火見式 九字/臨
ようやく全員の火見式が終わった頃、時刻は既に昼を回っていた。エリスは兵団事務所から白板を持ち出すと、壁に立てかけそれを背にして話し出した。
「諸君ら、まずはご苦労。頭をはたいて悪かったな、許せ」エリスは軽く目を伏せた。
「さて、諸君にはこれから義勇兵流の魔法を習得してもらう。まずはそもそも魔法とはなんなのかだが」エリスはここで一呼吸置き、義勇兵たちを見た。みな真剣に聞き入っていた。彼女はゆっくりと続けた。
「魔法とは、基本的にこの世界を構築する五元素のうちの一つ”エーテル”を操る術のことだ。五元素とはこの世界を構築する五つの最小構成要素のことで、地、水、風、火、そしてエーテルの五つのことであり、前者四つは物質を、後者は魔力を形作っている。
”地”は、物質の基本的な要素であり、堅さや固定性を表している。例えば、岩や土、金属などが「地」に分類される。
”水”は、流動性や変容性を表す要素であり、海や川、雨、涙などが「水」に分類される。
”風”は、動きや変化を象徴する要素であり、空気や風、音などが「風」に分類される。
”火”は、エネルギーや活力を表す要素であり、太陽や火災、熱などが「火」に分類される。
そして”エーテル”とはそれらをつなぎとめる媒質のことだ。一般的にはこれが魔力と呼ばれている。
世界は物質と魔力の二つが固く結びついてできている。そしてこれらの結びつきを分解し、再構築する術のことを我々は魔法と呼んでいるのだ。
さて義勇兵流の魔法を学ぶ前に、すでに魔法を習得している人間に魔法を見せてもらおう。ザック、ランドル、立て」
エリスの呼びかけに応じて二人の男が立ち上がった。
「諸君ら二人は既に騎士の薫陶をうけたはずだ。君たちの魔法を見せてくれ」
ザック達は何も握っていない両手で架空の剣を正眼に構えた。そうしてそのまましばらく佇んでいると、彼らを取り巻く微弱なエーテルの表面が、だんだんと波うち、次第におおきくうねる渦のように体の表面からほとばしった。
二人のエーテルは同じ形質、色味そして感触を持っているように思われた。
「これがロードラン北部連帯の騎士の持つ固有のエーテルだ。このエーテルの形質のことを”表現型”と呼ぶ。ちなみに北部連帯のエーテルは”ルーラン”と呼ばれている」エリスは言った。「見ての通り、二人はおなじ質のエーテルを持っている。お前たちはいつから魔法が使えるんだ?」
「肉体の修行を終え、騎士の叙任を受けた時からです」
「叙任式で剣の峰で肩をたたかれたとき。そうだな?」
「はい」
「そして主君に忠誠を誓い、そのエーテルをわが物として受け継いだのだな」
「はい」
「基本的に軍隊は作戦行動に皆で同質のエーテルを使う。騎士階級は主君が古来から受け継いできたエーテルを皆で共有し戦うのだ。同質のエーテルを使う理由はいろいろあるが、基本的にはエーテルを多人数で共有することで個人が扱えるよりも強い魔法を使うことができる。そして彼らは一つの大きな塊となって行動し、敵を討つ。これが軍隊の戦い方だ。しかしこの方法には弱点がある。それは皆が同じエーテルを共有しているがゆえに、そのエーテル特有の弱点も共有せざるをえないということだ。無論彼らのエーテルも長年の戦い方の中で洗練されてはいる。しかし、義勇兵の行うような遊撃戦にはあまり用途として向いてはいない」
エリスは改めて壁に立てかけた白板を振り向いた。
「義勇兵の諸君には、己の持つ世界に一つだけのエーテルを磨いてもらう。そのための義勇兵流の修行術がある。それは”九字”というものだ」エリスはそう言うと、白板に異国の文字を書いた。「”九字”とは、簡単に言うと東方に伝わる武術の様式のことだ。諸君らの中には他にも西方魔術を既に取得しているものもいるが、義勇兵の用兵にはこちらのほうが実践的であるがゆえあらためて九字を習得してもらう。
九字とはなにか。九字の意味するところは9つの文字。道家、つまり東方の思想家の一派によって呪力を持つとされた9つの文字のことだ」そういうとエリスは白板に9つの異国の複雑な文字を書いた。
「これらはりん・ぴょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜんと読む。この文字は表意文字であるがゆえそれぞれに固有の意味を持つ。そしてこれらの文字は、九字護身法においてそれぞれエーテルの表現型に対応している……わかりやすくいうと、それぞれが武術でいう”型”を表しているということだ。
そして九字は字だけでなくそれぞれに対応する”印”を持っている。
