↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/41

火見式

 季節は秋になった。

 アイルたちがブリスコーに避難してから一週間が経過した後、ようやく義勇兵たちに招集がかけられた。

 義勇兵らはブリスコー義勇兵団支部が立つ丘の広場に集められた。兵団支部はブリスコーの西側の斜面に立てられた、三階建の殺風景な建物だった。

 

 アイル達が斜面を登り広場に到着すると、およそ二十人ほどの若者が集まって立っていた。その中にトグマがいた。

 「おまえ~」トグマが腰に手を当ててアイルに半笑いの顔を向けた。隣では連れのデカブツが右手を上げた。

 アイルも手を挙げて応えた。

 建物の入り口の階段に座っていたエリスが、立ち上がり話し始めた。

 「さて、全員揃ったようだな。私はブリスコー義勇兵団団長のエリスだ。諸君の献身に敬意を表したい」そう言ってエリスはしばらく頭を下げた。「さて早速だが諸君に個別の面談を課したい。名前を呼ばれたものは私について来い。まずはアイル、貴様だ」

 エリスはそう言い、兵団支部の隣の崖に掘られた階段へ入った、アイルも彼女に習い、階段を降りて地下室へ向かった。地階に降り、しばらく廊下を歩くと扉があった。

 彼らは鉄でできた重い扉を開けた。

 そこは明るい部屋だった。白い混凝土の壁に囲まれた部屋の中央には、小さな机と燭台に立てられた蝋燭、そして向かい合った粗末な椅子が置かれていた。部屋の奥の机に拍子計のような物があり、その下には紙が敷かれていた。

 アイルは部屋に足を踏み入れた。部屋の両脇には合わせて八人の人間が立っていた。その中には北部連隊で会った老人もいた。アイルは彼らが義勇兵団の人間で、ここで適性検査でも行われるのだろうと当たりをつけた。

「座りたまえ」リンダが言った。

 彼らは蝋燭を挟んで向かい合った。

「さて、これからこの部屋で行われることは一切他言無用だ。この部屋は六方を分厚い鉛に覆われている。この壁の中には鉛の板が差し込んであって、外部の魔力の流れを反射することができる。つまりここは、君と私だけの隔離された魔力空間ということだ 。この空間で起きる魔力の流れというのは微小なものであっても物質現象に大きな影響を及ぼすことができる。そして我々はそれを容易に観察できる……」リンダは一息ついた。

「これから行う試験を火見式という。やることは単純だ。」

 リンダは机上の蝋燭を指差した。

「君はこの蝋燭の上に手をかざして魔力を込めるんだ。といっても君が義勇兵の誓いを立てたあの日以来、君は魔力を自覚的に感じることなど出来てはいないだろう。それは、自然界にはあまりにも外乱要因が多いから、君は自分の魔力を他と区別して認識できていないからなのだ。今から私は私自身の魔力を断つ。するとこの部屋にはほとんど君の魔力しか存在しなくなる。君は集中し自らの魔力を捉えるよう勤めろ。その時あらためて君は自分の体を包む薄い膜のようなものを感じるはずだ。その膜でこの蝋燭を覆いたまえ。まずは私が手本を見せよう」

 リンダはそう言い蝋燭に手を掲げた。一瞬蝋燭の炎が揺れ動くと、次の瞬間には炎がぶわっと大きく広がりアイルの鼻先まで迫った。

 アイルは思わず身を引いた。

 一瞬の後、炎はまた蝋燭の上の一点に小さくなった。

「さあ、君もやってみせたまえ」

 リンダは椅子に背を預け眼を閉じた。

 アイルは椅子から立ち上がった。そうした方が魔力を感じやすいと思った体。そして彼女に倣い目を閉じ両手の力を抜き、なにかを感じようと務めた。

 彼は両手の爪の先まで神経を巡らせ、普段森で気配を探るときのように脱力した。そして自身を空気に溶け込ませるかのように気配を沈ませ、肌の表面から世界の情報を捉えようと試みた。

 しかし森でそうする時とは逆に、何も情報を感じ取れないということが逆にアイルに対して過負荷となって襲いかかってきた。アイルは一瞬自分が地面すらない虚無の空間に浮いているのではないかと思えた。無限の深さのある暗黒の谷間をひたすらに落下してゆく感覚。

