二回目
翌日、再び彼らはルケントに向かった。
この日は道の途上でゴブリンに会うことはなく、彼らは無事野営地にたどりついた。
野営地は森の中の高台にある大きな洞穴だった。
穴は縦横20フィートはある浅い巨大な穴で、洞窟というよりは崖のえぐれに近かった。
そこは見晴らしが効き、四方どちらの方向にも退路があるなかなかに優れた野営地であった。
洞穴の中はひんやりと湿り気を帯びて薄暗かった。
中には三つの冒険者のグループが滞留しており、堂々と大きな火を焚き、ヤギをつるして焼いていた。
「こんなことして見つからないんですか?アイルが訊いた。」
「いや、場所はもうとっくにばれてんだ」冒険者の一人が言った。「だからこれは挑発さ。いつでも寝込みを襲いに来いってね」
「撃退できるんですか?」
「そこら中に罠が張ってあるよ。何度もぶっ殺してるうちに、やつら寄り付いても来なくなった」
アイルはそんなものかと思った。6人は荷物を置いて野営地を発った。
アイル達はルケントの外壁に向かった。
今回はアイルとイブだけが先行し、索敵する。そして、たとえ人質を見かけたとしても、単独行動はしない。
かっらは道を逸れ森の中を進行した。やがてコールが風の中にゴブリンの匂いをかぎ取った。
アイルは単独で先行した。森の梢の切れ目にルケントにそびえる高い教会の緑色の尖塔が見えた。その屋根にかかる大きな銅の鐘は緑青の青緑に一面覆われていた。
やがてルケントの城壁が見えた。その外壁に一匹のゴブリンが寄りかかっていた。
それは耳の垂れた覇気のないゴブリンだった。
ルケントのゴブリンは野生種としてはかなり強いヒエラルキー構造を取っていた。位の高い、力の強いゴブリンは旧市街の司教座の中に住み着いていた。一方で位の低い者は新市街のぼろぼろに崩れた低階の一般家屋に住み着き、それよりもさらに弱い者は、町の中から追い出され壁の外をうろつく浮浪者となった。
ゴブリンが位階秩序を持つか否かは住処による。もっとも原始的な、うさぎが住むようなような穴倉に住んでいる集団は、当然そこから想起されるように位階秩序は小さかった。しかし、ルケントのような巨大な遺跡を住居とする集団は、人間のそれと同様にヒエラルキーが強くなる傾向にあった。これは、ゴブリンが亜人種としては例外的に知能が低いことからも類推されるように、より高等な亜人種からむしろ退化した種族であるためと考えられていた。
ルケントのゴブリンは、その特異なヒエラルキー構造からくるある種の自己先鋭化効果によって、非常に強力な個体を輩出した。
しかし、それであっても能力者が自然と発現することはないと義勇兵団は考えている。なぜなら、過去のルケント掃討ではゴブリンをほとんど絶滅にまで追い込んだにもかかわらず、能力を持つ個体は存在しなかったからだ。やはりいまルケントに存在する能力者はロードランからの侵入者によって現れたと考える方が自然だ。
アイルとイブは、そのゴブリンをしばらく観察したあと、皆を呼び寄せ、配置についた。
壁際でうつむいていたゴブリンは、物思いから脱すると、その場から一歩歩き出した。
そのとき、森の中から矢が放たれた。
ゴブリンは頭を逸らした。しかし矢は、その垂れた大きな耳たぶを貫いた。
矢がたて続けに放たれた。ゴブリンは視界に矢をとらえると、地面を蹴りに西へ走った。
その進行方向の森からアベルが姿を現した。ゴブリンが振り向くと、今度は反対方向からジェイが現れた。
ゴブリンはジェイの巨大な体躯を見て取ると、アベルの方へ走り、剣を抜きとびかかった。
アベルとゴブリンの剣が交わり火花を散らした。アベルは本来これを盾で受けるべきだったが、常時の癖から剣で剣を受けてしまった。
その時、森の中からくぐもった女の声が響いた後、枝と枝の隙間から魔法が放たれた。それは紫色の濃い煙の塊のようであった。
彼女は詠唱を森の中で終えることで、実質的な速度と隠匿性を向上させたのだ。またその黒い煙は中心部以外は実体がなく、枝をかすめてもそれらを無視してまっすぐ飛翔した。
ゴブリンは目の端に煙をとらえた。そして地面を蹴りバックステップで飛びのいた。
アベルは自由になった細剣の腹で、むしろその煙を打ち付けた。
途端に煙は爆発した。あたりは暗黒の靄で覆われた。
ゴブリンはアベル共々視界を覆われた。
「伏せろ!!!」ジェイはその野太い声で叫んだ。そして靄ごとその空間を横なぎに払った。
ガイン、という剣が金属に打ち付けられるかん高い音が響いた。
ジェイの大剣はそのまま流れてほぼ半回転の位置で泊まった。その剣の先に煙のもやがひっかりたなびいていた。
やがて煙が晴れた。事前の作戦通り、アイルは腹をつけて完全に床に伏せていた。
一方ゴブリンは兜を打ち付けられ、その表面はへこみ深い剣筋が残っていた。
アイルはその兜を見て不審に思った。ジェイはほとんどゴブリンの腰の高さまで低く横なぎを払ったのだ。ということはゴブリン自体もほとんど地面に両手をつくほど深くかがんでいたはずだ。
ゴブリンは地面に倒れ痙攣していた。おそらく頭蓋骨の中で脳はぐしゃぐしゃに崩れているだろう。
アベルは立ち上がり、その頸椎に剣を差し込んだ。そして耳を切り取りにかかった。
そのとき、森の際に立つイブの真横で、コールが突然鳴き出した。
イブはコールの口元に耳をあてると、一瞬目を見開いて言った。「仲間がこっちに来る!」
西側の城壁の割れ目から、一体、二体、三体とゴブリンが出てきた。
「撤退だ!回収はあきらめて!いますぐ!」アイルは叫んだ。
皆はすぐに反応して森に逃げ込んだ。アイルは皆の殿をつとめ、最後尾から撤退した。
彼らは森を抜けて野営地に戻った。
野営地の焚火の正面に、トグマがうんこ座りで鎮座していた。
「ようアイル君、狩りは成功したかね?」トグマが声をかけた。
「一匹殺したけど、耳は回収できなかった」アイルが答えた。「やつら、俺たちの喋ってる言葉を認識してる気がする」
アイルの発言を聞いて、奥にいた冒険者達が反応した。
「やっぱりお前らもそう思うか?俺らもさっきそのこと話してたんだ」
他のメンバーもうんうんとうなずいていた。「呪文も認識されてる気がする。呪文唱えるとあっという間に逃げてくもん」
彼らは話し合って、
野営地では、鹿の皮をはぎ堂々と丸焼きにしていた
すさまじい匂いがあたり一面に漂っていた。
こんなに堂々と火を焚いて大丈夫なんでか
「これは挑発してるんだよ。てめえらよりうまいもん食ってるぞってね」
野営地にはなんと風呂すらあった。掘った穴に水をためて、焼けた石を放り込むのだ。
濁った茶色のお湯にみな堂々と使っていた。
冒険者になるとこうも豪胆になるもんなのか。
「風呂に入るのは匂いを消すため、という部分もある」冒険者が言った。「きっちり効果はあるんだよ」
アイルは皆に言った
今日は早めに寝て明日からはじめよう
明日は朝のうちに行動を始めよう




