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内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第4話「交流の魔王くん」
30/63

4話目・その5

 一度家に戻り、着替えてから待ち合わせ…のつもりだったが、朋希の「着替えるの面倒」の一言で、学校から直接エル宅へと向かうことになった。

「へぇ、結構良いマンションに住んでるんだな。」

 表通りに面した25階建ての高層建築を見上げ、朋希は圧倒された。

 エルも初めて人間界に降り立った際には、このマンションが魔王城よりも高いことを知覚し、人間の技術力に感服した記憶がある。

 3週間この場所で暮らしている内に、すっかり見慣れてしまったが、人間から見ても驚くべきものなのか、と認識を改めさせられることになった。

「中に入るぞ。」

 いつまで外観を見上げている朋希に声をかけたエルは、そのまま玄関口を通り、エレベーターホールへと歩き始めた。

 置いて行かれそうになり、朋希は慌ててエルの後を追った。

 エル達がエレベーターホールに付いた時、丁度誰かが1階に降りてきたところらしく、エレベーターの扉が開いた。

 そして中から、いつぞやの眼鏡の老婆が降りてきた。

「ん…?」

「おや。なんだ、いつかの坊やか。」

 エルと老婆は顔を見合わせると、互いのことを覚えていたらしく、声を漏らした。

「ああ、その節は世話になった。」

 あの時は礼も述べていなかった事を思い出し、エルは軽く頭を下げる。

「別に大したことはしとらんよ。と…そっちのも、どっかで見たことある気がするんだが、どこだったかねぇ…。」

 老婆は返しながら、朋希の方に視線を移した。

「あー、婆さん。店でよく見かけるな。」

「あぁ、そうかい、通りで見覚えがある訳だ。」

 朋希が“店”という単語を口にすると、老婆も思い当たったようで、反応を示した。

「知っておるのか?」

「んー、いや、知り合いって程じゃないんだが…。」

 エルは小声で朋希に問いかけるが、返事は何とも歯切れが悪い。

 そんな会話を交わす内に、エレベーターの扉は閉まり、上昇を始めてしまう。

「あぁ、邪魔して悪かったね。乗るだったろ?」

 自分が道を塞ぐ形になっていた所為で、エル達がエレベーターに乗る機会を逸してしまったことに気付くと、老婆は謝罪と共に道を譲った。

「別に急ぐ訳ではない。大丈夫だ。」

「そうそう。それに、立ち止まって話してたこっちも悪いんだし、婆さんのせいじゃないよ。」

 エルも朋希も、特に気にしていない。

「そうかい。気を遣わせちまって悪いね。それじゃ、あたしゃもう行くとするよ。」

「あ、もしかして今から店行くの?」

 また邪魔にならないように、と二人の横を迂回し立ち去ろうとする老婆を、朋希が引き止めた。

「それが何だい、何か用でもあるのかい?」

 引き止められる理由が分からず、不審そうに老婆が声を上げると、

「いやぁ、婆さんは毎日店に行ってんのかなって思って。」

 用と言う程でもなく、何となく気になっていただけなので、若干きまりが悪そうに朋希は答える。

 わざわざ引き止めてまで聞く内容ではなかったが、今更何もないとは言えないのである。

 そんな朋希の態度にも、気を悪くした様子はなく、

「流石に毎日ってこたないよ。そういうお前さんこそ、毎日通ってるんじゃないだろうねぇ。あんまり店に入り浸るんじゃあないよ。」

「入り浸ってんのは婆さんだって同じだろー。」

 老婆は口早に告げ、朋希は子供のような言い方をしながら口を尖らせる。

「あたしゃ良いんだよ。老い先短い婆の数少ない楽しみの一つなんだからね。」

 朋希の言動が、老婆の子や孫のそれと重なって見えたのだろう。

 怒る素振りも一切なく、老婆は懐かしむような、それでいて、どこか寂しげな表情を浮かべ、穏やかな口調で告げていた。

 そんなことには気付かない様子で、

「オレだっていつ死ぬかなんて分かんねーし!交通事故とかで今日にでも死ぬかもしれねーし!だからオレにも、いつ死んでも後悔しない日々を送る権利はある!」

