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内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第7話「ゴールデンウィークの魔王くん-中編-」
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7話目・その5

 右腕が殆ど上がらず、ほぼ全身筋肉痛に陥っていたエルだったが、唯一無事な左手を最大限駆使して、夕食を何とか乗り切ることが出来た。

 具体的には、右腕は宙ぶらりんの状態で、左手にフォーク(時にはスプーン)を持って、普段通りの体面を保ったのだ。

 左手で食べる方法などは身に付いていなかったので、動きがぎこちなかったり、少し取り零したり、フォークが皿にガシャガシャぶつかったり…と、体面など保てていないし、行儀が良いとも言えなかったが。

 そんなエルに対し、妹と執事は奇異の目を向けていたが、気付かないフリでやり過ごしていた。

 デザートまで完食を終えると、居心地の悪さが限界を突破したらしく、エルは食後の紅茶を飲むのも辞退して、自室へと戻った。

 そのままベッドに横たわろうかとも思ったが、横になってしまうと今日はもう起きれる気がしない、と考え直した。

 寝る前に風呂には入っておきたいのである。

 いつもグラゼルは、夕食後から1時間以内には、以降何時でも入れるように風呂を沸かしてくれる。

 1時間くらいなら待とうと思ったのだ。

 故に、ベッドには横たわるのではなく腰掛けた。

 今は本を読んだりする気力も体力もないので、座ってぼんやりと1時間待つつもりだったが、程なくして、エルの部屋にノックの音が響く。

 続いて、エルが返事をするよりも早く、ドアが遠慮がちに開かれた。

 急ぎの用事でもない限り、グラゼルがエルの了承を得る前に部屋に入って来ることなどない。

 よって、部屋に入って来たのは無論、妹のリアだった。

『兄貴、ちょっと良い?』

 何か話でもありそうな雰囲気を醸し出しつつ、リアは部屋の中に入って来た。

『どうした、リア?』

 俯いているようにも見える座った姿勢から、首だけをゆっくり持ち上げ、エルは正面に目を遣る。

 痛みを我慢している彼の表情は、事情を知らなければ不機嫌そうにも見えただろう。

『もしかして機嫌悪い?』

 と、思わずリアが聞いてしまったくらいだ。

『…否、そういう訳ではない。』

 エルは微動だにせずに答える。微動だにしないのは、動くと筋肉痛が痛いからだ。

 それだけ見れば、本当は機嫌が悪いのを隠しているのではないか、と疑念を挟む余地はありそうなものだ。

 だが、リアは別にそんな問答をしにわざわざエルの部屋にやって来た訳ではないので、突っ込まないことにした。

 勿論エルも突っ込まれるのを望んではいない。

 仮に不機嫌でも、取り敢えずは話を聞いてくれそうだと判断したリアは、室内の勉強机からキャスター付デスクチェアを転がしてきて、エルと向き合う形で座った。

 椅子の背もたれ部分が身体の正面に位置するようにして、背もたれにの上部に腕を組んで乗せている。

 本来の座り方とは逆向きなのだが、リアは敢えてそんな姿勢で座った。

 そうして自分の席を確保すると、早速リアは話を切り出す。

『えっとね、兄貴…茉莉姉ぇには、やっぱり会えそうにないの?』

 椅子が倒れない程度に背もたれに寄り掛かりながら言うリアは、正面は向いておらず、直接エルと視線を交わすことはしなかった。

 しかし、チラチラと横目でエルの様子は窺っている。

『茉莉は忙しいのだ…と昨日も言ったであろう?』

 夏川なつかわ 茉莉まつり…エルの初めての友人であり、リアが姉のように慕う人間であるが、ゴールデンウィーク中はアルバイトに勤しんでいるらしい。

 会えると言ってしまったら、恐らくリアは毎日でも茉莉に会いに行きたいと言い出すに違いない。

 茉莉の仕事の邪魔をしない為にも、簡単に会えるとは言い難いのだ。

『そ、そうだよね…。』

 昨日も同じことを言われていたので、今日聞いても同じ答えだとは分かっていたリアだが、あからさまにシュンとする。

 そんなリアの様子を見て、何か悪いことを言ってしまった気分になったエルの口からは、昨日は続かなかった言葉が発せられる。

『…まぁ、実を言うと、連休中に一度、会いに行こうとは思っておったのだ。お前も一緒に行くか?』

 エルの言葉を聞いたリアは、反射的に目を見開き、エルを正面から見据えると、

