4話目・その3
結論を言ってしまうと、エルの部活選びは難航した。
初っ端に足を運んだ吹奏楽部では先ず、部員が殆ど女生徒だった事に驚いた。
エルは別に女子が苦手な訳ではない。
性別によって対応を変えるつもりはないし、男女では友達になれない、などと考える訳でもないが、クラスの女子を見ていると、男子と気軽に話をする者は少数なのだ。
つまり、男女間で友達と呼べる仲になるまでは、恐らく短くない時間を要することになる。
また、女性ばかりで友達を作るのには不向きだ、という事態を無視したとしても、エルには吹奏楽を続けられる自信はなかった。
楽器を吹く、という行為は、見た目以上に体力を消耗する。
本来見学者に体験させることは滅多にないが、物珍しさから興味を持ち、エルの方からやってみたいと申し出た。
エルは男ということもあり、勧められたのは重い楽器の典型ともいうべき、テューバ。
吹奏楽部内で不人気なようで、テューバを扱う者は他に一人だけ。
その一人は男子生徒だったが、一見して大人しそうな雰囲気にイメージ通りの寡黙な性格のようで、すぐに打ち解けられそうにない、と直感した。
また、それを差し置いても、楽器を吹いた経験などないエルにとって、音を出すこと自体が至難である。
肺活量が足りないのではない。勿論、それも多少は影響するだろうが、単純に音を鳴らす術を実現出来ないのだ。
テューバのような金管楽器に属する楽器には、マウスピースと呼ばれる唄口が付いており、そのマウスピースに息を吹き込むことで音を鳴らすが、吹き方を知らなければ、音が出ない。
唇を震わせて音を出す…とは教えられたものの、どのように実行すれば良いのか、エルにはさっぱり分からない。
見学者に合わせてあまり長く練習を中断する訳にもいかなかったようで、エルは吹奏楽部の演奏の最中、マウスピースのみを借りて音を出す努力した。
結局、三十分が経とうと音は鳴ることなく、腹筋も限界を迎えた為、結局逃げるように見学を終えた。
だが、それでめげるエルではない。
他にも部活は幾らでもある。最初で躓いたとしても、想定の範囲内。
諦めるのは、全ての部活を見回ってからでも遅くはない。
エルは決意を新たに、次は美術部の見学に向かった。
が、美術部もまた、エルが続けられそうな部活動ではなかった。
美術部も吹奏楽部と同様、部員数の殆どは女子生徒が占めている。
その日の活動は、人物を形どった石像の周囲をぐるっと囲んで、キャンバスに模写するものだった。
部員達が真剣に石像に向かう姿に、エルは少なからず恐怖を覚えた。
場の空気は緊張感を与え、鉛筆の擦れる音以外の音の存在を許さない。
良く言えば厳かであり、悪く言えば宗教じみている。
普段使われていないであろうガタの来ている丸椅子に座らされたエルは、もし何か大きい物音を立て、彼女達の集中を乱したら、殺されてしまうのではないか…と、そんな被害妄想に取り憑かれてしまうほど、この空間は異常だった。
一区切りが付き、心身の圧迫から開放された瞬間、エルは、またしても逃亡者さながらに部室を出て行った。
これらの経験から学んだのは、人数が多すぎる部活には女子が多い、ということだ。
男子は体育系の部に入る人数が割合多く、逆に文化系の大半は女子によって占められている、と考えて良い。
その事実を認識したエルは、今度は少し人数の少ない部へと足を向けることにした。
本日三度目の見学場所は、天文部だ。
人数の少ない部を選んだとはいえ、天文部は人数が少な過ぎた。
というより、掲示板の募集用紙に書かれていた部員数の、半分以下しか見当たらない。
天文部の雰囲気が別段悪いとは感じなかったが、単に幽霊部員が多いということだ。
このままでは同好会に格下げされてしまいそうだ…と漏らしていたのは、部長らしき人物である。
近い内に同好会になってしまっては、更に人数が減る可能性がある。
他に良い部活が見つからないようであれば、同好会として改めて吟味しよう、と決め、エルは軽く活動内容の説明を受けると部室を離れた。
その日は、それで時間切れだ。
部活見学2日目も、あまり進展はなかった。
変化があったとすれば、上級生に対する認識だ。
どの部活動でも、皆当然のように、下級生は上級生に気を遣う。
エルは外国人扱いということもあり、敬語を強制されたりはしなかったが、見学した部活のどこかで、上級生には敬語を使うのが普通だ、とは言われた記憶がある。
年齢が1つ2つ違うという些細な事であるのに、人間社会ではそれが普通らしい。
エルにしてみれば到底理解出来ない、面倒な社会形成である。
