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内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第3話「遊園地の魔王くん」
24/63

3話目・その8

 家に帰り着き、夕食を済ませた後、エルと茉莉は例のコンビニで再び落ち合った。

 茉莉の身体を元に戻す為だ。

 問題は、人目に触れず二人きりになれる場所なのだが、いざ考えてみると難しく、あまり適当な場所がない。

 エルの家にはグラゼルがいるので、魔法を使えば気付かれてしまう可能性が高い。

 茉莉の家もこの時間は家族がいるのだろう、見られる心配がある為、無理だということだ。

 夜とはいえ、屋上でも万が一にも人が来ないとは限らない。

 暫く考えあぐねていたが、最終的に思いついたのは茉莉だ。

「カラオケは?」

「金を払って歌を歌う場所…だったか?」

「まぁ間違ってはいないけど。」

 エルの言い方に、茉莉は釈然としないものを感じる。

 他に良い案もなかったので、二人は近場のカラオケに行くことに決めた。

 やってきたのは久十里駅のすぐ側、有名な某カラオケチェーン店。

 駅周辺ということもあり、学校帰りの学生達に割合多く利用される。

 入店時受付では利用時間が最低一時間以上だった為、一時間で受付を済ませる。

 渡された伝票に書かれていた部屋に入ると、思っていたものと全く違ったらしく、エルは目を見開き驚いていた。

 細かくは割愛するが、最新のカラオケ設備が彼の想像を遥かに超えていたようだ。

 しかし、すぐに平常心を取り戻すと、彼はルーム内のソファーに腰を落ち着ける。

「少し本を熟読したい故、時間をくれぬか?」

 そして、申し訳なさそうに切り出した。

「うん。じゃあボクはせっかくだし、飲み物持ってくるよ。何が良い?」

 茉莉は気にしていない様子で、それに返す。

 ドリンクバー付きの料金なので、飲まなければ損である、という思いもあったのだろう。

「茉莉に任せる。ああ、だが炭酸はなるべくなら遠慮したい。」

「了解だよ。」

 そう言って、茉莉は部屋を出て行く。

 室内に残されたエルは、家から持ってきた本に目を通し始めた。

 無論、魔法に関する本である。

 隣室の歌声は聞こえてくるものの、うるさく感じる程ではない。

 防音がしっかりしている為、マイクを通さなければ、声が漏れる心配もない。

 案外、人目を気にせず会話をするには適した場所なのかもしれない。

 そんなことを考えながら本を開いていると、そっと扉が開き、茉莉が戻ってきた。

「はい、魔王くん。どっちも炭酸じゃないから、好きな方選んでね。」

「すまぬな。ではこちらを貰うとしよう。」

 カルピスウォーターを手に取り、口を付ける。

「少し待たせてしまう。せっかくだ、歌って時間を潰しておっても良いのだぞ。」

「ううん、魔王くんの邪魔しちゃうのも悪いし、普通に待ってるよ。」

 エルは厚意のつもりで提案するが、茉莉は苦笑いでやんわりと拒否した。

 自分だけ歌わされるというのは少し恥ずかしい…という思いが強い。

「そうか。重ね重ね悪いな。」

 そうして、エルは一気にカルピスウォーターを飲み干す。

 それから集中し、二十分ほどで本を読み終わると、

「待たせたな。では始めるとしよう。」

 エルは魔法の言葉を紡ぐ為、口を開ける。

 しかし、口をついて出たのは、別の言葉だった。

「茉莉、お前は…元に戻りたいと思うのか?」

 ふと、疑問を感じてしまった。

「え?な、なんで?」

 意味が分からず、茉莉は聞き返す。

「いや、その…茉莉が女装をしているのは、女性になりたい欲求を、女性の服を着ることで誤魔化しているのだろう?つまり、女性に成りたかった…ということではないのか?」

 魔法でも使わなければ、人が本当に望むことなど分からない。

 故に、エルにも茉莉の心を見透かすことは出来ない。

 このまま女の子として暮らしたい、というのが茉莉の本心なのではないか。

 もし女性として生きたいと望むのなら、無理に元に戻す必要はない。

 そういう生き方も、魔法でなら可能だろう…と、エルは思う。

