仲間さんに、自分は殺せないと威張るほど」
アオの表情が険しくなる。喋りながらも、戦う準備はできている。
「お前に話したことはなかったけどな。盗み聞きか?」
「盗み聞きだなんて人聞きの悪い。私はただ、神様に教えていただいただけですよ」
「また『神様』……? マザコンならぬカミコンかよ」
「面白いですね、これからはその呼び方もいいかもしれません。そしてあなたは——」
挑発にものらずに返したアークは、トンとつま先で床を一回、叩いた。
「正面から単純に突っ込んで来るでしょう」
その言葉を理解する間もなく、アオは地を蹴った。




