4話目・その4
放課後の1-D教室は、妙に静かである。
真っ直ぐ帰宅する者は昇降口へ、部活を行う者は部室へ。
そうして無人となった教室では、普段の騒々しさが仮初である事を知らしめるように、静寂のみが支配する空間となる。
だからこそ、話し合いをするには、うってつけの場所と言える。
両者は向かい合う形で前後の席に腰を落ち着けると、
「自己紹介がまだだったな。オレは1-Aの藤原 朋希。気軽に朋希って呼んでくれ。」
「我はエル・ヘッシェルヴェン・ロアキーヌ・ド・サタン。エルで良い。」
互いに自分の名を、目の前の相手に告げた。
「で、友達になれって、何で?あの流れからじゃ明らかにおかしいんだけど。」
名前だけの自己紹介を終えると、すぐに朋希は疑問に感じていた部分を口にした。
エルもすぐに本題に入ってくれるのは有り難かったので、そのまま話を進めることにする。
「それなのだがな…正直に言うが、我が部活を探しておったのは友達を作る為だ。」
「まぁそういう奴もいるわな。っていうか、やっぱりお前友達いないんだな。」
真面目に話すエルとは対照的に、おちょくっている様にも思える台詞を発する朋希。
「その言葉、そのままそっくり返してやろう。」
言いながら、エルは軽く睨みつける。
「そ、そんな怒るなよ…まぁでも、そりゃ言われても仕方ないか。オレもこっちには友達いないしな。」
朋希は睨まれて縮こまる。
故意ではないにせよ、つい先程も怒らせてしまったばかりだ。
これ以上何か気に触ることを言って、同好会に入ってくれなくなったらまずい、と思う朋希は、必死に取り繕おうと続けて口を開く。
「ま、まぁ、あれだ!友達いない同士仲良くやろうぜ!」
しかし、全く取り繕えてはいない。
エルは呆れと不安で溜め息を吐く。
朋希に友達がいないと断定したのは、何も売り言葉に買い言葉という訳ではない。
友達がいたなら、そもそも同好会に自分を勧誘する必要はなかった…と分析した故だ。
同じように朋希も、エルに友達がいれば、わざわざ友達作りの為に部活を探したりはしないはずだ…と判断したのだろうが、それは的確であるものの、正解ではない。
友達がいないと思われるのも癪なので、エルは訂正しておくことにした。
「いない訳ではない…ただ、もう一人必要なのだ。」
その発言が迂闊だったと気付いたのは、言い終わってからのことだったが。
何故なら、同好会の設立には3名必要で、
「お?いるの?部活入ってる?」
と、こうして朋希が食い付くのも、すぐに予想が出来たからだ。
「…紹介はせぬぞ。」
茉莉まで巻き込む訳にはいかないので、エルは早々に釘を刺す。
しかし、あまり効果はなく、朋希は更に質問を続ける。
「もしかして彼女?」
「…い、いや…そうではない…。」
彼女と言ってしまえば、茉莉が男子の制服を着ているのはおかしいことになるので、この場合の返しとしては否定で問題ない。
ただ、学校で茉莉との関係を問われる事態を想定していなかった為に、自信なさ気になってしまっていた。
その言い方が、彼女だということを隠している風に取られてしまったようで、
「隠すなって、別に取りゃしないから、安心しなって。」
朋希から含みのある笑みを向けられる。
そんな風にニヤつく朋希を無言で睨んだが、どうやら今度は怯まない。
「恥ずかしがるなって。っていうか、彼女なら是非誘ってみて欲しい。その方がお前たちにもメリットがあるからな。」
「そんなものはない。」
エルはぶっきらぼうに返す。
秘密を知られる危険性と天秤にかけるほどのメリットなど存在しない。
と、思っていたのだが、
「いや、まぁ聞けって。同好会でも部室は貰えるんだ。部室は好きに使ってくれて構わない。彼女と二人っきりでいちゃいちゃも出来る。美味しい話だろ?」
案外、エルとしては心惹かれる提案だった。