 だが、茉莉はエルのことを不思議そうな目で見ると、非難めいた口調で反論する。

「もう、何言ってるの魔王くん。ボク別に女の子になりたい訳じゃないよ?女装がしたいだけだよ?女の子になっちゃったらそれはもう女装じゃないからね?」

「いやお前こそ何を言っておるのだ。」

 エルには理解が及ばない。

 否、エルでなくとも茉莉の言い分を理解出来る者は少ないだろう。

「むー、とにかく、戻せるなら戻して欲しいのっ!」

 分かってくれないエルに対し、茉莉は口を尖らせる。

 子供みたいな反応だが、茉莉は男に戻りたい…と、明確に示した。

 それなら、何も止める理由はない。

 本当は聞く前から、エルにも茉莉の意思は分かり切っていた。

 もし茉莉が、このまま女で在りたいと願うなら、エルが確認するより早く、茉莉の方から言い出しただろう。

 では何故、改めて茉莉に意思を表明させたのか…その理由は簡単だ、エルが魔法を使うことに躊躇した所為だ。

 危険性を予め知っていた故、エルにとっても初めて使用する類の魔法であり、成功する保証がない。

 同時に、失敗してしまうかもしれない…という不安に押し潰されそうだからなのだ。

「そうか…だが予め言ったように、我がやっても副作用が出る可能性はある。初めてなので、そもそも成功するかも分からぬ。それでも行うか?」

 これは最終確認だ。

 茉莉がイエスと答えれば、その時はエルも覚悟を決め、魔法を実行する。

 エルの表情が硬いのは、茉莉にも感じ取れた。

 だから茉莉は、彼の不安を和らげるように、冗談の一つでも言ってやろうという気になった。

「うーん、その時は魔王くんに責任取って貰っちゃおうかな。」

 対してエルは、茉莉の言葉を冗談と受け取れず、

「一生面倒を見ろとでも言うか?」

 と、真面目に応えた。

 思惑とは違ったが、エルの提案も面白そうだと思い、茉莉はそのまま受け入れてしまう。

「あはは、それも面白いかもね。ボクも魔界に行ってみたいなぁって思ってたし。」

 自分の身体のことなのに、まるで他人事のように笑う茉莉は、エルからすると異常だった。

 冗談だと気付けば、それなりの返しは出来るのだろうが。

「はぁ…仕方ない、その時は面倒を見ると約束しよう。」

 最後まで律儀にエルは応えていた。

「ありがとう。でも、そんなことにはならないって、信じてるよ、魔王くん。」

「そうか。では期待に応えられるよう努力しよう。」

 エルの覚悟は決まった。

 失敗を前提に考える訳ではないが、もし失敗したら茉莉に何と言って詫びれば良いか…という心配だけはなくなった。

 大きく深呼吸し、今度こそ、エルは魔法の言葉を紡ぎ始めた。

 丁寧に一つ一つ確認するように、言葉を吐き出して行く。

 とても長い時間に思えた。

 やがて全てを唱え終わると、茉莉の身体が、普段の茉莉のものに戻っていく。

「…せ、成功しておるか?違和感はないか?痛みや痺れは感じぬか?」

 心配そうに、エルは茉莉を見た。

「………うん、大丈夫そう。ちゃんと元通りだよ。」

 自分自身で色んな箇所を触って確かめ、おかしい部分もなさそうだと、茉莉は確認した。

 魔法は成功した。

 エルは心から安堵する。

 大切な友を傷つけずに済んだのだ…と。

 身体が元に戻ったことで、茉莉もまた安堵する。

 男に戻ったことが、ではなく、エルの不安が取り除かれたことに、だ。

 そして、アニマルランドでのことを振り返るように、茉莉は口を開く。

「今日は色々すごい体験もさせられたし、落ち込んじゃうこともあったけど…やっぱり楽しかったよ。」

 楽しく遊びたかったという目的は達成されていた。

 だが、それを口にすると同時に、もう一つの目的も思い出す。

「あ、でも…魔王くんの悩みはまだ解決してないのかな…。」

 せっかく良い空気だったのに、考えなしの発言のせいで、茉莉は申し訳ない気分になる。

「うーむ…どうであろうな。確かに今日は色々と我の知らぬ物を見て、この世界にはまだ我の知らぬものがあるのか、と思いはしたが…。」

 あまり芳しくない反応に、茉莉は落胆の色を見せる。

「そっか…。あ、でもさ、こういう予定を立てて遊びに行くっていうのは、遊ぶ前からなんかわくわくしなかった?」