 ムキになって、よく分からない自論を展開する朋希。

「はいはい、んじゃもう止めやしないよ。それじゃ、今度こそ行くでな。」

 朋希の物言いに呆れた老婆は、二人に背を向け、ゆったりと玄関口の方へ歩いて行った。

「おう、長生きしろよー婆さん!」

 と、朋希が老婆の背中に見送りの声をかけ、エル達はエレベーターの方に向き直った。

 先程上に昇ったのが既に降下を始めていて、数秒の後には1階へ還ってくる。

 中から降りてきた主婦と思われる女性と入れ替わりで乗り込み、エルが20の数字を押すと、エレベーターは休む間もなく再度上昇を始めた。

「猫カフェ…って知ってるか?」

 扉が閉まった後、朋希は唐突に、エルに質問をした。

「何だそれは?」

 聞き慣れない言葉だった為、エルは反射的に聞き返す。

「猫と触れ合える喫茶店、ってとこかな。オレとさっきの婆さんは、近くにある猫カフェの常連なんだ。」

「ほう、なるほどな。」

 猫とカフェとの関係性がいまいち謎だが、そういう物なんだろう、とエルは取り敢えずの納得をした。

 まさか老婆まで繋がるとは思っていなかったが、その猫カフェというのが、先ほど朋希らが話していた“店”であることも理解出来た。

「そこの店員さんにさぁー、すごい可愛い子がいてさぁー。」

「は?」

 老婆の話かと思ったら、朋希は突然別の女性の話題を始めていた。

「猫も勿論可愛いよ?でも、その子も可愛くて、どっちも見れて幸せって…あ、別に好きとかじゃなくて、なんか見てて癒されるっていうか、そんな感じなんだけどさ。」

「いや、それを我に話してどうしたいのだ?」

 饒舌に語る朋希を冷たい目で見やり、エルが逃れられない密室の中で願うのは、早く20階に着いてくれないものか…と只それだけ。

 色恋沙汰、またはそれに近しい話が面倒なのは、クラスメイトの神田の所為で、嫌と言うほど思い知らされている。

「エルも見たら絶対可愛いって思うから。まぁそれは今は置いといてだな、その子あんま平日シフト入ってないんだけど、実はその理由が近くの学生って話らしくて、オレらの学校に通ってるんじゃないかって思ってた訳よ。」

 朋希はエルの反応を意に介さないまま語り続ける。

「あれほど可愛ければ噂になってなきゃおかしいんだけど、うちの学校で噂になってる女子に、それっぽい子っていないんだよな。それで気になったから、ここら一帯の学校の情報も集めてみたんだけど、どこにもいないんだよ。」

 話半分で聞き流そうと思っていたエルだが、流石に今の朋希の発言には突っ込まざるを得ない、人として。

「それは…俗に言うストーカーというやつではないのか…?」

 自らの犯罪性に気付いていないようなので、エルは非難の眼差しと共に言葉を絞り出す。

「違う違う、オレは純粋にあの子が何者か知りたいだけなんだって!言わば好奇心、やましい気持ちなんて全くない!でもやっぱりほんとは遠くから来てるのか、何なのかなーって、すっげー気になるんだよなー。」

 エルの指摘は聞き入れられない。朋希は完全に開き直っていた。

 人選を誤ったかもしれない…と、今更ながらにエルは後悔する。

 神田と同じレベルか、それより酷いぞ、これは。

 今後の距離感を、じっくり考える必要がありそうか。

 よもや、そのストーカー行為に手を貸せなどとは言い出さないだろうな?

 可能性は否定出来ない。

 これからのことを思うと、エルの不安は増すばかりだ。

 だから、20階に到達し、扉が開いた瞬間、逃げるようにしてエルは外に飛び出した。

「折角これからその店員さんの可愛さを余すこと無く語ってやろうと思ったのに、もう付いちまったのか。」

 追って朋希がつまらなそうに扉から出てくる。

 今ならまだ引き返せる。

 学校内で絡まれるだけならまだしも、家を教えてしまったら取り返しが付かない。

 このまま朋希を家に連れて行くか、否か…エルは最後の決断を迫られる。

 事は重大だが、意外にもすんなりと、結論は出た。

 マンションの場所、住んでいる階まで知られてしまった以上、朋希なら自力で調べることも出来そうだ…ということを加味すると、エレベーターに乗り20階のボタンを押した瞬間から、逃れ得ない状況だったと言える。

