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内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第8話「ゴールデンウィークの魔王くん-後編-」
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8話目・その8

『兄貴の休みってさ、明日までだっけ?』

 リアの口からそんな質問が飛び出したのは、猫カフェ『STRAY’t』から帰途に就いた路上でのことだった。

 兄妹で横並びに道を歩きながら妹側から放たれた質問は、ニュアンス的には確認に近い。

『その通りだが。休みが終われば、お前も魔界へ帰るのであったな?』

 応える兄の方も、これは質問ではなく確認である。

『そうだよ。』

 肯定を返すリアだが、自分から話題を振った割には、その声色は存外に素っ気ないものだった。

 エルの連休が終わればリアは魔界へ帰る…とは、リアがゴールデンウィーク初日にエルの前に姿を見せた時に、既に告げられた話だ。

 連休中にリアが人間界へ訪れた目的は、自分の言葉で茉莉に謝罪を伝えたいが為だったのだろう、というのは最早、疑いようもない。

 であれば、一先ずのリアの目的は果たせたと言えるだろう。

 とはいえ、心ゆくまで茉莉と話しが出来たかと問えば、答えは否であろうし、『STRAY’t』に於いて一時間程度の短い逗留になってしまったのは、彼ら兄妹のどちらにとっても誤算であった。

 故にエルは、これから続くリアの言葉が、人間界での滞在期間を延長したい旨を告げる類の言葉なのだろうと思っていた。

 しかし、続いてリアから発せられたのは、エルの予想を大きく裏切る台詞であった。

『…だから、兄貴は、明日も私に付き合ってよね?』

 頬を染め、そっぽを向きながら、リアは言った。

 エルは驚きのあまり、思わずリアを二度見してしまう。

 否、別に驚くようなことではないのだ。

 最たる目的は、日本語で茉莉への謝罪を述べることであったにせよ、それ以外の目的についても、疾うにリアの口からは語られた後なのだから。

 それどころか、リアが初めて人間界に来た時から、主となる目的自体は変わっていない。

 遊びに来た、というのが、彼女の偽らざる目的であるのだ。

 と、解ってしまえばどうということもないのだが、もっとちゃんとした理由があると思っていたエルは、その考えに至ることはなかった。

『…どういう風の吹き回しだ?』

 理解に至れなかったエルは、真顔で問い返した。

 対してリアは、人を食ったような言い回しで、それに答える。

『別にぃー?馬鹿な兄貴でも、居た方がマシかなぁって思っただけだしぃー!』

 素直に成り切れないリアには、本心を曝け出すのは、難しいことなのである。

 エルは苦笑しながら、無言で肩を竦めてみせる。

『…で、付き合ってくれるの?』

『まあ、構わぬ。』

 チラチラと横目で窺いつつ尋ねるリアに、別段断る理由も予定もないのだから、とエルは消極的ながらも首を縦に振った。

『但し、激しい運動を伴う場所には絶対に行かぬからな。』

 とは付け加えたが。

 連休最終日に筋肉痛を再発するのは何としてでも避けたいエルなのである。

『しょうがないからそれで良いけど、なるべく楽しめそうな所にしてよ?』

『…明日までに考えておく。』

 身体を動かさずにリアが楽しめそうな場所など、エルには即座に思い浮かぶはずもなく。

 そもそもエルは、人間界に於ける娯楽関係を積極的に調べようとはしていないのだから、身体を動かさずに、という条件が無かったとしても、直ぐに思い付くようなものではない。

 実際、3日前に行ったボウリングに関しても、朋希に相談した結果であり、エル自身はボウリングについての大した知識は持ち合わせていなかった。

 そう考えれば、これはエルにとって、それなりの難題と言えよう。

 人間界を案内するという名目でデパートやショッピングモール等を巡るのは、前回のリアの訪問時にも行ったので、それでは不満を持たれるかもしれない。

 遊園地のような場所であればリアも楽しめるのだろうが、遊園地自体は茉莉が一緒でなければ納得はしないだろうし、遊園地に相当する娯楽施設などは尚更エルの知識に該当する物が無い。

