8話目・その6
アヤメが通り魔的な質問を落として逃げ去った以降は、特に問題らしい問題は起きずに、茉莉は平穏に過ごすごとが出来ていた。
時には談笑を交えながら、エルとリアとの食事を楽しんだ。
リアが茉莉に話しかけるのが主だったが、時々エルも口を挟んだりした。
話題に関しては様々で、
『この前ボウリングっていうのやったんだよ!』
「へー。リアちゃん、ああいうの好きそうだよね。…あ、だからエルくんは左手で食べてるんだね…。」
「うむ…。我は1ゲームで充分であったのに、2ゲームも付き合わされたのだ…。筋肉痛になるのも仕方がなかろう…。」
というものであったり。
『この店にいる子って、茉莉姉ぇもそうだったけど、面白い恰好してるね。』
「あー、うーん…そういう制服だから…。」
『皆が同じ格好してるから、余計に面白く感じるのかも。何で人間なのに動物みたいな耳付けてるの?』
「猫耳付けてるのは、ここが猫カフェだから…なんだけど。その猫耳も含めて制服だから…としか言えないかな…。」
『猫?かふぇ?』
『猫は猫なのであろう。カフェというのは、主に飲み物と簡易な料理を提供する食事処のような場所だ。』
『ふーん。』
「えっと…リアちゃん。ほら、あそこに…見えるかな?」
『え、あれ猫!?近くで見たい!』
「あー…ご飯食べ終わってから、ね…?」
そんな風に、話題は二転三転していったが、リアからは茉莉と話せることを心底楽しんでいる様子が伝わってきた。
彼らの中で最も早く料理を食べ終えたのは、積極的に話を振っていたはずのリアだった。
茉莉は食べ始めたのが最後であったし、エルは二人の会話の通訳をする関係で、食事の手の進みは遅かった。
であれば、リアが最初に食事を終えたのは必然であった。
ホットサンドの最後の一切れを食べ終えたリアは、
『これ、茉莉姉ぇが前に作ってくれたのと同じくらい美味しかった。』
と、食べた料理の感想を述べた。
それには一瞬どう答えるか悩んだ茉莉だったが、
「…あはは。ありがとう、リアちゃん。」
少し苦笑気味に笑った後は、素直にお礼を返すことにした。
茉莉が昔日に作ったサンドイッチは、確かに店の味を真似てはいたが、完成度では店のホットサンドには敵うべくもない、と茉莉自身は思っている。しかし、野暮は言わない。
料理を美味しいと感じるのは、何も味だけが全てではないのだ。
食べる時の環境、どういった状況で食べたか等の外的要因によって、より美味しく感じるということは多々ある。当然その逆も然りである。
それを当て嵌めれば、リアにとっては、遊園地という未知の遊び場で、茉莉が作ったお弁当を食べたというシチュエーションが、味を向上させる要因足り得たのだろう、と納得は出来たのだ。
美味しい料理を食べ終えて満足した表情をしていたリアだったが、
『…あ!』
と唐突に思い出したように声を上げる。
続いて、
『兄貴、デザート!』
短く叫ぶように、エルに催促の声を放った。
普通の料理を食べ終えたことで、存在を思い出したのだろう。
エルは苦笑を見せた後で、店員を呼ぶ為のボタンを押した。
「ん、あれ?どうしたの?」
「リアが食べたいと言ったケーキを、食後に頼んでおったのだ。」
そんな言葉を交わし終えた時、応対にやって来たのはルナルナだった。
「失礼します。お呼びでしょうか?」
「食後に、と頼んでおった苺チョコケーキを持って来て貰えるか?それと、紅茶のおかわりを二杯。」
と、エルが要件を伝えると、
「かしこまりました。ケーキは直ぐにお持ちしますね。紅茶は少々お時間が掛かりますので、出来次第お持ち致します。」
流れるような受け答えをしたルナルナは丁寧な所作で一礼してから、来た道を引き返していく。
そして三十秒と経たない内に、苺チョコケーキの乗った皿をトレイに乗せて、戻って来た。
「失礼します。苺チョコケーキになります。」