 でも、なるべくなら楽しいことを考えていたい。

 失敗したことを振り返り、反省するのも勿論大事だが、今この瞬間は、楽しい雰囲気を貫きたい、と茉莉は思った。

「ああ、それはあったな。むしろ遊園地へ行く前までの方が、より楽しみだった気がしておる。」

「うんうん!目的を持って何かするのって、そういう気持ちが長続きするんだよね!」

 エルの同意を受けて、茉莉は自分の意見を更に主張するように、語気を強めた。

 しかし、エルは茉莉の言い方に、何か引っ掛かりを感じる。

 エルは直感した。この違和感の正体が何なのか…それが分かれば、悩みを解決する糸口になる…と。

 だから、敢えて茉莉に問うことで、自分では気付かないその引っ掛かりを探ろうと、エルは言葉を続けた。

「茉莉…今回の目的とは、何だっただろうか?」

「んー…正直言っちゃうと、遊ぶ為…かな。今回だとその遊ぶにしたって、学校がない時じゃないと行けない場所だから、計画立てて遊びに行くって感じだったし、楽しく感じたんだよね。」

「計画を立てて遊びに行くのが楽しい…か。その理由は明確に説明出来るか?」

「えーと…難しいこと聞くんだね…。」

 そんなこと聞かれても、ちゃんと答えれるか分からないよ…と茉莉は苦笑した。

 エルは、それでも良い…と譲らないので、押し切られる形で、茉莉は考えを少しずつ言葉にしていく。

「計画立ててる時はさ、行く先のことがあんまり分からないから、想像が膨らむっていうか…んー、文字とか写真から分かるだけの情報を、…あ、パンフレットやなんか見て、ね?それを自分達でチェックして、どこ行きたいか決めていくんだよね。」

「うむ。それで?」

 と、エルは急かすように先を促す。

「計画する過程が楽しい人もいるだろうし。人によっては立てた計画を実行して、完遂するのが楽しいって人もいるみたいだよ。でもそういうのは、目標を達成する…みたいなものなのかな。そう考えたら、ちょっと理解出来るかもしれないね。」

 茉莉は、やっぱり上手く説明出来ないや…と苦笑するが、今の台詞の中に、エルの求めていた答えはあった。

 感極まったように、エルは茉莉の手を取り、

「そうか!解決したぞ!感謝する、茉莉!」

 と、言いながらそのまま上下に何度も振る。

「う、ううん、そ、そんな感謝されるようなことは別に…。」

 流石にエルの行動が普段から逸脱しているのを感じ取り、茉莉は不審な目をエルに向けながら答えていた。

 エルの表情は、とてもすっきりしていて、心なしか目が輝いているようにも見えた。

「目標だ…!我に足りなかったものを、茉莉が教えてくれたのだ!」

「うん?」

 置いてけぼり状態の茉莉には、エルが突然変なことを言い出したようにしか思えなかった。

 相変わらず茉莉から不審な目を向けられているのに気付くと、エルは恥ずかしそうに咳払いしてから、説明を始めた。

「まぁその、な…魔界にいる間は、人間界の学校に通う為という明確な目標があった。目標があった故か、魔界では勉強も全く苦ではなかったのだ。」

「あー…目標を達成しちゃって、次の目標がなくなっちゃったんだ。」

 説明を受けると、茉莉は納得した。

 エルがあれほど喜んでいたのにも納得し、不審がってしまったことを心苦しく思う。

 だが、当人は悩みが解決したのが余程嬉しいらしく、少しも気にする様子はない。

「そういうことらしい。こんな簡単なことに気付けないとは、我は難しく考えすぎていたのだな。リアにも言われておった。難しいことばかり考え過ぎだ、とな。」

 口数がやたら多いのも、気のせいではない。

 やっぱり、魔王くんの中で、この悩みはすごく大きかったんだ…と茉莉は改めて実感させられた。

 しかし、悩みが分かっただけでは当然解決にならない。

 喜んでいる場面に水を差すようで、茉莉としても感じ悪いのは分かっているが、そのことは、エルにも指摘しておかなければならない。

「それが分かっても、次の目標が決まらないと、解決したことにはならないよ…?」

「む…言われてみるとそうかもしれぬ。だが、漠然としていた悩みの正体が分かったのだ、気分はすっきりとしておるし、あとは我の気の持ちようで解決出来る。解決出来たも同然だ、心配には及ばぬ。」