「…付いて来い。」

 諦めの境地に達したエルは朋希を促すと、数メートルの距離を歩き、自室の扉の前に立つ。

「よーし、んじゃ、携帯のことはオレに任せとけば良いからな。」

 朋希はグッと親指を立てた拳をエルに示し、意気揚々と言い放つ。

「余計なことは言うでないぞ。質問されるかもしれぬが、適当に当たり障りなく合わせるだけで良いのだからな。」

 エルは余計不安になり、強く念を押すが、

「はいよ、分かった分かった。」

 と、朋希は全く分かってないであろう返事をする。

 言っても無駄か…と、溜め息を吐きながら、エルはカードキーで電子ロックを解除し、玄関の扉を開けた。

 そのまま朋希を招き入れ、リビングへ通すと、

「お帰りなさいませ、エル様。と、そちらはご友人ですかな?私はグラゼルと申します、以後お見知りおき下さいませ。」

 グラゼルが恭しく二人を出迎えた。

「エル様?」

 と、声を上げたのは朋希だ。

 祖父と孫くらい年が離れているエルのことを“様付け”なのだから、朋希が疑問に思うのも尤もである。

「う、む…まぁ保護者のようなものだ。」

 以前、執事がいるということは言わない方が良い、と茉莉に忠告された事を思い出し、エルはグラゼルのことをどう説明して良いものかと言葉を濁す。

「えぇ、私はエル様の執事でございます。」

 ただ、エルの葛藤を汲むことなく、グラゼルの口からは、はっきりとその正体が告げられたが。

 変に隠すよりも、朋希も納得は出来たようで、

「執事…はぁ…執事さんね。あ、オレは藤原 朋希っす。お邪魔してます。」

 多少驚きながらも頷くと、冷静に名を名乗った。

「どうぞごゆっくりお寛ぎ下さいませ。今お茶をお持ち致します。」

 グラゼルは軽く頭を垂れ、お茶を用意する為にキッチンへ下がって行った。

「まぁ、これでグラゼルにも我に友達がいることが分かっただろう。」

「え、そうなの?オレは全然そう思わないけど。」

 安堵したように息を漏らすエルに、朋希は不思議そうに言う。

 ならば、もう少し様子を見てみるか…と、エルはソファーに掛けた。

 倣うように朋希もエルの隣に腰を下ろした瞬間、グラゼルが紅茶の注がれたティーカップを両手に戻って来た。

「不躾な質問ですが朋希殿、エル様とは、いつ頃からお友達になられたのでしょうか?」

 二人の前のテーブルに、それぞれカップを置くと、グラゼルはそんな質問をする。

「友達になったのは今日だ。」

 何でもないことのように朋希はさらりと答えた。

「お、おい…。」

「何だ?嘘吐いても仕方ないだろ?」

 当たり障りないように、と言っておいたにも関わらず、いきなり問題発言をし始めたので、流石にエルは動揺する。

 それでも、朋希は全く意に介さない。

 この微妙な遣り取りを見て、グラゼルは深く溜め息を吐くと、

「…エル様、いくら携帯が欲しいからといって、嘘のお友達を連れてくるというのは、如何なものかと思いますぞ…。」

 と、主の不正を悲観する。

 エルは慌てて否定しようとしたが、先に朋希が口を挟んだ。

「ちょっと待ってよ執事さん。確かに友達になったのは今日だけど、オレはちゃんとエルの友達だぜ。」

「左様でございますか。失礼致しました。」

 心中では疑いを持ちながらも、主人の友人を立てる意味で、グラゼルは朋希の言い分を受け入れ謝罪を述べるが、

「…ですが、私が見る限りでは、あまり…ご友人同士のようには見えなかったもので。」

 続け様に、しっかりと自分の意見は主張していた。

「はぁ。何でそう思ったんすか?」

 曖昧な相槌の後、朋希はグラゼルに理由を要求する。

「エル様の態度に、何かやましいことがあるのではないか…と感じた為でございます。」

 グラゼルがそう言うと、

「あ、なるほど。じゃあエルが悪いな。お前がもっと堂々としてねーから、疑われんだよ。」

 と、朋希は態度を一変させ、エルを批判する。

「そ、そうか、すまぬ。」

 元を正せば朋希の問題発言の所為だったが、今はそのことは置いておいて、エルは兎に角、不自然にならないよう振る舞う。

 しかし、エルのことをよく知っているグラゼルから見れば、今のエルは明らかに普段通りでないことが分かる。

「やはり何かやましいことがあるのではございませんか、エル様?」