言い終えるとルナルナは皿を差し出し、エルは行儀よく座りながら、目を瞑って待つリアの方に視線を遣り、視線から察したルナルナはリアの近くにそっと皿を置いた。
「紅茶のおかわりは、もう少々お待ち下さいませ。失礼致します。」
姿勢を正してから言うと、一礼してルナルナは踵を返す。
提供された苺チョコケーキに目を輝かせて早速フォークを入れるリアの姿を背景に、エルは、
「ふむ…。」
ルナルナの背中を真っ直ぐに捉えながら、一つ頷いた。
「やはり、あの娘は良いな。」
と、続けてエルから飛び出した言葉に、茉莉は動揺して、食べていたホットケーキを喉に詰まらせそうになる。
慌てて水を飲むことで窮地から脱した茉莉だったが、少なからず狼狽えた様子で、取り急ぎエルに質問を放った。
「まおっ…え、エルくんは、ルナルナさんみたいなのが好み、なの…?」
黒髪ロングで顔立ちも整っていて、清楚を思わせる中にも茶目っ気があり、魅力的な人柄であることは否定しない茉莉だが。
仮にも、偽りではあっても、恋人関係という扱いの自分とは、あまりにタイプが違い過ぎて狼狽えたのだ。
ショックを受けているようにも思える茉莉の態度とは対称的に、エルは落ち着き払った様子で答える。
「好み?…ああ、否。あの娘は給仕に慣れておるようだし、我が何を求めておるのかを瞬時に判断した洞察力も申し分ない。所作も自然で、丁寧さを心掛けておる。もう少し鍛えれば、城のメイドも任せられそうな人材であろうな、と。…まあ、連れ帰ったりなどは出来ぬのだが。」
「………あー…そういう…。」
変な勘違いをしてしまい、恥ずかしさが込み上げてくる茉莉だった。
と同時に、エルからべた褒めされたルナルナのことを、少しばかり羨ましく思ってしまった。
そうして顔を赤くして縮こまる茉莉を見たエルは、訝しげに問う。
「どうしたのだ、茉莉?」
「な、何でもないっ!」
茉莉は言うと、自棄気味に切り分けたホットケーキを口に放り込んだ。
最終的に、食事を終えたのは、三人がほぼ同時だった。
リアが苺チョコケーキを、減っていくのを惜しむように一口一口味わっていたから、というのもあるが。
むしろリアがケーキを大事に味わっていた為に、他二人の食事ペースが上がったのも要因ではあった。
茉莉にしてみれば、なるべく早く食事を終えられるのは、何よりだった。
実を言うと、茉莉の休憩時間は、それ程残っていない。
休憩に入った後と休憩が終わる前で二度の着替えを挟まなければいけないのも、時間がなくなる要因の一つではあった。
他にも注文する時間、料理を待つ時間、食べる時間、それらの積み重ねが、限られた休憩時間を減らしていく。
食事の最中に会話を挟んでいれば尚の事、1時間の休憩など、あっという間に過ぎ去ってしまうのだ。
そのことに不満を持ったりはしない。
少しでも話したいと思ったから、茉莉は休憩時間の間にエル達の所へ来たのだから。
久しぶりに話せて楽しかった、という気持ちと、まだまだ話し足りない、という気持ち…どちらの振れ幅が大きいかと言えば、およそ後者なのである。
とはいえ、着替えの時間を差し引いたとしても、残り時間は15分程度は残っている。
その15分を、なるべくなら有効活用したい、と考えるのは当然の帰結であった。
であればこそ、食事を終えて満足気におかわりの紅茶を飲むエルとリアに向けて、茉莉は提案する。
「二人共。猫、見に行かない?」
これは食事中の会話でリアが猫に興味を示していた為に出て来た提案だった。
その提案がエルを介してリアに告げられると、
『行く!』
と即答した。
「我も行こう。猫を間近で見る機会などは、今までに無かったしな。」
そう答えるエルだが、どちらにせよ翻訳係がいなければリアと茉莉の会話は成立しないので、同行する以外の選択肢は初めから存在していなかった。
二人が了承したのを聞き届けてから、茉莉は辺りを見渡したが、近くにウェイトレスがいなかった為、呼び出しボタンを押す。