だがそれが学校における、もっと言うと人間界におけるルールなのだということは分かった。
敬われる側の上級生も、下級生が自分を敬うのは当然だ、と思っている者が比較的多いようだ。
その点を踏まえると、上級生と友達なるには、相応の時間と労力が必要そうだ。
一年生だけの部の方が、友達も作りやすく、何より気楽だ、と、それだけは確実に言える。
ただ、そんな都合の良い部活など見つかる訳もなく、エルは今現在、屋外掲示板の前で溜め息を吐いている。
今日も茉莉には用事があるらしく、相談も出来ない為、余計にエルの気分は重い。
そうして掲示板の前で項垂れていると、誰かがエルに声を掛けた。
「なぁお前、部活探してんの?」
声の発信源は、エルの方に近づいて来る。
4月の第4週ともなれば、掲示板で部活を探す者の方が珍しく、この場にエル以外の人物はいない。
「そうだが。大抵の部は見て回ってしまってな。」
エルは状況から、自分への問い掛けであると判断し、相手の顔も見ずに返事をした。
「そうか。なら好都合だ。」
「好都合?何だと言うのだ。」
声の主が不敵に言うのを、エルは不思議に思い、視線を向けると、
「オレの作る同好会に入ってくれないか?」
と、そこには高校生の平均より遥かに低身長で細身な少年が、意気揚々と笑いかける姿があった。
少年はそのまま、エルの視線を誘導するように、掲示板の募集用紙の一つを指差す。
示す先には【超常現象解明同好会、設立メンバー募集!】と書かれた紙が貼られていた。
「…一体何をする同好会なのだ?」
その同好会は、貼り紙を見た時から、活動内容が想像できず疑問に思っていたものの一つだ。
尤も、正式な部活に照準を絞っていたエルにとっては、例え活動内容が気になったとしても、同好会であるなら後回しだが。
エルの返答を、興味を示した、と受け取ったようで、
「全ての超常現象を、カガク的に解明していく為の同好会だ!」
と、少年は力強く説明する。
「うーむ、興味ないな。」
聞く限りでは現実感のない活動のようで、あまりエルの興味は惹かれない。
そもそも超常現象と付けられている時点で、現実味も何もあったものではないが。
「まぁそう言うなって。設立に必要な人数が、どうしても欲しいんだよ。」
「というか、化学なら化学部があるではないか。そこに入れば良かろう?」
少年は折角の好機を逃すまいと食い下がり、エルは面倒そうに放った。
「化学部は単なる機械オタクの集まりだよ。それに、オレの言ってるのは科学であって、化学じゃない。」
エルの物言いに少し気分を害したようで、少年は眉間に皺を寄せながら、吐き出すように告げた。
しかし、エルからすると、何故腹を立てたのかが分からない。科学という言葉を知らない所為だ。
カガクという単語には、化学と科学、二つの意味が存在する。
文章では区別が付くにせよ、会話の上では、どちらとも取れる。
加えて、高校生であれば単純に授業で行う化学としてのイメージが強い。
何とか理解しようと、エルは暫し頭を悩ませるが、
「悪いが、お前の言っていることは全く分からぬ…。」
結局言葉そのものを知らなければ、正解を導き出せる訳がない。
それで、先程のエルの言動が、単に邪険にしたのではなく、科学の意味を知らない故だと伝わったようで、
「んー、まぁ超常現象に色々理屈つけて、それが不思議な現象じゃなく、ちゃんとした理由に基づいて起きてるものだってのを証明してくんだよ。」
少年は態度を軟化させ、今度は少し分かりやすい説明に切り替える。
「なるほど。そう言われれば理解は出来る。」
納得したように、エルは頷いた。
反応を見るに、感触は悪くなさそうだ…と、少年は期待を込めて、
「じゃあ、入ってくれるか?」
勧誘を口にし、
「それは断る。」
一言で、あっさり打ちのめされた。
「えぇー…。」
と、流石に不満の声を発したくもなる。
内容を理解は出来たが、今のところエルには同好会に入る気が無いのだから、いくら勧誘しても徒労に終わる。
だが、そんなこと知る由もない少年は、溜め息を伴い肩を落としながらも、まだまだ諦めるつもりはない。
「同好会作りたいんだよ。別に活動は強制しない、気に入らなきゃ参加しろとは言わない。同好会なら他と兼部も出来る。だから頼むよー、入ってくれるならオレ、何でもするからさぁー。」
兎に角設立したい熱意は伝わってくるものの、少年の言い方は全く以て誠実ではない。
「それは幽霊部員でも何でも良い、ということか?」
「そうそう、それで良いから…!」
エルは気になった部分を尋ね、少年は必死に肯定する。