「いや…べ、別に嘘を言っておる訳ではない。」

 グラゼルの問いかけに対し、答えるエルの目は明後日の方向を見る。

 それは内心、朋希を友人と呼ぶことに、少なからず抵抗があるからだ。

 原因は、エレベーター内での朋希の話。

 あれがなければ、何ら問題なく接することが出来ていたはずなのだ。

 今のエルには、朋希のことを友達と言い続けられる自信が無い。

「おい、エル、いい加減にしろよ!折角協力してやってんのに、何だよその態度は!」

 エルの態度に怒りを露にしたのは朋希だった。

「協力…ということはやはり、携帯電話欲しさに、朋希殿に友達の振りをお願いした…ということで、間違いありませんな?」

 全て察したグラゼルは、今度こそ、はっきりとエルに非難の眼差しを向ける。

「それは…───」

 エルが肯定を告げようとした時、

「だから執事さんよ、オレがエルの友達なのは嘘じゃないって言ったろ!」

 と、朋希がまたしても横槍を入れる。

 それを聞いたエルもグラゼルも、何故こうも朋希が場を混乱させるような言葉を吐くのか、理解が及ばない。

「では、どういう事情なのか説明して頂けますでしょうか?」

 訳が分からない、と明確に言葉にはしないものの、グラゼルは朋希の真意を図り兼ねている。

「説明も何も、携帯ぐらい欲しいって思うのは普通じゃねーか。そんなに悪いことか?」

 朋希は強い口調で、質問に質問を返す。

「いいえ、悪いと言っている訳ではありません。ただ、エル様の場合、携帯電話を持っても連絡を取られる友人は一人しかおりません。一人の友人を大切にするあまり、エル様が他の人間関係を放棄し、友達を作る機会を失くすような真似はさせたくないのでございます。ですので、その友人と連絡を取る為だけに携帯を欲しがるのであれば、私としては容認出来ない、と考えております。」

 グラゼルは、極々丁寧に自分の考えを述べていく。

 それを受けて朋希は、難しい顔をしながら、呆れ半分に軽く息を吐く。

 先程からの食い違いの理由が、ようやく分かったのだ。

「執事さんよ、あんた今の世の中のこと何も分かっちゃいねーのな。」

「…と、仰られますと?」

 グラゼルは意図が掴めずに聞き返す。

「そもそも携帯なんて今時の高校生なら、いや、中学生だって持ってて当たり前。持ってない方がおかしいんだ、欲しがるのなんて当然だよ。っていうか、携帯があるから友達を作れると言っても過言じゃない。使う使わないは別としても、携帯はもはや生活必需品の一つなんだ。あんたがエルに携帯持たせないのは勝手だが、それは携帯がないことによって友達が出来る機会を奪ってるってことにもなるんだぜ。」

 携帯電話に対する認識。それが、エルとグラゼル、そして朋希とでは、明らかな差異が在る。

 携帯が無いなら無いでも構わないと思う者と、携帯がなくてはならないと思う者。

 言うまでもなく、圧倒的に後者の方が多い為、携帯を持つのは当然で、親は子に携帯を持たせるのが当然、という風潮が現在では一般的となっている。

 その認識を、どうやらエルとグラゼルは持ち合わせていない…と、朋希は気付いたのだ。

 グラゼルは途中で口を挟むことなく、朋希の言葉を聞いていたが、話が終わると、

「………なるほど、朋希殿の仰られる事はよく分かりました。ですが…───」

「まぁ、他に友達が出来りゃ、携帯は買うって約束だったんだよな。オレは友達だから問題はないぜ。買ってやってくれ。」

 と、続けようとするグラゼルを遮り、朋希が言葉を引き継いでいた。

「朋希殿は私の事を頑固者だと仰られるかもしれませんが、私はエル様に、他に友人を一人でも作れば携帯電話を買う事を約束致しました。約束を違える訳にはいきません。」

 現在の携帯に対する認識も理解はしたものの、あくまで自分の意見は曲げないグラゼルに、

「うん、頭固いよ、執事さんは。エルに協力を頼まれたのは本当だけどさ、オレはエルと友達になるのも面白そうだと思ったから友達になった。今ここに居るのも自分の意思で、なんだ。」

 朋希は、はっきりと自己の主張を以って、真摯に応対した。

「はい。朋希殿に関しましては、エル様のことを友人だと思って頂けているのは分かります故、問題は無いと判断致しております。エル様が朋希殿のことを、本当に友人だと思っておられるのか、そちらの方を疑問に感じております。」