 高揚感が勝っているのか、茉莉の指摘を受けてすら、大して問題とも思っていないようだった。

「だが、人間界にずっと住まう訳ではないし、目標といってもパッと思いつくものはないな。」

 少し冷静になったのか、エルは自分に課せられた次の問題へと着手し始める。

 茉莉も目標を考える手助けになれば、と口を開く。

「んー…テストとかは?勉強できる人はテストで何位以内を目標にーって頑張る人も多いから。」

「なるほどな。そういう考えもあるか。」

「ボクは勉強あんまり得意じゃないから、そういう目標って無理だけどね。」

 では茉莉も一緒に…とは言われないよう、牽制を取って付ける。

 今のエルなら言い出しかねない、と茉莉は感じたのだ。

 牽制の効き目は如何ほどか分からないが、しばらく難しい顔で考え込んだエルは、目標は決まったとばかりに不敵に笑うと、

「よし、では我が茉莉に勉強を教えられるようになろう。」

 と、茉莉には正直ありがた迷惑なことを、サラリと言い切った。

「あはは…出来れば遠慮したいけど、それで魔王くんが頑張れるなら、良いと思うよ。」

 せっかく目標が決まったのに、台無しにする訳にもいかないだろう、と茉莉は仕方なしに受け入れる。

「うむ。別に強制しようという訳ではない。いつ何を聞かれても答えられるようにしておくというだけのことだ。」

 エルは茉莉のそんな反応も想定内、というように、自分の目標についての補足をする。

「あ、それなら勉強以外にも活かせるんじゃない?」

「そうか。我が茉莉も知らぬ、人間界のことを覚えれば、茉莉の言う通りになるな。」

「うん。じゃあそのうち、いっぱいボクの知らないこと、教えてね?」

「ああ、期待するが良い。」

 悩みは解決した。

 エルの表情に、もう曇りはない。

 それを認識すると、茉莉の口からは自然と言葉が漏れた。

「うん…良かった。」

「何がだ?」

「相談して貰ったのに、何も力になれないんじゃ、嫌だったもん。解決して良かった、って。」

「うむ、茉莉には感謝してもし切れぬな。」

 大げさと思うかもしれないが、エルにとっては、どれほどの感謝を以ってしても足りない程、茉莉には助けられている。

 悩みのことだけではない。出会ってからの今までも、そして、これからも。

 エルが人間界から去るその日まで、二人は互いに助け合い、自分の意見を主張し合い、間違いを正し合い、気の置けない友として在り続けるのだろう。

「なぁ茉莉。」

「どうしたの、魔王くん?」

「一つ、約束してくれぬか?」

「うん。」

 エルは茉莉に告げる。

「今回お前が我の悩みを解決してくれたのと同じように、我はいつでもお前の力になる。だからこれからは、困ったことがあれば、どんな些細なことだろうと、我に何でも話せ。我は絶対に茉莉を裏切らぬ。悩みがあれば解決する。間違いがあれば正す。友達なのだから、遠慮するな。」

 今回リアに茉莉の秘密を打ち明けることを選択していれば、間違いは起こらなかった。

 茉莉が打ち明けることを躊躇ったのも、その気持ちを踏まえれば、エルにも理解出来る。

 リアに秘密を明かすことは、茉莉が一人で選択出来る未来ではなかった…それはエルにも分かっている。

 だが、そこにエルが介入すれば、もしかしたら方法は他にもあって、リアに間違いを犯させない未来も在ったのではないだろうか。

 遠回しだが、エルには、茉莉が間違いを選ぶ前に止めてやりたい…という思いがあるのだ。

「ん、分かった。じゃあ魔王くんも同じこと約束して?」

「うむ。」

 茉莉は、彼の言葉の意図を、真意を、読み取った上で、全て受け入れる。

 エルも当然とばかりに即答した。

「それと…」

 と、茉莉は続ける。

 茉莉が願うのは、たった一つ。

「…ボクの前から、勝手にいなくならないでね!」

 その願いに、エルは大きく頷いた。




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