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内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第3話「遊園地の魔王くん」
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3話目・その6

 もはや遊ぶ空気ではなかったが、それでも茉莉はせっかく水着まで着たんだし、遊ぼうと提案した。

 先程の事もあり、三人はあまり嬉しくない注目を浴びていた。

 彼らの諍いを眺めていた客達にとっては、良い妄想のネタにされていたようだ。

 二股をかけていた彼女二人が友達同士で、偶然プールで出会ってしまった気まずい三角関係。彼女の妹との秘密の情事がバレてしまった彼氏の修羅場。割り切りだったはずの愛人との痴情のもつれ。

 他にも様々な想像が飛び交った結果、同情や嫉妬の視線がエルに集中する。

 ただ、気にするのはエルだけで、リアも茉莉も、それに関しては全くと言って良いほど気にしていない。

 リアは身体を動かすのが好きだというのもあって、気持ちが落ち着くにつれ、普通に遊び始めた。

 魔界では窮屈な暮らしに退屈して、時々城を抜け出すくらいには行動派であった訳で、初めプールに来たいと言ったのもリアなのだから、遊びたくない訳はなかった。

 だが、罪の意識は未だ消えないのだろう、多少二人に遠慮している。

 声をかけるべきか悩んだが、あまり気にかけすぎても良くないのではないか、とエルは思い留まった。

 それは茉莉も同じだった。

 遊ぶことで、少しずつ気分を紛らわせて、最後は自力で復活してくれるのが一番良いと思っている。

 しかし、そんなに上手く事は運ばない。

 リアは思ったほど積極的に遊ぼうとしなかった。というより、茉莉の側を離れたがらない。

 茉莉は一応泳げはするが、運動がそれほど得意でないのもあって、水の中に入りっぱなしという訳にもいかない。

 結果、リアもそれに倣うように付いて回っている。

 別に茉莉が悪い訳ではない。茉莉も気を遣って、なるべく側にいてくれている。

 だが、周りが気を遣うばっかりでは、リアも純粋に楽しいとは思えないのだろう。

 自分自身で遊びたいと思わなければ、何をしたって楽しくはない。

 ならば、リアを自ら遊びたいと思わせてやろう…と、エルは一肌脱ぐことにした。

『なぁリア。あの巨大な滑り台、ちょっと行ってみぬか?』

 プールサイドから、ボーっと視線を彷徨わせていたリアに、エルは話しかけた。

 彼の目線は、ウォータースライダーへと向けられている。

『行きたいなら行って来れば?私、茉莉姉ぇと一緒にいるから。』

 言い方から普段のような覇気は感じられないが、少しずつ調子は戻って来ているようだ。

『そうか、では行ってくる。』

 茉莉にも一言告げると、エルはそのまま小走りでウォータースライダーへと向かった。

 長い階段を登り終え、頂上に常駐するスタッフの誘導に従う。

 人が少ない時期なので、順番待ちは殆どない。

 覚悟を決めると、エルは自分のタイミングで滑り出す。

 流れに身を任せ、そのまま勢い良く滑り降りる。

 エルは、その途中で、大きく息を吐き出し、大きく吸い込むと、動悸する心臓を抑えこみ、

「イヤッッホォォォオオォオゥ!」

 と、プール中に響き渡りそうな大声で高らかに叫んだ。

 何事かと、客達がウォータースライダーを見上げる。

 その中にはリアと茉莉も含まれている。

 左右に蛇行しながら、奇声を上げながら滑降する様は、とても普段のエルからは想像が付かない。

 肺から空気を全て吐き出すより早く、エルの身体は終着点へ辿り着いた。

 バシャーンと大きな水音を立て、そのまま水中に放り出される。

 すぐに立ち上がったエルだが、

「げほっ…げほっ…!」

 と、咳き込む。

 落下の際に口を開けたままだった為、水が口の中に流れ込んでしまっていた。

「『大丈夫!?』」

 と、聞こえたのは、ほぼ同時だ。

 円形プールの中央でむせるエルを、プールサイドから、一方は心配そうに、もう一方は呆れたように覗き込む、対照的な二人の姿があった。

 二人の内、黒い方に視線を向けると、不敵に笑いかける。

『この滑り台…最高だ。』

 少し芝居がかった言い方になってしまったが、及第点だろう。

 自己評価を終え、エルは円形プールの外に身を乗り出すと、

『もう一度行ってくる。』

 リアに言い残し、返事を待たずに再び全速力で階段を登り始めた。

 そして息を切らせて頂上へ舞い戻ると、

「イィィヤッ…ホォオオォオオオゥ!!」

 と、息が続かないのもお構いなしで、先程と同じように斜面を急降下するのだ。

 一度滑ってしまえば落下地点は分かる。今度は水が口に入らないように、水面に到達する前に口を閉じる。

 激しい水音を立て、二人の所に舞い戻って来たエルは、

『はぁ…はぁ…また…行ってくるぞ。』