 問題はエルにある。執事グラゼルは、言葉を濁すことなく告げた。

「我は…。」

 じっと2人の会話を聞いていたエルは、言い淀む。

 朋希には、その場の勢いで友達になれと言った。

 友達になりたいと思ったから、ではない。

 朋希から、自分の黒歴史が有名になっていると知らされ、見つけることを諦めた為、朋希を友人にすることで妥協してしまった。

 元々は、友と呼べそうな、友で在りたいと思えそうな者を探していたはずなのに、だ。

 だから、エルの心には最初から、朋希を友と呼ぶことに対する迷いがあった。

 これでは、心から友と呼ぶには程遠い。

 多分、相手を知らな過ぎたのだ。

 エルは朋希のことを、名前以外何も知らなかった。

 茉莉とはあまり互いを知らないながらも、友として接することが出来ていた為、相手を然程知らない仲でも友にはなれる、と思ったのは、エルの勝手な幻想だ。

 思い返してみれば、茉莉を心から友人と思うようになったのは、恐らく秘密を共有してからだった。

 友達になるということは、つまり、相手を知るということ…それを今、エルは痛感した。

 相手を知らない状態では、誰であろうと、友と言い切れる自信など無くて当然だ。

 だが、エルは少なくとも知り得ている。

 朋希が、エルに携帯を持たせようとグラゼルを説得するのを目の当たりにしている。

 何も知らない訳ではない。

 エレベーター内で唐突にストーカー紛いの行動を暴露したことも知っている。

 その話の真意は、朋希が少しでも自分の趣味を知って貰おうとした結果、なのかもしれない。

 趣味とはストーカーではない。それに至った経緯の方を指す。

 つまり、猫カフェに通うという日常の一部になっている趣味を、エルに教えただけなのだろう。

 朋希は自らを語っていた。言うなれば、友達になる為の努力をしていた。

 対して、エルは怠った。にも関わらず、ちゃんと朋希が友達として振る舞えるか、などと見当違いも甚だしい心配をしていた自分が恥ずかしくなる。

 相手を友達として扱っていないのは、エルの方だったのだ。

 今すぐにでも非礼を詫びたい。そして、改めて朋希と友達になりたい。

 エルの現在の素直な感想が、それだった。

 そう感じたのは、朋希の人間性を理解するに連れ、エルの中では、朋希に対する認識が変わり始めていたからだ。

 藤原 朋希という人間は、不器用だが根は友達思いの良い奴なのだ…と、この時、エルは初めて朋希のことを、友達になりたい人間だ、と思えたのだ。

 自分の中で答えが出たエルは、一度息を吸って吐き出すと、

「朋希…すまなかった。出来れば我と、今後も友で居て欲しい。」

 一つ一つを噛みしめるように、誠実に思いを伝えた。

 そんなエルの言動を見てしまえば、グラゼルから不満など出ようはずもない。

 だが、朋希は違った。

「何なんだよ!別にお前が頼りないからって友達辞めたりなんかしねーよ!それに最初からそうやって、シャンとしてりゃ何も問題なかったろ!ったく、お陰でオレは言わなくて良いことまで散々言わなきゃならなかったじゃねーか!まじ面倒な野郎だな、エルは!!」

 と、容赦なくエルに不満をぶつける。

「すまぬ…だが我はこういう性分なのだ。友達を辞めたければいつでも辞めてくれて構わぬ。」

「馬鹿野郎!辞めねーっつってんだろ!」

 反省し言葉を紡ぐエルに、朋希は本気で突っかかる。

 それから朋希は温くなってしまった紅茶を一気に飲み干すと、

「それじゃ執事さん、早くエルに携帯買ってやってくれよな。オレもこいつが携帯持ってないと、連絡出来なくて困るからさ。」

 先刻まで相対していたのが嘘のように、グラゼルに友好的に微笑みかける。

「はい。かしこまりました。そのように致します。」

 グラゼルも朋希の変わり身の早さに、少し呆気に取られたようだったが、殆ど態度に出すことなく了承した。

 それを聞いて安心した朋希は、自分の仕事は終わった、とばかりにソファから立ち上がろうとして、

「あ、そうだエル。」

 思い出したようにエルに声をかけると、すぐに鞄からペンとメモ帳を取り出し、すらすらと何か書き込んでからページを破った後、エルに差し出した。

「ん?」

 エルは朋希の意図を掴めず、疑問で応じる。

「これオレの携帯の番号とアドレスだから、携帯買ったら電話かメールしろよな。」

 朋希はそう言うと立ち上がり、

「それじゃ、やることもやったしオレは帰るぜ。またな。」

「ああ、うむ。ではな…連絡もする。」

 と、別れの挨拶を交わし、リビングを出て行った。

 見送りの為、グラゼルも玄関まで同行する。

 改めて謝罪しなければな…と、一人リビングに残ったエルは考え、朋希が渡したメモに視線を落とす。

 そして思わず呟く。

「案外、可愛らしい所があるのだな。」

 と、自然と顔がほころんだ。

 朋希をまた一つ知れた気がしたのだ。

 デフォルメされた猫が、四隅にちょこんとプリントされたそれを、エルは失くさないよう生徒手帳へと挟んだ。




 エルのマンションから帰宅した朋希は、着替えを済ませると、今日も行きつけの“店”へと足を向けた。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

