第11話 神の寵愛
「なっ……!」
目の前にいたアークが、消えている。下から切り上げたナイフは宙を掻く。
「っぶね!」
右から飛び出した蹴りを、かろうじて避ける。そういえば、さっきあいつが何か言っていたな。
「足元を掬って、体当たりですね」
蹴りを避けて伏せると、アークが蹴るために、わずかにバランスを崩したのが見えた。手を床について、足を払う。
「ついっ……!」
背中に乗られた。重さが消えると同時に俺は立ち上がる。
この狭い場所での俺に勝ち目がないことは、明白だった。
「……くそぉっ!」
逃げるか。そうだ、どうにかしてこの部屋から出たらいいのだ。外に出た方が勝ち目があるのは明らか。
余裕ぶって俺の攻撃を待っているアークに、思い切り体当たりした。……はずだった。
「おやおや、私に抱きつかれても困りますよ。もう力比べはいいのですか?」
受け止められていた。離れたいのに、がっちり固定してくるのだから動けない。想像以上に力が強いではないか。
「お前が……捕まえてるだけだろ!」
「はて。なんのことですか? 私はただ、アオさんが倒れないように支えているだけですよ」
わざとらしくにっこり笑いながら告げられる。
「お前はなんなんだ! 異能はなんだ?」
思い返せば、俺の攻撃を予言していた気がする。俺は予め攻撃方法を説明する親切な人間ではない。単純な攻撃だったというにしても、俺が動き出す前に言われては、説明がつかない。
「何をおっしゃるんですか? 私は最初に説明しました、神様に教えていただいただけだと」
「……はあ? そんなわけあるか!」
「それがあるのです。私は教祖、神の独り言をこの地に降ろす者ですから」
にこやかに言われても、意味がわからない。すると、アークはぽんと手を叩いた。
じゃあ、試しにじゃんけんでもしてみますか? 神様も遊んでみなさいと仰せです。行きますよ? 最初はグー……」
何も試さないまま、わからないと言っていても意味がない。渋々手を出した。グーと見せかけてパー、いや、チョキを出すと良かったような。
「……じゃんけん……」
でもそれだったら、あいつこそチョキを出すだろう。じゃあ俺はグー……、か?
「……ぽんっ!」
「…………え」
ぎりぎりまで迷ってしまったせいだ。俺は、パーを出していた。
対するアークはチョキ。負けてしまった。
「何か仕組んだな? やり直せ!」
「いいですよ? じゃあいきます。じゃんけんぽん」
俺はグー、アークはパーだ。
「なんでだよ!」
「これでわかりましたか? 私は神様の祝福を受けています。それこそが私の異能。【予言の加護神殿】」
「神殿? ということは、圏外もあるのか」
ちっちっ、と指を振る動作がいやらしい。
「違いますよ、これは私が付けた名前で、特に意味はありません。かっこいい技名でしょう?」
「おい、思い付きで技名を決めんな」
「ちなみに、聞かないようにしているだけで、思考も先読みしてもらうことが出来ますよ」
ドヤ顔で話すアークにやや呆れてしまう。なぜこんな男に、強い異能が与えられたのか。
「……というか、お前は勝手に昔話をしに来たのか? ここで何したいんだ」
「…………そうですね」
しんと静まり返る。そういえば、この住宅街は、あまり人気がない。それでも家は多いから、過去に何かしらあったのだろうか。
「……私の妹にも、異能があったんです。発現したのは、私より先。便利だから自慢したかったんでしょう、妹は両親に異能の話をしてしまいました」
当然、娘に異能があると知った親は大騒ぎだ。異能は得体の知れないものだ。科学で証明できず、遺伝の説明も難しい異能は、いつ誰に発現するかわからない。異能の種類も予想が出来ないので、発現したばかりの人が無意識に異能を発動させ、事故を起こす可能性だって大いにある。
「母は、妹を騙して連れ出しました。そして、施設に閉じ込めたのです」
俯くアークの瞳は、暗かった。
「それなのに、数日後に妹は帰ってきました。異能を使って施設を抜け出したそうです。……私にも、異能発現の兆候があったのを、知っていたから」
今にも消え入りそうな声だったが、なんとか聞き取れた。
「両親に気付かれても、妹は精一杯に戦った。そうやって私を逃がしてくれたんです。おかげで私は今も、拘束されずに暮らしている。マークも付けられなかったおかげで、自由に働くことが、出来たんです」
俺は何も言わなかったが、彼の話す妹に似た人物を、よく知っていた。
そして彼女は、俺たちの施設に来て割とすぐに脱出の計画を提案し、実際に逃げたのだ。
彼女は今も、行方不明である。




