7話目・その4
ボウリングは最終的に、第3ゲームまで続いた。
エルは2ゲーム終了と同時に、これ以上は本当に無理だと喚いてリタイアしたが、リアと朋希は3ゲームまで行い、ついでにエルの番には交互に投げても、まだ体力的な余裕がありそうだった。
そうして未だ元気の有り余っている様子の2人には辟易させられたものの、エルが帰宅を提案すると、2人はすんなり提案を受け入れた。
満足したのか、流石に飽き始めたのかは、エルの知るところではない。
それから、疲れ切ったエルを家まで送り届ける意味も込めて、エル達の人間界に於ける住居である高層マンション前まで、3人で一緒に歩いて戻る。
マンションの住人ではない朋希とは、必然的にマンションの前で別れることになる。
ボウリングをやっていた時間は意外と短く、時間にして大体2時間弱であり、移動時間を含めても2時間半以内に収まっていた。
帰宅には少し時間が早いから、と朋希は本屋で立ち読みでもしてから帰るらしい。
朋希は別れ際に、
「今日は楽しかったぜ!また遊ぼうな、リアちゃん!エルはもうちょい体力付けろよー!」
と、リアには将来的な再会を望み、エルには余計なお世話を焼いてから、走り去って行った。
それを複雑な顔で見送りながらエルは、本日のリアの朋希に対する態度を振り返る。
結論から言えば、リアは朋希と打ち解けられなかったのだ…と、エルは思う。
ボウリングを通して、それなりに仲良く遊んでいたようには見えていたし、それはきっと間違いではないだろう。
だが、やはりというか、リアの方からは、あまり朋希に話し掛けてはいないのだ。
エルが帰宅を提案しても、文句の一つも言わず従ったのも、打ち解けていない証拠なのだろう。
今も、朋希との別れを惜しむ様子は無い。
とはいえ、朋希がいなくなって清々した、という表情でもない訳で。
打ち解けるまでには至らなかったが、藤原 朋希という人間の印象は、それ程悪いものではなかったはずだ、と前向きに捉えることにした。
2時間半という、短い時間の中での交流としては、当然の結果かもしれなかった。
元々リアは警戒心が強く、誰かと仲良くなる為には、それ相応の時間が必要なのだ。
エルが仲介していたとはいえ、言葉の壁がある現状では、尚の事、時間が掛かるのだろう。
本来、住む世界の違う人間と魔人とでは、共通の話題が存在しない…というのも、もしかしたら足枷になっていたかもしれない。
そして、昨日の一件も、少なからず影響を与えたはずだ、と。
昨日の一件…というのは、リアにも対等な友達を作って欲しいという思いから、エルが朋希を紹介しようとして、リアを怒らせてしまった件に関してだ。
その所為で朋希への警戒が強まってしまったのか、或いは、その後のエルとの仲直りを経て、エルの希望を汲み、少しでも自分から朋希に話し掛けようとしてくれたのか、どちらに作用したかはエルには想像すら付かない。
後者は都合の良い解釈であるのも否めないが、結局分からないなりに、想像を巡らせることしか出来ない。
魔法でも使わない限り、他人の心を真に理解するのは不可能なのだ。
つまり人間には不可能である。
ただ、エル達───魔人は、人間が架空の存在だとする魔法を、実際に使うことが出来る。
彼らが人間界に於いて魔法を使わないのは、人間に魔法を見られてはいけない、という制約が存在するからだ。
だが、例えそんな制約が無くても、エルは妹の心を覗くような、無神経な真似はしない。
同様に、本人に直接問うこともしない。
聞いたらまた怒らせてしまいそうだ…という懸念もあるにせよ、決してヘタレている訳ではないのだ。…多分。
リアが朋希に対して、何かしらの肯否を示すまで、焦らずに見守り続けるべきなのだろう…と、エルは改めて思う。
長い目で見ることこそが肝要なのである。
とはいえ、1週間というリアの滞在期間は、あまりにも短すぎて、2人の関係の今後を見守る機会は、暫く訪れないかもしれないな…と、苦笑を漏らすエルだった。
隣で見ていたリアは、突然苦笑し始めたエルに怪訝そうな顔を向ける。
『…何?…っていうか、いつまでボーっと突っ立ってるつもり?』
『ん?…ああ、では戻るか。』
いつの間にか朋希の後ろ姿は見えなくなっていて、そうなるとマンション前に留まっている理由が無い。
マンション入り口に向かって方向転換した途端、リアは嬉々として悪態を吐き始める。
『ねぇ、そんなに疲れたの?どうせ普段から身体動かしてないんでしょ?魔法を取ったら兄貴はダメ過ぎだよねぇ?』
『仕方なかろう。魔界では身体を動かすより、本で知識を蓄える時間の方が長かったのだ。…というか、我はこれでも魔界に居た頃よりも動いておるのだぞ。』
リアの無遠慮な物言いに、エルは言い訳がましく言葉を連ねる。
ちなみに、人間界でも特に進んで身体を動かしている訳ではなく、魔法を使うことが出来ないが為に、動く必要に迫られて仕方なく動いている、というだけだ。
そういった事情が簡単に想像が付いたであろうリアは、歩きながら思いっ切り疑いの視線を向ける。
エルは目を合わせようとはせず、半ば無視する形で歩を進めた。
玄関ロビーを通り過ぎて、直通のエレベーターホールでエレベーターが降りてくるのを待つ間中、リアからのジトっとした視線は続いた。
エレベーターの入口扉が開き、無人のエレベーター内に乗り込むと、わざとらしく溜め息を吐いて見せてから、リアは切り出す。