『ほ、ほんと…え!?っていうか、会う予定あるんじゃん!?何で嘘吐いたの!?』

 会う予定がない、と言っていたはずなのに、会いに行こうと思っている、という盛大な矛盾に気付いて、即座に憤慨する。

『我が一方的に会いに行こうと思っておるだけで、約束はしておらぬ。故に嘘ではない。』

 対してエルは冷静に、自分に非は無いのだと告げる。

 冷静な兄の態度を勘繰ったリアは、

『あ、分かった!前に私が茉莉姉ぇとのユーエンチでのデートを邪魔したから、今回は私にバレないように内緒にして、置いてけぼりにする気だったんだ!!』

 邪推にも程がある…が、リアがそう思うのも無理ないのかもしれない。

 実際、昨日の時点では、ゴールデンウィーク中に茉莉に会おうと思っていることは、エルの心中に留めていたのだから。

 何とか誤解を解かなければ…と頭で考える一方で、

『そもそも遊園地の時も、お前は誘ってもいないのに勝手に我の跡を尾行して、付いて来たのではないか。』

 と、思わず口から零れてしまう。

『や、やっぱり私に内緒でデートの約束してたんだ…!?』

 想像力逞しく暴走気味にショックを受けるリアだが、そうなったのはエルが余計なツッコミを入れた所為でもある。

 エルはうっかり零れた己の失言を反省したが、反省したからといって、事態が好転する訳ではない。

 何よりもリアの誤解を解くのが先決だ。

 誤解を解くには早ければ早い程良い。言葉をゆっくり吟味している時間は無いのだ。

 故にエルは、

『…連休中に茉莉に会いに行くのは、リアが人間界に来る前から決めておったのだ。本当は別の者を誘うつもりだったがな。リアが居るなら、リアを誘う方が茉莉も喜ぶだろうと思って、お前を連れて行くことにしたのだ。』

 正直に話すのが現状での最善だと判断し、言葉を放った。

『………じゃあ何で昨日は、そう言わなかったの?』

『お前が、茉莉に会えるなら毎日でも会いたい、と言い出すかもしれぬから、黙っておったのだ。』

 咎めるような口調で、ゴロゴロと椅子ごと詰め寄ってくるリアにも、エルは正直な考えを暴露する。

 そんなことを言ってしまえば、リアは当然のように、勝手な想像をされたことで憤る。

『いくら私でも毎日だなんて言わないんだけど!!』

 口を尖らせて反論しているのだが、何だか怒りを向けるべき箇所が違うような気がしなくもない。

 が、先程の反省を踏まえて、口にはしないことにした。

 その結果エルは、

『う、うむ…。我が悪かった。』

 単に謝る、という今回の話の落とし所を探り当てることに成功した。

 だが、それだけで決着とはいかない。

『悪いと思うんだったら、明日にでも茉莉姉ぇの所に連れてって欲しいなぁー。』

 強請ねだるような言い方をしながら、リアは無意識にだろうか笑顔を浮かべていた。

 普段のエルに向けるような人を食った笑顔でなく、リアが浮かべたのは年相応の純粋な笑顔に見えた。

 故意にではないにせよ、そんな顔を見せられてしまっては、妹の願いには応えてやりたい…と、エルは思う。

 しかしながら、それに応えることは、残念ながら今のエルには不可能なのであった。

 兄として自分の至らなさを痛感させられつつ、エルは非情な現実を、妹へと突き付けなければならない。

『明日は無理だ…というか、暫くの間、待ってくれぬか。』

『…はぁ?何で?』

 明日や明後日の話には出来そうもない…と、エルから言外に告げられると、途端にリアの笑顔は霧散したどころか、頬を膨らませて不満顔である。

『筋肉痛が落ち着いてからでなければ、我はまともに出歩けぬ…。』

『………馬・鹿・兄・貴!!』

 情けないことを大真面目に言うエルに、リアは呆れと失望で、癇癪を起こす。

 しかし、エルにしてみれば、それは理不尽な八つ当たりだと言わざるを得ない。

 故に、これに関してだけは自分の非を認めるつもりはないのである。

『お前が遊びに行きたいと言ったから、我は筋肉痛になったのだぞ!?それに、我は1ゲームで充分だと言うのに、もう1ゲームやらせたのはお前ではないか!!?…っ!』

 声を荒げたことで全身に訪れた痛みに耐えながら、エルは己の正当性とリアの過失を主張した。

『わ、私の所為だって言いたいの!?私は全然筋肉痛になんかなってないし、兄貴が軟弱すぎるだけじゃん!?』

『我が軟弱なのは否定せぬが、無理矢理やらせたお前に責任が無いとは言わせぬぞ!それに、別に責任を取って介抱しろと言うつもりはない!我が動けるようになるまで待てと言っておるだけだ!』