 それでも何とか希望に沿えるように努力はしてみよう…と頭を悩ませるエルだった。

 もしくは、再び朋希に相談する方が良いか、とも一瞬思うのだが、先ずは自力で探す努力をすべきだろう、と直ぐに考えを改める。

 恐らく朋希であれば、この難題にもすんなりと解決策を用意してくれるだろう、などと勝手に謎の信頼を寄せるエルだが、直感とでも言うのだろうか、何故だかエルは、それではリアが納得しない気がしたのだ。

 ハッキリとした理由はエルにも分からない。

 もしかすると無意識の内に、朋希に相談した件とリアを怒らせてしまった件を関連付けて、今回も何かリアを怒らせてしまうのではないか、と危惧しただけかもしれないが。

 明確に理詰めでは説明出来ない感覚───直感あるいは第六感とでも呼ぶべき感覚だからこそ、無視してはいけないと思った。

 あくまで朋希への相談は選択肢の一つであり、所詮は選択肢が一つ消えただけの話である。エルとしては特別深刻ぶる理由はない。

 少なくとも、明日までに何とかなれば良いのだ。先ずは己で調べて、それでも進展がないようなら、朋希以外の誰かを頼れば良いだけなのである。

 楽観的…とまではいかないにせよ、エルが焦ったりしないのは、何とかする為の力を既に手中に収めている故だ。

 その力をエルは、()()()()()()取り出した。

 通称をスマフォと呼ばれる、要するに()()()()である。

 エルは取り出したスマフォの画面を操作して、インターネットブラウザを立ち上げる。

 おもむろに携帯電話を取り出したエルを見、リアは少し怪訝そうに尋ねる。

『またそのケータイ?とかいうやつで、朋希と話しでもするの?』

『否。ケータイは他人と会話するだけが全てではない。人間界の事柄を調べるのにも適しておるのだ。』

『ふーん…?』

 エルの説明に興味を惹かれたらしく、リアはスマフォの画面を覗き込んだが、そこに書かれていたのは日本語や英語であった為、そっと身を引いた。

 人間界での生活圏である久十里周辺で、妹が興味を持ちそうな場所を調べようと、エルは多少苦労しながらも文字を入力していく。

『…あのさ、兄貴。前見て歩かないと危ないんじゃない?』

『…っ!…くっ、我としたことが、失念しておった…!』

 気が逸ってしまった所為で、ついつい危険行為とされる歩きスマフォをしてしまっていた。

 歩きスマフォなどという言葉すら知らないリアの目から見ても、携帯画面を気にしながら歩くエルの姿は、危なっかしく見えたのである。

 深く反省したエルは、調べ途中の画面のまま、スマフォを素早くポケットに戻した。

『すまぬな、リア。調べ物は帰ってからだ。注意してくれたこと感謝する。』

『…何だか意味分かんないけど…うん。』

 兄の言動が理解の範疇を超えていた為に、変な物でも見るような目を隣に向けるリア。、

 そんな会話を交わしながら歩いている内に、いつしかエル達の仮住まいである高層マンションが、遠目に見え始めていた。




 程なくして家に帰り着いた後、エルは自室に引き籠ると、デスクチェアに背を預けながら携帯電話を使い、調べ事を再開させた。

 検索するキーワードは、『久十里』『娯楽施設』が既に入力済みであった。

 液晶画面を指でスライドさせながら流し見していくと、深里市内の観光スポットが紹介されているらしいページが目に留まる。

 エルは最初にそのページを開いてみることにした。

 だが、結論から言うと、あまり参考にはならなかった。

 美術館、神社、過去の著名人が建てたらしい別荘、といった文化施設の紹介がメインであった為だ。

 その他にも、特産品を加工する工場、土産物センター、造形の凝ったモニュメントのような物も紹介されていたが、そういった場所を見て回っても、リアが楽しめる要素は少ないだろう。