『…兄貴は、もっとちゃんと体力付けるべきだと思うんだけど?』
『う、ううむ…考えておく。』
エルは、エレベーター内にある20と表示されているボタンを押しつつ、答える。
人間界で長期間生活するのだから、リアの言う通り、もう少し体力を付けなければいけない…と、エルも頭では分かっているのだが、素直に了解も出来なかった。
魔法と違って、運動は思い通りの結果が出かない為に、苦手意識も働いて渋ってしまったのだ。
尤も、エルの返事は、リアの耳に届いてはいなかった。
『またボーリング?にも連れてって欲しいし。その時は………と、朋希…も、一緒で良いからさ。』
とは、リアの中では一大決心であり、他のことに意識を向ける余裕がなかったのだ。
朋希の同伴を、リアが自分から許可したことに、エルは目を丸くする。
リアは直ぐ様、取り繕うように、
『あ、兄貴だけだと、全然相手にならないし、張り合いがないって言うかっ!おまけにさぁ途中で体力切れだし!』
などと供述していたが、素直に成り切れない妹の性格は、エルも熟知しているのだ。
とはいえ、言っていること自体は事実であるが故に、反論も出来ないエルは、
『そ、そうかもしれぬな…。』
と、曖昧に返すに留まった。
早とちりしてはいけないが、リアが朋希と仲良くなろうとする意思を示し始めたのだ…と、そう思えば、エルはリアの言い出したことを、断る訳にはいかなかった。
『では、また次の機会にでも、朋希を誘ってボウリングに行くとするか。』
優しい声で、エルは続けていた。
その言葉にリアは、目を輝かせる。
『ほんと!?いつ?明日?明後日?帰るまでにもう1回行ける!?』
『そんなに直ぐ体力が付く訳がなかろう!お前が次に人間界に来た時に、だ…!』
早口で捲し立てるリアの姿が微笑ましくもあるが、それより何より、軽い目眩を覚えるエルだった。
そんな話をしている内に、エレベーターは20階に到達したらしく、上昇が止まり、扉が開く。
『まぁ…今日は楽しく遊べたようで良かったな、リア。』
廊下に踏み出しながら、エルは微笑を浮かべ、妹を見る。
『うん!』
リアは満面の笑みで頷いた。
…と思ったら、次の瞬間には邪悪な笑みに変わり、
『兄貴に勝つのって、すっごい気分良かったからさぁ…また付き合ってくれるんだよね、兄貴ぃ?』
『こ、このッ…!』
碌に反論出来ずに悔しがるエルを見て、リアは実に愉しそうに笑うのだった。
マンションの自室に戻ったエルは、夕食の時刻まで睡眠を取って、身体を休めていた。
本人は軽く仮眠のつもりでいたのだが、疲れた身体は彼を深い眠りへと誘い、執事のグラゼル・アルエインに揺り起こされて、意識を覚醒させるに至った。
『随分お疲れのご様子でしたな、エル様。』
『ああ。少し運動をし過ぎたらしい…。』
エルの口から運動などという言葉が出るとは思いもしなかったグラゼルは、一瞬呆気に取られるが、
『左様でございますか。夕食のご用意は既に済んでおりますが、起きられますかな?』
気付かれない程度の表情の変化で軽い苦笑を漏らしてから、エルに起床を促す。
『問題ない。…っ!』
言いながらベッドから起き上がろうとしたエルは、しかし起き上がれず、右肩を押さえて苦痛の表情を見せた。
『大丈夫でございますか?』
『只の筋肉痛だ…。』
心配そうに覗き込むグラゼルに、エルは目線を逸らし、弱々しく呟く。
『それはいけませんな。エル様は普段から、もう少し運動をなされた方が良いと思いますぞ。』
『お前もそれを言うのか、グラゼル…。』
朋希とリアにも似たような台詞を吐かれて、本日3度目ともなれば、エルはいい加減うんざりした。
そんなことは露も知らないグラゼルは、曖昧な表情を浮かべるだけだ。
いくら有能な執事であろうとも、その場にいなければ誰に何を言われたかなど知らないのは当然なのだから、グラゼルに当たるのは筋違いか…と、エルは思い直す。
『…否、もう良い。直ぐに起きる。お前は先に行っておれ。』
『では、そのように。』
エルはグラゼルを部屋から下がらせると、少し待ってから魔法の言葉を発し始める。
ベッドから起き上がる為だけに魔法を使用し、空を飛ぶ要領で上半身を浮かせたのだ。
人間界では魔法を使わない、という制約を受けはしたが、正確には、人間に魔法を見られてはいけない、というのが理由である。
エルにとって、全身筋肉痛でベッドから起き上がれないというのは非常事態であり、そもそも自分の暮らすマンションの自室での出来事なので、人間に見られる心配も無い。
見られる心配が全く無い状況では、今回のように魔法を使うこともある。
何しろ魔界に於いては天才とまで謳われる魔法の才を持ち、魔界では手足を操るように魔法を生活の一部としていた彼には、魔法の使えない生活は、不便なことこの上ないのである。
グラゼルも魔人なので、別に追い払う必要はなかったが、こんなことに魔法を使う姿を見られては呆れられてしまう、と思った故に、席を外させたのだ。
尤も、魔人は魔法の気配を察知することが可能である為、グラゼルにはエルが魔法を使用したことは、即座にバレていたが。
そしてエルが自室で魔法を使うのは、稀によくあることなので、グラゼルも特に咎めたりはしなかった。
兎にも角にも、無事にベッドから起き上がれたので、エルは重い身体を引き摺るようにして、リビングへと向かった。




