第34話:守りたいから
本作は毎週水曜・土曜の21時に、2話ずつ更新予定です。
夜道は、いつもより騒がしかった。
遠くでサイレンが鳴っている。
一台じゃない。
透は足を止め、胸の奥を押さえた。
(……嫌な感じ)
理由は分からない。
でも、胸の奥の“何か”が、
ずっと警鐘を鳴らしている。
*
角を曲がった先で、
人だかりができていた。
「ちょっと、危ないですよ!」
「下がってください!」
大人の声。
混乱した気配。
透は、人の隙間から中を覗く。
――壊れた街灯。
――砕けたアスファルト。
――歪んだガードレール。
事故。
そう呼ぶには、
あまりにも“乱暴”な壊れ方だった。
「……先輩?」
誰かが、倒れている。
制服。
見覚えのある背中。
「相馬、先輩……!」
透は、思わず駆け出した。
「おい、君! 近づくな!」
制止の声を無視して、
相馬のそばに膝をつく。
意識は、ある。
でも――
呼吸が、浅い。
右手は、
包帯が裂け、血が滲んでいた。
「先輩……何が……」
相馬は、薄く目を開ける。
「……来るなって、言ったろ」
苦笑。
その瞬間。
透は、感じた。
――近い。
何かが、
“こちら”を見ている。
(まずい)
理屈じゃない。
反射だった。
*
次の瞬間。
空気が、張り詰める。
透の背後で、
誰かが叫んだ。
「伏せ――」
言葉は、途中で途切れた。
透は、考える前に動いていた。
守らなきゃ。
相馬先輩を。
周りの人を。
――今だ。
胸の奥にある“何か”を、
思い切り前に押し出す。
「――っ!」
出た。
確かに、出た。
空気が弾き、
見えない壁のようなものが、
透の前に展開する。
「……!」
一瞬、
世界が止まった気がした。
(いける)
そう思った、その直後。
――制御が、効かない。
広がりすぎる。
止められない。
「っ、待――」
衝撃。
防ぐはずだった力が、
弾く方向を誤る。
悲鳴。
金属のきしむ音。
人が、吹き飛んだ。
「――ッ!」
透は、必死に止めようとする。
でも、止まらない。
力は、
“守る”という意志だけを拾って、
暴走する。
「やめ……!」
次の瞬間。
重たい音がして、
何かが、地面に叩きつけられた。
*
静寂。
サイレンの音だけが、
やけに遠くに聞こえる。
透は、その場に立ち尽くしていた。
手が、震えている。
自分の、手。
(……やった?)
守った?
それとも――
「透……」
弱い声。
相馬だった。
透は、はっとして振り返る。
「先輩! 大丈夫ですか!?」
相馬は、透の顔を見て、
少しだけ、安心したように笑った。
「……やっぱり、出たな」
「……っ」
言葉が、詰まる。
相馬は、空を見上げる。
「なあ……」
息が、苦しそうだ。
「守りたくて出した力で、
誰かを傷つけたらさ……」
透は、答えられない。
相馬は、続ける。
「それでも……
使わなきゃ、いけないと思う?」
透の喉が鳴る。
「……俺は」
答えを探す。
でも。
地面に残る、
壊れた痕。
泣いている人。
恐怖に歪んだ視線。
(俺が……)
「……分かんねぇよな」
相馬は、目を閉じた。
「だから……
選べなくなる前に……」
言葉は、そこで途切れた。
*
遠くで、
重たい足音が聞こえる。
透は、反射的に顔を上げた。
黒い服。
無機質な動き。
(――来た)
相馬が、薄く笑う。
「……ほらな」
透は、歯を食いしばった。
守りたかった。
ただ、それだけだった。
でも。
守ろうとして出した力で、
守れなかったものが、
確かに、そこにあった。
胸の奥の“何か”が、
初めて――
重たく、沈んだ。