気付けば店内の客も、エル達を含めて二組しか残っておらず、裏での仕事か、もしくは研修期間中のアヤメの教育をしているのだろうと思われた。
茉莉も店の従業員の一人とはいえ、現在は私服姿。
よって、気軽に従業員専用の注意書きがある場所を出入りするのは、あまり好ましくはないのだ。
呼び出しに応じてやって来たのは、“ユニ子”という名札を付けたポニーテールの猫耳ウェイトレスだった。
「失礼します。お呼びでしょうか。」
落ち着いた抑揚の少ない声と、少し眠そうにも見える半目が、ユニ子のデフォルトである。
全体的に小柄で、背丈も茉莉より10センチ以上は低い。
従業員の規則で個人情報の詮索禁止というルールがあるので茉莉はユニ子の年齢を知らないが、ともすれば、リアよりも幼く見えるくらいだ。
表情の変化に乏しい為、愛想が無いと取られることもあるが、仕事は基本的に何でも卒なくこなすので、茉莉にとってはルナルナの次に頼れる先輩アルバイターが、このユニ子という少女なのであった。
「あの、ユニ子さん。プレイルームを利用しても、良いですか?」
と、茉莉は少しドキドキしながら、自分の目的を告げる。
あくまで自分は休憩中なのだから、仕事を増やすような真似は怒られてしまうだろうか…という心配が、今更ながらに浮かんできたのだ。
「プレイルームをご利用ですね。ありがとうございます。ご利用にあたりまして、注意点………ん。…まーちゃん?」
ユニ子は注意点の説明を始めようとして、途中で茉莉の存在に気付き、微かに首を傾げた。
そんなユニ子の反応に、茉莉は、
「…は、はい。」
苦笑しながら頷く。
まさか気付かれていなかったとは、思いもしなかったのだ。
対してユニ子は、あまり気にした風もなく、少し考えるような仕草をした後で、
「…まーちゃんが着替えてから、ご案内すれば良いのでは。」
何でもないような顔で言った。
というより、こうした遣り取りの最中も、ユニ子の表情が微動だにしないというだけだったが。
その台詞だけ聞けば、表情自体は動いていなくても、あまり良い顔はされていないのだろうな…と思った茉莉は、
「すみません…ご迷惑、でしたよね。…はい、そうさせて貰います…。」
謝罪を含めて、少ししょんぼりしながらユニ子の言に従うことにした。
しかし茉莉の受け取り方は誤っていたらしく、ユニ子は再び首を微妙に横倒しにする。
「?…あ、いえ。気心の知れた相手がご案内した方が、お連れのお客様も喜ばれるのでは、と思っただけのですが。…何か勘違いさせてしまったのなら、私の方こそすみません。」
「い、いえっ!そういうことなら、勘違いしたボクの方こそ、ごめんなさいっ!」
一方は無表情に近く、一方はあたふたしながら、お互いに頭を下げ合っていた。
だが、残り時間に限りがある茉莉は、あまりゆっくりはしていられない為、頭を上げた勢いのまま席から立ち上がると、
「じゃあボク、着替えてくるから!…失礼しますっ!」
と、エルとリアに振り返って言い放った後、ユニ子の横を小走りに駆けていった。
「………他にご用件は、ございますか?」
少々呆気に取られたユニ子だった(それでも表情は殆ど動かなかった)が、取り敢えず席に残るエル達に向けて、確認の意味を込めて質問した。
「…あ、ああ、否。特には無い。」
エルにしても茉莉の勢いに少しばかり唖然としたが、直ぐに我に返って、もう用事がないことを伝える。
「では失礼します。」
丁寧なお辞儀をすると、ユニ子も反転して、茉莉が去った方向へと歩いていった。
日本語が分からないリアは、一連の遣り取りを見ながら頭に疑問符を浮かべた。
日本語を解するエルにしても、今の遣り取りには何だか不可解さを感じた。
二人は示し合わせたかのようなタイミングで、揃って紅茶を啜り、よく分からないことは考えないでおくことにした。