話題を逸らそうとしている風ではないし、どちらかというと話題の延長という感じで、朋希の言うメリットというのは真実だと受け取れる。
朋希も実際、先刻のお詫びの意味も込めて話している。
「うーむ…。」
お昼を茉莉と一緒に過ごせる場所は、前々から欲しいと思っていた。というか、それが実現すれば携帯などいらないのではないか、とさえ考えてしまう。
「彼女にも声かけてみ?絶対オッケーするから。」
椅子から身を乗り出すようにして、エルにぐいぐい迫りながら朋希は尚も続ける。
「オレはあんま使わないから安心しろって。使うときは予め連絡入れるよ。だから、な?」
「…まぁ、聞くだけなら…。」
エルは殆ど押し切られる形で承諾してしまう。
まるで押し売りにでも遭っている心境だった。
「あ、そうだ、携帯の番号とメアド、教えといてくれよ。連絡用に。」
要らない、と思った次の瞬間、要らなくなったはずの物が必要性を持つ。
世の中はきっと、そういう風に出来ているのだろう。
と、エルがよく分からない達観をした後、
「…悪いが、ケータイは持っておらぬ。」
「………………はぁ!?携帯持ってねーの!?」
数秒の間を置いて、朋希は驚声を響かせた。
「…うむ。」
朋希の驚き様があまりに尋常ではなかった為、そんなに驚くことなのか…と不思議に思いつつも、エルは冷静に頷いた。
「今すぐ買って貰えって!」
間髪入れずに朋希は声を上げる。
「いや、もう必要はないと思ったのだが…。」
茉莉との連絡手段が確立出来るなら、携帯電話は無くても良い。
その場合は朋希との連絡取れない。それでは困る、というなら当初の予定通り、朋希を家に連れて行く必要があるだろう。
と、その程度にしか思っていなかったエルだが、エルの感じる必要性と朋希の感じる必要性は、明らかに別種のものだった。
「必要だよ馬鹿野郎!今時携帯持ってない奴なんて、世間じゃ頑固者のじいさんばあさんくらいだぜ!はっきり言うが、携帯持ってない奴なんて天然記念物の絶滅危惧種みたいなもんだ!今の世の中じゃ生きていけねーよ!!」
「そ、そうなのか…。」
「そうだよ!」
声を荒らげ捲し立てる朋希に、エルは完全に気圧されていた。
朋希の言説は大袈裟だが、携帯電話に関しての知識が皆無なエルには、言われるまま鵜呑みにする以外ない。
そうして自分の無知を悟ったエルの中では、見識を備えた朋希を味方に付けられれば頼もしいのではないか、という見解が生まれる。
予め協力を取り付けるのも、悪くない発想だ、と。
考えてみれば、いざグラゼルと対面させた時、事情を教えていなければボロが出る可能性もある。
つまり、事情を伏せておくのはデメリットである、と、
「うむ…では、協力してくれるか?」
エルは現状を語ろうと決め、協力を仰ぐ。
「協力?オレが付いてっても携帯は買ってやれないけど?」
無断で携帯を購入するのは不可能。例え可能でも流石に問題があるだろう、と朋希は釘を刺したつもりだ。
それは勿論、茉莉から聞き及んでいる為、エルも理解している。
「友達を家に連れて行けば、ケータイを買って貰えることになっておるのだ。」
「なるほど、それで友達探し、って訳か。そういうことなら勿論、協力するぜ!」
と、続けたエルの台詞により、全てを納得したように、朋希は大きく頷き、
「んじゃ、善は急げだ。今からエルの家に行くとするか!」
瞬時に立ち上がる。
「今からだと!?何か作戦を練った方が良いのではないか!?」
まさか話した直後に行動に移すとは思ってもみなかったエルの方が驚いてしまう。
「大丈夫大丈夫、オレに任せときなって!大船に乗ったつもりでな!」
「そうか…で、ではお願いする…。」
自信満々に言い切る朋希の姿に一抹の不安を覚えながらも、エルは朋希を自宅に連れて行くことを了承するのだった。