 彼は眼を見開きたいという欲求と戦った。しかし彼は意志の力を振り絞り、あえてその深淵の中を落下した。

 アイルは光のない暗黒のなかに何かを感じ取った。

 彼は目を開けた。右手の指先の周囲に蜃気楼の境目のような、何かの透明な境界線が見えた。

 これは義勇兵になったときに見た魔力、エーテルとかいうもの違いない。

 アイルは蝋燭に手をかざした。

  締め切られたこの地下の空間にも空気の循環はわずかながらにあり、ろうそくの火は微細に揺れ動いていたが、今この揺れは完全に止まった 。

 そしてこの蝋燭の炎の輪郭がはっきりした。

 いつの間にかエリスも目を開けて見ていた。そして目の前の光景に、アイルよりもむしろエリスが驚いていた。

 蝋燭がさらに強い輪郭をまとい出した。それはガラス細工のようにはっきりとした「表面」をもち固体そのもののような形になった。

「続けろ」エリスが言った。「今から貴様に命ずる。これから起こるすべてのことに、何があっても動揺するな」

 アイルはうなずき、集中した。

 部屋の誰もが身じろぎひとつしなかった。部屋の中であたかも時が止まったかのように動くものはなかった。

 突然机の真下で皿が割れる大きな音がした。

 この部屋に皿などなかった。おそらく机の下に何かで貼り付けてあったのだろうか。それをエリスが落としたのだろう

 しかしアイルはこのことにさほど動じなかった。蝋燭の火は変わらずガラスのようなはっきりした輪郭をしていた。 触れば固い感触があるほどと思えた。


 エリスはアイルを観察した。

 こいつは、彼女が今まで試験した全ての義勇兵の中で最も鋭い集中力を発揮していた。この蝋燭の異様な様態といい、かなり特異な資質を持っていることは間違いない。

 横を見ると、隊長達も同じ感想のようだ。蝋燭の一点を微動だにせず集中して見ていた。

 その中で翁だけが口を横に開き笑っていた。どうやら彼の資質にご満悦のようだ。

 しかし今は、その事は後回しだ。試験の目的はその先にあった。


 エリスは立ち上がった。そして手に持っていた紙束を丸めた。

 そして何の前触れもなくアイルの横っ面をひっぱたいた。アイルは衝撃でのけぞった。彼はゆっくりとエリスに視線を戻した。その表情には何の怒りの兆候もなかった。そして蝋燭はというと、先程よりもさらに凍りついたようにそこにあった……より密な形、冷たさを感じるほどの異様なぎらめきを持って。


 エリスはこの男、アイルという原石にニヤリと笑った。



 エリスは立ち上がり拍子計の探針を弄くると、紙の切れ端を取り出した。

「さてご苦労さん。実は、今見たのは性格適性を測るちょっとした試験なんだ。ここにいる方々は団員の訓練を担当する教官たちだ。君の体をまとっている魔力、これを一般にエーテルと呼ぶが、君が頬を打たれた時それがどのような変化を起こすか、この操作不能な感情の表出を観察したのだ。例えば異国人が突然鋭い痛みを加えられた時、思わず母国語で痛みを訴えてしまう。要は突然の刺激を与えると人は瞬間的にそいつ本来の資質が現出するということだ」

 エリスは続けた。「君は理不尽に殴られて2つの感情を持った。一つは痛み。そしてもう一つ理不尽さに対する怒りだ 。君が強いストレスを受けた時にエーテルがどのように変化するのか、この反応は原則的に一度しか調べることができないから他言無用としたのだ 。あの探針が君のエーテルに反応し振動する。君のエーテルが強まれば針は向こうに押され、弱まれば引かれる。これはその変化を紙に写し取ったものだ。」

 リンダはアイルに図表を見せた。その紙にはただ一直線のラインが一本真ん中に細く引かれているだけであった。

「君の反応はかなり特殊だな。普通の人間はこうなる」エリスはそう言いアイルに別の紙を見せた。そこには細かく上下に波打つ線の振動が印されていた。

「なんというか……君は常在戦場、といったタイプか。しかし……」エリスは心底感心したように言った。「武術の達人でもこのように心の平静を保つことはできない。何十年修行した人間であってもな。と言うのはそういう人間は相応に強い自我を持っているものだからな。普通は頭を急にぶたれれば心の動揺がエーテルに表出されるものだ。君は修行前からこの高みにいるのだから、相当な場所まで登れるかもしれん」エリスは顔を起こしてそばに立つ人物を見た。例のアイルに目をつけている老人が机の横から紙を覗き込んでいた。

「君は冷静沈着で目端が利き、どんな時でも実力通りの力を発揮するタイプだ。もちろん強敵に対しても動じることがない。もっとも戦闘向きなタイプの二つのうちの一つだ。もうひとつはこんなかんじだな」エリスは紙に爪で線を引いた。それは線の起点から激しく上に動き、その高さを保ったまま横に流れる動きだった。