”印”とは、西洋魔術で言うところの詠唱と同じようなものだ……つまり型付けだな。
まあ口で長々と喋ってもわかりづらいのでまず手本を見せよう。君たちは開眼しているがゆえ”見える”はずだ。
まずは”臨”」
エリスは手を独特な形組み、仁王立ちになりエーテルを纏った。
それはアイルたちの持つ揺蕩ったぬるいオーラとは真逆だった。
ハリネズミのような刺々しい形状のエーテルが、高周波の振動音のようなものを出して彼女の体から屹立していた……そう、エーテルから音が響いてきたのだ。
これは聞き間違いか?アイルは隣のイブを見て、目線を送り耳を指さした。彼女はこくりとうなずいた。どうやら空耳ではないらしい。
そしてアイルはこの音に聞き覚えがあった。
「気付いた者もいると思うが、君たちが初めて魔力を解放したあの日、その体に纏っていたのは私のエーテルだ。より正確には私のエーテルの表現型を纏ったのだ。
”臨”とは臨む、ということ。己の持つ真なる資質に対して、正面から向き合うということだ。
今の君たちのエーテルとはずいぶん違うだろう。個々人の持つエーテルの自然な形を”純表現型”と呼ぶ。
私の表現型が君たちのエーテルから完全に消え去るまで、いままで時間をおいていたのだ。もっとも騎士や魔法使いのように、長年にわたって特定の表現型を叩き込まれた人間は、なかなかそれを捨て去ることはできないがな。
”臨”の修行において、君たちにはゼロから、己自身の魔法を構築してもらう。
では次、”兵”」
全身から放射されるエーテルがその鋭さを増し、さらに大きく身を包んだ
アイルたちはその鋭さに気圧された。まるで二百本の鋭い槍が四方八方に殺意を漲らせて向けられているかのようだ。その高周波の振動音は夜中の蝙蝠の悲鳴のように空気を揺らし、アイルの鼓膜を突き破った。
そのエーテルは触れれば刺し貫かれるかのようだ。
「”兵”の意味は兵士。”臨”よりさらに強いエーテルを纏うことだ。”臨”を磨くことでまず己の表現型に集中し、”兵”でその出力を上げる。
次は”闘”。これは兵で纏った強いエーテルを用い戦う事だ」
彼女は股を開き腰を落とした。そして肩を怒らせ、右腕を深く振りかぶった。
「ぜあ!!!!」
彼女は鋭い絶叫とともに地面を殴った。
炸裂弾の爆発跡のように地面はえぐれ、あたり一面に瓦礫が吹き飛んだ。
そして細かいがれきが雨のようにパラパラとしばらく周囲に降り注いだ。
彼女は右手を前に突き出した。その皮膚は割け、血がにじんでいた。
「次は”者”。これは自身のエーテルで体を癒やすことだ。」
彼女は目を閉じ方の力を抜いた。すると彼女のオーラは刺々しいそれからは変化し、柔らかな綿のような軟質なそれへと変化した。
アイルたちが見ていると、皮膚の傷はみるみるうちに塞がった。
「義勇兵は基本的に少人数の遊撃戦を行う。したがって常に治療法が用意されているとは限らない。だから自分の身を自分で癒す手段が必要になる。
次は”皆”、これは他人とオーラを共有することだ。実際にやってみせよう。アイル来い」
アイルは立ち上がり、エリスのそばに立った。彼女が手を差し伸べたので、彼はそれを握った。
するとアイルの前身は”あの感覚”に包まれた……魔力を人生で初めて纏った、あの感覚に。
アイルの顔は紅潮し、掌が汗ばんだ。動悸が激しくなり足に力が入らない。
この浮遊感。そう、浮遊感だ。地面に足がはっきりつかないような、この極度に浮ついた感覚。なんでもできるという感覚だ。この高揚状態があったからこそ、アイルは緑青に無謀にも戦いを挑んだのだ。アイルはこの感覚を取り戻したかった。
しかし、エリスはぱっと手を離すと、アイルに座るよう鼻で指示した。アイルは仕方なしに腰を下ろした。
「次は”陣”。これはエーテルにて敵を探知することだ。
彼女のエーテルが薄く広く引き伸ばされた。
アイルたちは彼女のエーテルに包まれた。生暖かく、なにか膜のようなものに包まれている感触だった
「君たちは今私のエーテルに触れられている感触があるだろうが、逆もまたしかりだ。これによって敵を感知する。
”列”。これは戦士の使う”技”であり、魔法使いの使う”魔法”だ。まあもっとも私の列は地味だがな……」
彼女はそういうと、壁に立てかけてあった盾を握り、頭上に振りかぶると、それを地面に叩きつけた
その瞬間、地面が爆発した。
轟音が周囲をつんざき地面が揺れた。兵団事務所の立て看板がばたんばたんと壁を打ち付けた。
音に驚いた義勇兵宿舎の住人が窓から何人か顔を出した。
茶色い土くれがしばらくアイルたちの頭に降り注いだ。アイルは頭と肩に積もったそれを払った。土くれは湿った感触がした。