 観光スポットは今回求める方向性とは違う、とエルは早々にページを閉じた。

 検索画面に戻って暫く流し見を続けていたが、他にピンとくるページもなさそうだったので、エルは検索ワードを変更した。

『久十里』はそのまま、『娯楽施設』を『遊ぶ場所』に変えて再検索してみるものの、『娯楽施設』で検索した場合と文字の羅列は殆ど変わらない。

 ならば今度は『遊ぶ場所』を『遊ぶ施設』に変更して検索を実行する。

 何が良かったのか悪かったのかは定かではないが、子供連れで遊べる施設を纏めたページが検索トップに表示された。

 エルは少し考えてから、そのページを見てみることにする。

 子供というワードが、エルの琴線に触れたのだ。

 勿論、リアは年齢で言えば子供に該当するが、それだけではない。

 リアが楽しめる条件として、日本語を必要としないことが真っ先に挙げられる故だ。

 日本には義務教育が根付いている為に、小学生の年齢に達すれば、誰しも簡単な読み書きは当然のように覚えるものだが、リアは読み書き以前に日本語を話すことすら出来ない。

 それはつまり、言語能力に於いて妹は小学生にも劣るということであり、子供同伴で一緒に遊べる施設を調べれば、当然のように小学生以下の識字能力でも楽しめる施設が見付かるはずだ、との閃きを生んだのだ。

 尤も、子供、と一言で括っても、実際には該当する年齢の幅は広い。

 未成年を全て子供として扱うのであれば、当たり前だがエルも子供に該当する。

 都合良く小学生以下に向けた施設ばかりが列挙されている訳もないので、選別作業は必要だった。

 先程の観光スポットでも紹介されていた場所も載ってはいるが、此方のページの方が、雑多である代わりに情報の絶対数も多かった。

 単純な娯楽施設であるカラオケ、ボウリング、ゲームセンター、映画館といった施設も多分に含まれる為だ。

 それらをそのまま採用することは難しいが、兎も角、情報の数が多いに越したことはない。

 多量の情報を選別するには、手当たり次第に、条件を満たさない施設を除外していく。

 カラオケは人間界の歌を知らなければ行く意味もない上に、知っていたとしても歌詞を暗記でもしていない限りは日本語や英語の読解が必要になる。

 他にも、日本語を読んだり聞いたりする必要がある図書館や映画館といった場所も、考えるまでもなく候補から除外される。

 ボウリングなどは、つい3日前に行ったばかりであるし、行けば再びエルが筋肉痛になるのは確定的に明らかである為に、同じく除外である。

 それ以外にも市営体育館や運動公園のような、スポーツを目的とする施設は軒並み、運動したくないエルにとっては除外対象に当たる。

 ではゲームセンターはどうであろうか。

 ゲームとは即ち、子供全般に向けた娯楽であり、日本語や英語などは読めず聞き取れずでも、体感的に遊べる物も多い。

 格闘ゲーム、アクションゲーム、シューティングゲーム、パズルゲーム、音楽ゲーム…それらはボタン操作さえ覚えてしまえば、十全に遊ぶことが可能だろう。

 複雑なボタン操作を覚えられなかったとしても、ボタン二つで完結するUFOキャッチャーのような物もあるし、メダルゲームなどはボタンの操作すら必要ない。

 文字を読む過程と幅広い知識が必要となるクイズゲームや、ルールを知らなければ満足に遊べない麻雀ゲームなどの一部を除けば、それなりに楽しい時間を過ごせる見込みはあるのだ。

 しかしながら、エルにはゲームに関する知識が皆無だったので、ゲームセンターも普通に除外されたのである。

 エルの知識の中でのゲームセンターは、ゲームという物をするのに1プレイずつ金銭を支払う必要があるので金が掛かる。不真面目な学生達の溜まり場。おまけに周りの音が大きくて五月蝿い。という、悉くがマイナスイメージだった。