「では、やはり断る。我はちゃんとした部活を探しているのだ。」
溜め息混じりに、エルは再度の拒絶を言葉に出す。
なりふり構わず勧誘しようと思ったのが、完全に逆効果だった。
エルにしてみれば、参加する意義のない活動では”友達を作る”目的を達せない為、入る意味が無いのだ。
「いや、その…お前が入りたいと思う部活、まだ見つかってないんだろ?なぁ、見つかるまでで良いからさ、協力してくれないか?」
頑ななエルの態度に、少年は諦めかけるが、最後にダメ元で懇願する。
「うーむ…」
確かに、エルが続けられそうで、目的も達成出来そうな部活は、未だ見つかっていない。
少年がこうまで必死なのには、何か理由があるのかもしれない。
それに、入ることでデメリットが発生する訳ではないのだ。
少しずつだがエルは、協力くらいしてやっても良いのではないか…と、思い始める。
「そもそも何故、我を誘おうと思ったのだ?」
エルは自分が、他人から気易く話し掛けられるような雰囲気は持ち併せていないことを知っている。
であるというのに、どうしてわざわざ自分に声を掛けたのか…少し気になった。
単に部活を探しているようだったから、無理にでも誘えば入ってくれると思ったから…そんな差し障りない答えが返ってくるだろう、という予想はしていた。
勿論そのどちらか、或いは両方に該当するだろうが、少年の返答は、エルが予想したものとは違っていた。
「…お前、面白そうだからさ。出来れば面白い奴の方が良いじゃん。」
エルは、他人から”面白そう”などと評されたのは初めてだった。
どう反応して良いのか分からず面食らっている内に、続けて少年はとんでもないことを口にした。
「だってお前、1-Dのエルってんだろ?自己紹介で魔王になるとか言った奴。」
「な、何故お前が知っておるっ…!?」
途端にエルは声を荒らげる。
忘れたい黒歴史が、名前も知らない初対面の少年に知られていようとは、思ってもみなかった所為だ。
「割と有名になってるみたいだけど。オレも噂で聞いたんだし。」
「そうか…じゃあその噂話をお前に教えた奴にでも協力して貰え!ではな!」
あっけらかんと告げる少年に対し、憤りを隠すことなく言葉を吐き捨てたエルは、言うが早いか少年に背を向けて歩き出す。
「わー、ちょっと待てって!?たまたま話が聞こえただけで、そいつとは知り合いでも何でもないんだよー!」
本当なのか嘘なのか、どっちとも取れる言い訳をしながら、少年は、立ち去ろうとするエルを慌てて引き止める。
「いやマジで悪かった、気にしてるとは思わなかったんだよ…。」
「………。」
少年が謝るのも無視。エルは校舎に向かって歩き続ける。
その心中は穏やかではない。
だが、完全に八つ当たりだ。
今考えるべきは他にある。
先ほど少年は言ったのだ、有名になっている、と。
魔王になると公言するような怪しい人物と、好んで友達になろうとする物好きはいないだろう。
つまり、何らかの部活が見つかったとしても、簡単に友達を作れる保障はなくなった、ということだ。
茉莉はそんな物好きだったが、他に同じような物好きが、そう簡単に見つかる訳がない。
と、そこまで考えたエルは、咄嗟に打開策を閃いた。
「ほんとごめんって、悪気があった訳じゃないんだって。もう言わないからさ…。」
エルの思考の最中にも、少年はエルを追いかけながら謝罪を繰り返していた。
そんな少年に対し、エルの口から放たれたのは、怒りでも許しでもなく、一瞬耳を疑うような言葉だった。
「…さっき、何でもすると言ったな?」
「…へ?」
少年は当然だが、エルが発した言葉の意味を理解出来ない。
「お前の同好会に入るなら、何でもすると言ったであろう?」
「…いや、言ったけど…。」
エルが突然何を言い出すのか、少年は理解に苦しむ。
何を思って今それを口にしたのか、もしかして同好会に入ってくれるということなのか、それとも別の思惑があるのか。
あれだけ乗り気でなかったのに、何故このタイミングで…という疑問が一番大きい。
ただ、エルが同好会に入る、という点に関しては、思い違いでもないらしい。
何故なら、
「我と友達になれ。そうすれば入ってやる。」
と、エルの口から、はっきり告げられたのだから。
これが、打開策の正体だ。
この少年を友達にするのが手っ取り早い…それがエルの出した結論だった。
”魔王になる宣言”を知った上で”面白い”とまで言い切ったのだから、疑うべくもなく、少年は物好きの一人である。
そして、そんな数少ない物好き連中でなければ、エルに友達を作る道は残されていない。
そう、今のエルは思ったのだ。