「見事だ。」老人が口を開いた。「君は性格といいエーテルの異形といい、暗殺者に向いているだろう。君は”手”に入るべきだ」

 その言葉を聞き、教官達は驚いたようだった。目の端で、何人かが体を揺らしたり、腕を組み直したりしていた。

 アイルは反応に迷い、エリスの顔を見た。

「悪いがこれは団令ということになる。拒否は不能だ」

 アイルはこくりとうなずいた。

 

「君は瞬発力は悪くないが、叩かれてしばらくするとダウナーになっている」エリスはアベルに言った。「君の思考はこうだ。まず頭を叩かれて当然反感を持った。しかしこの部屋の状況を踏まえて、これには何か理由があるのだと判断した。怒りを保ち続けることを躊躇したんだな。つまり君は、ある種環境適合したということだ。このことの何が問題かわかるか?」

「いえ」

「ようは強い相手には君は萎縮するということだ。強敵相手に本当の力は出せない」

「そんなことがこれだけで分かるものですか?」

「君はダリアの護衛だったようだな」

アベルは一瞬反応に躊躇した。「なぜ知ってるのですか?」

「ほら。今頭の中で思考の逡巡があっただろう。それが命取りだ。」

「今反応できなかったのは……」アベルは反論しようとした。しかし彼が反論することで何の情報が漏れるのかを計算した。そして口をつぐんだ。

「君は王族の護衛らしいな?」

「……」アベルは眼だけ動かしエリスを見た。

「当然王族が粗相をすることなど度々あるわけだが、君は友にするように心から忠告するわけではなかろう」

「……」

「王侯貴族に使える人間というのは、こうなる。自身の立場だけでなく宮廷政治の網にかからないよう常に気配を探る。それが君自身の思考のクセになってるんだよ。そして一瞬の思考の遅れが命取りとなる」

「……」

「無論これは性格上の問題として自己認識すれば治ることはできるはずだ。だがお前自身の本質的な傾向としてこういった部分があるということを覚えておけ」

 

「ジェイよ、君に言うことは何もない。戦士になれ。私が指導しよう」

 

「トグマ、お前の激しい怒りは、見事だ」エリスは椅子にふんぞり返るトグマに言った。彼女は紙に描かれた線の起始点を指さして言った。「この立ち上がりの反応の速さを見ろ。これは瞬発力があって瞬間的に戦闘に備えることができるということだ。また立場が上の人間に対しても直情的に怒りを出すことができる。これは要するに克己心が強いということだ。強大な相手に物怖じしないということだな 。多分お前は喧嘩上等ですぐ切れやすいタイプじゃないか?」リンダはアゴをしゃくってトグマに言った。「ただ一分経つとエーテルが急激にしぼんでいるな。このことに心当たりはあるか?」

「さあな」

「私の経験ではこういうタイプは喧嘩早いがしょっちゅう負けてぶっとばされてるやつだな。違うか」

「さあね」

「お前ネンショー上がりだろ」

「なんで?」

「私もネンショー上がりだからな。見れば分かる」

「へえそうかい」

「壁の向こうで散々年上にぶっとばされたんじゃないか?」

「知ったような口利いてんじゃねぇよ」

「なんで入った?」

「……」

「私は殺しで入った。お前は?」

「っはぁ。なんで答える義務があるんですかぁー?」

「最初に言ったろ。国賊の魔法使いがこの国の中枢に浸透していると。だから義勇兵団は団員の素性をきっちり把握する必要がある。まあ本当の話をするとだな、ある程度全員の素性は調べがついているんだ。招集まで時間がかかったのもそれが理由だ」

「じゃあ目で見てわかるって嘘じゃねーか」

「いや分かるよ。お前、刑務所で生まれたらしいな」

「……」

「で、そのままムショで育った。なぜだ?」

「なぜって何が?」

「普通ムショ生まれは孤児院に入れられるだろう。なぜそうならなかった」

「そんなん俺が知るかよ」

「お前は恩赦で牢から出たことになってるが実態は違うはずだ。そもそも罪などないのだからな。刑務官の一存で牢屋に留められていたようだが心当たりはあるか?」

「ない」

「お前は悪魔憑きとされていたようだが、思い当たることは」

「ねえよ!」トグマは怒鳴り声を上げた。

「だろうな。本当に悪魔憑きならば牢から出られるはずはな。私も五歳で人を殺して二十年間牢屋にいた。だからお前の気持ちは分かるつもりだ」

 エリスは椅子から立ち上がり、言った。

「お前のその怒り、絶対に持ち続けろよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。