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内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第8話「ゴールデンウィークの魔王くん-後編-」
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8話目・その9

 翌朝、ゴールデンウィークの連休も最終日のこと。

 この日は早朝から、グラゼルが張り切ってお弁当を作っていた。

 リアには昨晩の夕食の席で既に、水族館へ行くことも、グラゼルが同行することも、エルの口から告げられている。

 主従の関係ではあるが、気を張らずに済む相手ではあるし、リアも特に不満を漏らしたりはしなかった。

 故に朝食の時間になってリビングへと集まって来たエルとリアは、普段見ないような量の食事をグラゼルが作っていることに疑問を持ったりはしなかったのである。

 但しそれは、

『ねぇ、グラゼル…。それ作り過ぎじゃない…?』

 と、リアからの若干言い出し辛そうな指摘が入る程度には、(良いか悪いかは、さて置くとして)気合の籠った弁当であったが。

 鮭・ツナマヨ・明太子などの具材を中に入れ、海苔が巻かれたおにぎりが並ぶ最下段。

 鶏の唐揚げ・ミニハンバーグ・アスパラのベーコン巻き・タルタルソースの塗られたエビフライ、という主菜が詰め込まれた中段。

 ほうれん草としめじのバターソテー・ポテトサラダ・卵焼き・チーズちくわ、レンコンと人参のキンピラ、と主に副菜が並ぶ最上段。

 重箱サイズの合計三段である。

 各おかずの仕切りには、レタスや生パセリ、ミニトマトも散らされていて、彩を損なうことはない。

 更には、魔法瓶の水筒に、オニオンスープまで用意されている。

 もしリアが言わなければ、代わりにエルが言っていただろう。

 しかし執事グラゼルは柔和な笑みを浮かべると、

『普段の食事量から計算して作っております故、心配はご無用でございます、リア様。』

 と言い切った。

 グラゼルがそう言うのであれば、問題ない量なのだろう、とエルは納得し、結局は何も言わなかった。

 だが、続いてグラゼルの口から魔法を紡ぐ言葉が聞こえてくると、慌てた様子で声を上げる。

『お、おい、グラゼル!何をしようというのだ!』

『いえ、その…なるべくなら良い状態で食して頂きたいので、防腐と保温の魔法をかけようかと…。』

 何故エルが魔法を止めたのかさっぱり分からないグラゼルだったが、取り敢えずは説明義務を果たすことにした。

 突然グラゼルが魔法を使おうとしたのでエルは焦ったが、言われれば、グラゼルが紡いだ単語は、防腐と保温の為に構築された魔法だったことを、記憶の中から一致させる。

 そのような魔法を行使するのは、魔人の中でも日常的に料理をする者だけである為に、完全に記憶の底に埋もれてしまっていたのだ。

『………ああ、止めて悪かった。…続けて構わぬぞ。』

『はあ。左様でございますか?』

 ばつが悪そうに謝罪したエルに、やはり訳が分からない、といった風にグラゼルは応じ、再び魔法の言葉を発し始める。

 そんな光景を目の当たりにしたリアは、お腹を抱えて笑っていた。

 天才と言われるエルが魔法に関わることで失敗する姿を見せたのが、物凄く可笑しかったのだろう。

 エルは羞恥に駆られながらも、口に出してしまえば八つ当たりにしかならないので、言葉を飲み込んだ。

 そんな風に、何だか珍しい朝の一幕を終えて、グラゼルの用意した朝食(お弁当と同時進行で作っていた)を速やかに平らげると、エルは出掛ける為の準備を始める。

 準備と言っても、身形を整え、財布と携帯を鞄に入れるだけなので、然程時間もかからずに終わってしまったが。

 水族館へ向かうのは、営業開始時間に合わせたとしても、9時に家を出発すれば余裕で間に合うのである。

 中途半端に時間が余ってしまった為に、エルは何となく、ゴールデンウィーク中の出来事を追想することにした。


 ───…ゴールデンウィーク1日目、エルは同好会活動に参加する形で、扇原おうぎはら屋敷の謎を解明せんとする朋希に付き添った。

 エル自身は朋希に相談があった為に同行したのだが、その相談は結局エルの考え過ぎだと怒鳴り付けられされてしまった。

 しかしエルも朋希の本心を聞き、納得し、相談事には決着が付いた。

 その後、朋希から茉莉に関する相談も受けたことで少し微妙な空気になりかけたが、最後には互いに普段通りで別れることが出来た。

 そうしてエルが家に帰り、疲れて寝ている間に、リアが人間界へ再訪したのだ。

 リアは遊びに連れていって欲しい、とエルに訴え、それを受けたエルが朋希に相談し、翌日ボウリングに行くことが決定した。

 ただ、断りもなく知らない人間(朋希)を連れて行くことを決めたエルに、リアは怒り心頭であった。

 エルが勝手に朋希と引き合わせ、友達を作らせようとしたことにこそリアは怒ったのであるが、その時点ではエルは、自分の何が悪かったのかは理解出来ていなかった。

 夕食後にリアの部屋へと謝罪に出向くが無視され、結局その日はリアと和解することは出来ないかと諦めていたが、寝ぼけて風呂場に乱入してきたリアと話しをすることで、何とかエルは許して貰えたのだ。