広場の中央には直径20フィートのクレーターが穿たれていた。盛り上がった茶色い地面が周囲の石畳を突き破り、空気に露頭していた。
「この盾は鎢鋼と呼ばれる金属でできている。錬金術師が言うところのタングステンというやつだな。重さは200ポンドある。私は肉体を鍛えることでこれを振り回して戦うのだ。
次は”在”。これはエーテルを看破すること。
隠れた相手を探し出すことに使う。
そして最後に”前”。エーテルを隠匿することだ」
突然目の前の彼女の存在が希薄になった……今目の前にいるにも関わらずだ。
「私の気配が薄くなって驚いているだろう。すでに開眼している諸君たちにとって、姿かたちとエーテルの二つを同時にとらえて認識するのが常だからな。姿が見えていても、エーテルがそこになければ存在を見落としがちになる……。
以上で九字の解説は終わりだ。西方魔術との違いとしては、西方魔術がエーテルの表現型は他の者から受け継ぎ、エーテルの発現様式を探求するものであるのに対して、東方魔術は表現型そのものの探究に重きが置かれているという点だ。
”臨兵闘者皆陣列在前”……このうち諸君にはまず臨兵闘、そして在と前を覚えてもらう。その跡は個別の指導者につき列を磨いてもらう。前線に出るのはそれからだな。では皆、立て!まず”臨”からだ……」
「では早速だが臨の訓練を始める。
各々先ほどの部屋での訓練の模様思い出せ。あの炎の形、あれがお前たちの持つエーテル本来の形なのだ。体の力を抜いて、自らのエーテルを感じ取るよう努めよ」
「やはり既に魔力を習得していたものは既知のエーテルの形をとってしまうようだな。今回は事情が事情で特別にそういったものが多いから、臨の習得には時間がかかるかもしれん。まお前たちはエーテルを使い切ったとしても、私からエーテルを受け渡すことができる。各自体力が切れるまで存分に臨を続けたまえ」
アイルは他の面々がどのようなエーテルを持っているのか、横目で観察した 。
中でも注目に値するものが一人いた。彼女はヴェリザードから来た冒険者の銀髪の女で、確かセンと言ったか。センの全身から、噴出する温泉水のように爆発的にエーテルが立ち上っていた。そのうちに皆彼女に気づいてセンに注目した。そのうちに、逆行する滝のように天に向かって立ち上っていたエーテルは、みるみるいうちにか細くなり、彼女は力を使い果たし倒れた。エリスは彼女の側へ行くと、天に向けて仰向けになった彼女の腹に手をかざし、しばらくかがみながら者をおこなった。そのうちセンは再び目を見開くと、エリスは話し始めた。
「貴様の”臨”はなかなかお目にかかれない類のものだ。今回の義勇兵団は事情もあってか特異なエーテル表現形式をもつ人間がたくさんいるようだ。兵団の老兵たちも今年は豊作だと言って期待しているぞ。さあ、立ってもう一度」
センは膝を折り、そして立ち上がった。彼女はまた腰に手を上げ、仁王立ちで臨を行った。再び爆発するように立ち上るエーテルの滝が立ち上り、しかしそれはみるみるうちに細くなり、彼女は再びふらふらと地面に倒れ伏した。
「さあ、がんばれ」エリスはそう言い彼女にまた手をかざした。
エリスはセンにつきっきりとなり、彼女は何度も立ち上がっては倒れ伏すを繰り返した。
アイルはセンから目を引きはがし、ほかの面々を見た。騎士団上がりの二人は、北部連帯のエーテルと己のエーテルの間でなかなか表現形式が定まらず四苦八苦しているようだった。一度、自身のものであろう曲面の滑らかなエーテルになったと思うかと、次の瞬間には渓流の渦のような細く渦巻く北部連帯のエーテルを纏った。 彼らは臨の習得にはかなり苦労しそうだ。しかしそれを差し引いてもこの先の”兵”あるいは”闘”などの習得は我々よりも先行しているだろう 。
アイルは友人たちを見た。彼らも各々に特別な表現形式を纏っていたが、知識もないアイルにはそれを見たからといって彼らがどのような力を持っているのかなどは分からなかった。 アイルは頭を振り、再び己自身に集中した。
この様子を義勇団事務所の屋根の上から眺めている8人の男女たちがいた。彼らは、騎士団や冒険者ギルドなど他の組織に加わっているもので各々が魔法の練達者だった。
「今年は豊作だな」そのうちの一人が言った。その一人とは、アイルに目をかけているあの年齢不詳の背の低い老人だった。
「確かにそのようですね」隣に立つ、さらさらとした長い金髪を持ったエルフが答えた。そうはいいつつも、彼女は長いまつ毛の下でアイルだけを一点に見つめていた。