 今まで平謝り状態だったエルの突然の反逆に、動揺し責任転嫁しようとするリアは、しかしエルに正論を並べられて、一瞬言葉を詰まらせる。

『…じゃ、じゃあ…明日までに治してよ!!』

『無理を言うな!!?………ぐっ!』

 リアの苦し紛れの暴言に、エルは全力でツッコミを入れ、その所為で身体が悲鳴を上げてうずくまる。

 そんな痛々しいエルの姿を見て、リアは今更ながら、エルが全身の筋肉痛を我慢して話をしてくれていたんだと気付いた。

 少しばかり冷静さを取り戻したリアは、一転して心配そうに、目の前で身体を丸める兄に声を掛けた。

『…あ、兄貴?筋肉痛そんなに酷いの?』

『まぁ…右腕はあまり動かせぬし、中々厄介なものだな…。』

 エルは顔を上げる気力も沸かず、溜め息の籠った声を絞り出した。

 これ程の筋肉痛を未だかつて体感したこともなかったエルからすると、どのくらいの期間で治るかすら予想が付かず、トドメに八つ当たりまでされて、少々参ってしまったのだ。

『ご、ごめん、兄貴…。』

 リアは素直に非を認めて謝った。

『…謝らずとも良い。リアの言ったことも、間違ってはおらぬ。我が普段から運動をしておれば、多少痛むだけで、特に外出に支障はなかったかもしれぬのだからな…。』

 珍しく殊勝なリアを安心させるように、エルはゆっくり上体を起こし、なるべく優しく言葉を吐き出す。

『う、うん…まぁ…それは勿論そうなんだけど。』

 別にフォローして欲しかった訳ではないが、リアが一切否定しない様を見て、エルは何だか物悲しくなった。

 しかし、リアはその後に、『でも…』と言葉を続ける。

『兄貴が全然運動してないこと、私は知ってたんだから…無理に付き合わせたのは、やっぱり私が悪かったかな、って…。』

 実際ここまでエルの身体が貧弱だとは、思っていなかったということだ、リアは。

 憐れみの視線を受けて、エルが一層悲しい気持ちになったのは、この際置いておくことにする。

『…分かってくれたのなら、良い…。』

 それだけ言うと、エルは再び顔を伏せた。

 辛そうにしていても尚、優しい言葉を掛けてくれる兄の姿に、リアの心は何故だか、ざわついた。

 エルに無理をさせて、負担を強いてしまった反省もあって、リアは普段なら絶対にしない提案をするに至った。

『わ、分かった…じゃあさ、その…せ、責任取ってあげる!』

『…は?』

 エルは一瞬、リアが何を口走ったのか分からなかった。

 否、現在進行系で分からない。

『今日は、痛くて腕上がんないんでしょ?だ、だったら、お風呂で身体洗ってあげるって言ってるの!』

 顔を赤くして、リアは、ポカンとした様子のエルに、責任を取ると宣言した意味を説明した。

 流石に説明されれば、内容を理解出来ないエルではない。

 しかし、余りにもアレな内容だった為に、脳が理解を拒んだ。

『なっ、何をぐぅ!…何を言っておるのだお前!?』

 咄嗟に頭を持ち上げた所為で、痛みに顔を歪めて、ぐぅと鳴きながらも、リアに真意を問い質そうとした。

『だ、だからさぁ!腕が上がんないくらい酷くなったのは、私の所為なんでしょ!?だったら、責任取るって…!』

『い、否…!訳の分からぬことを言うでない!』

 リアにしてみれば、悪いことをしてしまったのだから、何か役に立てることをして罪滅ぼしのようなことをしたい…と思っての提案だったが、エルは気持ちを汲んではくれないし受け入れる様子もない。

 エルにしてみれば、リアの提案を受け入れてしまっては、避けられない問題が発生してしまう為、絶対に受け入れる訳にはいかない。

『兄貴に早く筋肉痛治して貰わないと茉莉姉ぇに会えないんでしょ!?だから今日のところは、これ以上兄貴に無理させるより、そのくらいは面倒見てあげようっていうだけだし!わ、私何か間違ったこと言ってる!?』

 自棄のような論調を展開するリアを、説得して丸く収めるというのは、今の満身創痍の様相を呈するエルには難易度が高すぎる。

 現状、最悪を考えればエルには言葉を選んでいる余裕が無く、

『おい、リア…早く茉莉に会いたい気持ちは分かるが…。』

 と、一旦台詞を区切ってから、

『ここの浴室は狭いであろう!?寛ぐことが出来なくなるのでは、一緒に入るのは逆効果にしかならぬ!』

 正直に、偽りない本心をぶつける以外の選択肢が取れなかった。

『………え?』

 瞬間、リアの思考は停止した。

 エルは昨夜、リアが寝ぼけて風呂場に入って来て、更には浴槽にまで入って来られた時の、窮屈さを忘れていなかった。

 膝を折り曲げ、足を伸ばせない状態でお湯に浸かることを強いられるのは、今のエルにとっては、ハッキリ言って拷問そのものだ。

 もしこれが妹から向けられる生涯に一度きりの厚意であったとしても、断る以外の選択肢は生じない。

 断らなければ余計な苦痛を背負い込むだけなのだから、良心の呵責などは考慮するまでもなく放り捨てて、お互いの為に拒絶を示す他なかったのである。

『…それにな、リア。我ならば、水を操る応用で泡を操って身体を洗うなど、造作もない。』

 才能の無駄遣いではあれど、エルにしてみれば、現状それが最も身体に負担を掛けない為の正しい道なのだ、と胸を張って言い切れる。

 とはいえ、正しいことが必ずしも正解にはならないのが、世の常でもある。

『ばっ………馬鹿兄ぃーっ!!』

 リアからすると、何だか物凄くしょうもない理由で折角の申し出を断られた、と感じたのが、唯一の顛末であったのだ。




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