 入り口のドアを潜ると、見慣れた猫耳黒髪ロングヘアーのウェイトレスが出迎える。

「うん、いつも通りね。」

「ではこちらへどうぞ。お一人様ご案内しまーす!」

 冗談めかしく答える朋希にも、ウェイトレスはマニュアル通りに笑顔で応対し、来客を他のスタッフに呼びかける。

 それを受けて、

「「「いらっしゃいませ。」」」

 すぐに店内のウェイトレス達から、お客様を迎える挨拶が返ってくる。

 案内された席に座ると、朋希はついでに注文を済ませた。

 この店で夕食を摂るのも実はよくあることなのだ。

 料理が運ばれて来るまでの間、朋希は透明の防音ガラスで仕切られた部屋の中を眺める。

 その部屋の中では、他の客と遊んだり、寝たり、じゃれあったりする、気ままな猫達の姿がある。

 猫を眺めることで、朋希の一日の疲れは癒されていく。

 そしてもう一つ、この店において朋希を癒してくれる存在が、料理を持ってやって来た。

「お、お待たせしました。ミートソースのスパゲッティになります。」

 “まーちゃん”と書かれたネームプレートを付けたウェイトレスは、笑顔で朋希の座る席に、スパゲッティの皿を差し出した。

「ありがと。昨日もだけど、平日に居るのは珍しくない?」

 朋希は気さくに話しかける。

「え、っと…急病で来れなくなってしまった子の代わりで…。あ、いつもご利用ありがとうございます。」

 畏まった様子で、“まーちゃん”は苦笑を漏らす。

 顔を何となくで覚えている程度の常連客に、突然変な質問をされれば、困惑するのも当然だろう。

「あー、変なこと聞いて悪かったよ。じゃ、お仕事頑張って。」

「あ…は、はい。…いえ!ありがとうございます…!失礼します…!」

 多少テンパリ気味の“まーちゃん”が店の奥に引っ込むと、朋希は料理に手を付け始めた。

 やっぱり可愛いなぁ…と、ミートスパを口に運びながら、自然と顔がニヤけてしまう朋希だった。

 そうして朋希が猫カフェで癒しを堪能する一方、早速エルはグラゼルの付き添いの元、携帯ショップへやって来ていた。

 新規契約で、様々ある料金プランの中から、インターネットも定額利用可能なプランを選ぶ。

 昔からある携帯電話…所謂ガラケーと呼ばれるものは、グラゼルも知っていたが、現在ではスマフォと呼ばれる物が主流らしく、操作も難しくないということで、勧められるまま購入した。

 それから手続きや何やらで少し待たされはしたものの、意外とすんなり携帯を入手することが出来た。

 家に帰り着くと、先ずエルは付属の取扱説明書を読み始めた。

 流石に始めて扱う物には、慎重にならざるを得ない。

 携帯ショップに行った為に少し遅くなった夕食の後、更にお風呂の後も説明書を読み耽り、気付けば0時を回っていた。

 そういえば携帯を買ったら電話かメールをしろと、朋希に言われていたのを思い出し、時間は遅いが報告も兼ねて電話をかけることにする。

 制服の胸ポケットから生徒手帳を取り出し、挟んであるメモ用紙を広げ、慎重に番号を確かめながら打ち込んだ。

 二度三度、携帯とメモを見比べ、間違い探しをしてからようやく発信。

 数回のコール音の後、朋希は電話に出た。

「朋希、報告が遅くなってすまぬ。無事にケータイは入手したのだが、取扱説明書に一通り目を通しておった故、時間がかかってしまった。」

「………そりゃ良かったな。でもなぁ…こんな時間に電話かけてくんじゃねーよ馬鹿野郎!!」

 耳元で朋希の怒声の直後、ツーツー、と電子音が流れ、

「ううむ…やはり時間が遅すぎたか…。」

 エルは深く反省した。




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