 それでゴールデンウィーク2日目には、約束を違えることなく、リアと朋希と一緒にボウリングに興じることが出来た。

 ただ、この日はエルにとって、忍耐の日となってしまった。

 ボウリング初体験であるのはリアも同じであるのに、運動が得意ではないエルは、友人と妹に滑稽な姿を晒してしまったのだ。

 更には、ボウリングは1ゲームで終わると思っていたエルは、無情にも2ゲーム目を強要され、最終的にほぼ全身が筋肉痛に陥ってしまったのである。

 家に帰ってから夕食後には、リアがエルの部屋に訪ねて来て、茉莉には会えないのか、と質問をした。

 既に1日目に、連休中に茉莉と会う予定はない、とは告げていたのだが、リアとしてはどうしても茉莉に会いたいのであろうことは、エルにも十二分に伝わった。

 そうしてエルの方が折れて、連休中に茉莉のバイト先に会いに行こうと考えていた件を口にしたのだった。

 ただ、暫く筋肉痛で外出など不可能なエルであるので、そこだけは何としてでも承諾させる他なかった。

 その後、リアが筋肉痛の責任を取って風呂場でエルの身体を洗うなどと言い出したのは、些細なハプニングであったので割愛しておく。

 ゴールデンウィークの3日目、4日目は、ボウリングの後遺症(ただの筋肉痛である)で身動きを取れなかった所為もあり、エルはベッドの上でひたすら回復に努めた。

 その2日間、エルはリアの行動を把握していない。

 エルが外出に付き合えないので、一人で人間界を散策していたかもしれない。

 そしてようやくゴールデンウィーク5日目にあたる昨日の朝、筋肉痛がある程度回復を迎えたエルはリアを伴って、茉莉のアルバイト先である猫カフェ『STRAY’t』へと出向くことを決めた。

 少し遅い昼食ついでに『STRAY’t』に入店した彼らを出迎えたのは、偶然にも茉莉本人であった。

 バイト先に来ることも告げていなかった為、茉莉は急に客としてやって来たエルとリアに驚きを露にした。

 特にリアが人間界に来ていたことに最も驚いていたようで、大いに混乱させてしまったのは、エルの反省点である。

 ややあって席に案内されたが、茉莉が仕事中だった為に、ゆっくりと話す時間が取れないらしかったのが、エルとしては誤算だった。

 しかし、来店したタイミング自体は悪くなかったようで、その後に茉莉は休憩に入り、休憩中にエルやリアと一緒に過ごすことを選んだのだ。

 エルにはあずかり知らぬ事であったが、茉莉はこの時、本来の休憩時間ではなく、気を利かせたバイト先の先輩であるルナルナが、茉莉を先に休憩に行かせたのである。

 それからエル達と同じ卓に着いた茉莉に、リアが3週間前の遊園地で茉莉に魔法を使ってしまった件を、拙いながらも日本語で謝罪し、無事にリアは肩の荷を下ろすことが出来た。

 その後、茉莉が泣き出すという事件もあったが、落ち着きを取り戻して以降は茉莉と一緒に談笑しつつ遅い昼食を摂って、茉莉が休憩時間の終わりが近くなった頃、猫を見に行かないかとエル達を誘い、三人でプレイルームへと入った。

 プレイルームの中に居た時間は15分弱ではあったが、エルは猫に初めて触れるという体験をして、リアは気まぐれかもしれないが帰り際に黒猫と心を通わせる一幕を見せた。

 そうしてエル達が店に入って1時間と少し…最後は慌ただしく茉莉が別れを告げ、エルとリアは店を出たのだ。

 猫カフェから高層マンションへと向かう帰り道、リアは翌日もエルと一緒に出掛けたい旨を告げ、エルは了承した。

 家に帰れば翌日の目的地を携帯電話のインターネットを駆使して探し、動物園か水族館の二択まで絞った後は、タイミング良く現れたグラゼルに、水族館の方が良いだろうとの助言を受け、翌日の行き先も無事に決定した…───。


 そんな風に回想してみれば、決して良い思い出ばかりだとは言えないが、エルにとっては紛れもなく、忘れられない思い出になっていた。

 記憶が時間と共に風化するとしても、何となくこんなことがあった、という程度には覚えているだろう、と。

 そうやって思い出に浸っていると、早いもので、時計は8時56分を示していた。

 少し早いが構わないだろう、とエルは自室を出てリビングに向かう。

 財布と携帯を入れた鞄を持つことも忘れてはいない。

 ゴールデンウィーク6日目、連休最終日である今日、これから水族館へと遊びに赴くのだ。

 そのように意気込んで開いたリビングの扉の先には、早めに自室を出たエルに先んじて、既にリアとグラゼルの姿が在った。

『リア、グラゼル。もう待っておったのか。まだ時間には少し早いと思うが。』

『そういう兄貴こそ、早く来てんじゃん。』

『準備が整っておられるのでしたら、出立しても良いかもしれませんな。』

 この場の全員が、水族館へ行くのを楽しみにしていたらしい。

 グラゼルの進言を否定する者は無く、三人は連れ立ってリビングから玄関へと足を進める。

『では行くとするか。』

 玄関の扉を開け放ち、エルは目を細める。

 まるで水族館での時間が楽しいものになると暗示するかの様に、外界は雲一つない晴天であった。

第8話・完

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