 そんな悪いイメージしかないゲームセンターに関して、詳しく調べようなどとは微塵も思わなかったのだ。

 そうやって一つずつ除外していって、結局1時間程を使って、残った候補は二つにまで絞られた。

 エルが時計を見れば、16時15分を回ったところだった。

 時間を確認した理由は、そのタイミングで部屋のドアが、控え目にノックされた為だ。

『エル様、起きていらっしゃいますか?』

 続いて聞こえたのは、老執事グラゼル・アルエインの声である。

『起きておるぞ。入って良い。』

 エルが許可を出すと、グラゼルは静かにドアを開く。

『何か用か?』

 グラゼルの姿を確認すると、エルはグラゼルに目を向けてから、即座に用件を問う。

 執事はドアを開け放ったまま姿勢を正すと、部屋に来た用事を告げる為に口を開く。

 そのグラゼルの態度から、第三者リアに聞かれて困る話題でもないのだろう、と察して、エルは少しだけ肩の力を抜く。

 仮に密談であれば魔界の言語を使わずに日本語で話せば良いだけなのだが、リアが居る間は家の中では魔人語で話す取り決めをしているので、グラゼルがどちらを選ぶかは、その時になってみないとエルに判断が付くものではなかった。

『エル様もリア様も、昼食を普段より遅い時間に摂られましたので、夕食は少し量を控えた方が宜しいでしょうか?』

 と、実際にグラゼルの口から出たのも、晩御飯の量に関する変哲のないものであった。

 エルにしてみれば他愛ない、と流せる事柄であるが、料理を担当というか家事全般を担当するグラゼルには無論、大いに気にしなければいけない事項である。

『ふむ…そうだな。我は問題ないが、リアは少し量を減らした方が良いであろう。』

 昼食の時間が遅かったのも尤もであるが、エルがそう判断したのは、リアがエルと同じ量の食事をした上でデザートの苺チョコケーキまでをも完食していた故だ。

『かしこまりました。そのように致します。』

 何となく察したのだろう有能な執事は、それだけ言うと、これ以上エルの邪魔をしないように、及び夕食の支度をする為に、部屋から立ち去ろうとする。

 しかしエルは、それに待ったをかけた。

『我からも一つ良いか?』

『はい。何なりと。』

 主君に引き止められれば是非もなく、グラゼルは畏まった様子で頷いた。

 エルは、先程二択まで絞り込んだ外出先の候補を、丁度良いタイミングでやって来たグラゼルに、問うてみようと思ったのだ。

 あるいはこれも、直感に近いものであったのかもしれない。

 単に、今までグラゼルに助言を求めて間違った例は殆どなかったのだから、この度も任せてみるか、くらいの軽い気持ちではあったが。

『リアを連れて行くのであれば、動物園と水族館、どちらが良いと思う?』

『…そうでございますな。その二つであれば水族館の方が喜ばれるのではないでしょうか。』

 思ってもみないエルからの質問内容に、一瞬呆気に取られたグラゼルだったが、直ぐに表情を正すと、迷うことなく告げた。

 あっさりと答えを返したグラゼルに、エルは目を丸くしたが、少し頭を働かせてみれば腑に落ちたらしく、更なる質問を投げる。

『お前は行ったことがあるのか、グラゼル?』

『ええ。昔日に、魔王様の付き添いで一度だけ。』

 答えるグラゼルの瞳は、どこか昔を懐かしむようでもあった。

 そんな姿を見せられた為なのであろうか、エルはグラゼルに命令口調で告げる。

『そうか、では明日はお前も来い。リアを連れて、水族館へ行く。』

『私めも…でございますか?』

 エルが人間界に来てから今まで、グラゼルに同行を望むことなど一度もなかった。

 だからグラゼルは、常ならざるエルの言葉に、驚きを隠せず、聞き返してしまったのだ。

『うむ。案内役を頼みたい。』

『左様でございますか。それでは謹んでお引き受け致します。』

 世話役として仕え、主君でありながら子や孫のようにさえ思っているエルに案内役を任されるのは、グラゼルとしても喜ばしく、光栄なことであった。

 大袈裟とも思える程きっちりとした執事の礼をしてから、グラゼルは、

『では、夕食の準備がございますので、私はこれにて失礼致します。』

 と、来た時と同じように静かにドアを閉めて、立ち去った。

 本当に有能な執事(茉莉に関連すること以外は)だな…とエルは内心で呟き、一人になった室内で、図書館から借りてきた本を読み始めるのだった。




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