 肩で息をしながら、また全力で階段を駆け登り、もはや何を言ってるか分からない叫び声を上げながら、一気に滑り降りる。

 その奇行を見ていた茉莉は思わず吹き出してしまう。

「リアちゃん、楽しそうだよ。行ってきたら?」

 流石に、茉莉にもエルのやりたいことは理解出来た。だから彼の意を汲み、ウォータースライダーの天辺てっぺんを指して、言いながらリアに微笑みかけた。

 しかし、リアは困ったような顔を浮かべるだけで、行こうとはしない。

「じゃあ、一緒に滑ろ。」

 茉莉はリアの手を引き、階段を上がっていく。

 ゆっくり階段を登っていると、エルがまた息を切らせながら全速力で階段を駆け上がってくる。

『おい、…早くしろリア!…後がつかえて、おるのだぞ!』

『はぁ!?ちょっと落ち着いたら!?兄貴おかしいよ、そんなにぜぇぜぇ言ってる癖に、まだ滑り足りないっての!?』

『ふっ…それほど面白いのだ、仕方あるまい!…喋っておらず、早く登れ!』

『あーはいはい、分かったよ。登れば良いんでしょ、登れば。』

 文句を言いながらも、リアは足を進める。

 この時にはリアも気付く。

 自分に楽しく遊んで欲しくて、兄は全力で遊んでいる。

 後ろから荒い息遣いが聞こえてくるのは、何とも言えない不気味さを感じるが、その主が兄で、自分を思っての行動であれば、それほど悪い心地はしない。

 形だけはリアは茉莉に手を引かれ登っているが、エルが来る前とは違い、リアは自らの意思で歩みを進めた。

 巨大なウォータースライダーの頂に至ると、そこからプール全体が見渡すことが出来た。

 見下ろす景色の中では、誰もが楽しそうに遊んでいる。

 それを見たリアには、私もあんな風に楽しく遊びたい、という気持ちが湧き上がった。

 その横では係員が、本日何度目かのエルの姿を認め、苦笑を浮かべる。

「またいらしたんですね。そんなに気に入りましたか?」

「うむ。他では味わえぬからな。…今の内に、堪能しておきたいのだ。」

 エルは完全に不審者扱いされているだろうというのは分かっていても、取り繕うように言う。

「そうですか。楽しんでいって下さい。」

 社交辞令を述べると、係員は茉莉とリアの方を向く。

「では先にお二人から。」

「あ、一緒に滑っても、良いですか?」

 茉莉が質問すると、係員は丁寧な対応を返す。

「怪我をする危険もありますので、やめて頂くのがうちの方針ですが、どうしてもという方は、自己責任で許可してますよ。落下の際にぶつかって怪我などされないよう、注意して下さい。」

「はい、分かりました。」

 誘導に従い、前が茉莉、後ろがリアになって、二人は滑り始めた。

 前の景色が見えないというのは思いの外怖く、リアは茉莉の身体にしがみつく。

 茉莉はそれであたふたするが、リアは気付かない。

 左右に何度も身体を振られた後、最後の直線が終わると、そのまま大きな水音を立て、一緒に水中へと滑り落ちる。

 後ろから来るエルにぶつかられないよう、早めにプールサイドに上がり、二人はエルが落ちてくるのを待った。

 数秒の時間を空け、エルの姿が見えた。

 エルは水中からプールサイドへ上ると、体力の限界だったのか、仰向けに倒れた。

『楽しかったであろう、リア?』

 倒れ込んで動くことすら出来ない姿は情けなくもあるが、やり切った者だけに分かる風格が滲み出ている。

『ん…まぁね。でも奇声を発するほどじゃないじゃん。あれは大げさすぎるよ。』

『ううむ…やはりそうか。』

 ダメ出しされてしまい、エルは苦笑する。

 あまり効果はなかったか…と落胆しかけた矢先、

『…でもやっぱり楽しかったし、もっかい行ってこようかな。』

 と、リアから、遊びたいという意思を明確に示す台詞が出てきた。

 まるで独り言のように漏らしただけだが、エルにはちゃんと聞こえていた。

 だから微笑を浮かべると、こう言って見送るのだ。

『ふっ…行って来い。』

 エルに背中を押されたように、リアは軽い足取りで階段を登っていく。

 リアの後ろ姿が見えなくなった後、茉莉はエルにねぎらいの言葉をかける。

「魔王くん、お疲れ様。ボクじゃあんな風にはしてあげられなかったね…。」

 申し訳ない気持ちも入り交じっていた。

 察したのであろうエルは、気遣うように言葉をかける。

「まぁ…人には、向き不向きがある。あのやり方は、茉莉には向いておらぬのだから、気にするな。」

 言われた茉莉は、

「魔王くんにだって、向いてないよ。」

 可笑しそうに笑った。

 自分でも重々承知している部分を指摘され、エルも微かに笑い声を上げた。

「そうだな…正直体力を使い果たした。少し、このまま…横になっておっても良いか?」

「うん。ゆっくり休憩してね。」

 自然と茉莉の手は、エルの頭を撫でた。

 それを嫌がる素振りはなく、むしろ身を任せるように、エルは穏やかな表情で目を閉じる。




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