第一話「成立確率11%の彼女は、俺を待っていた」
俺の仕事は、恋愛を折ることだ。
成立確率の低い恋を見つけて、終わらせる方向へ誘導する。社内では「調整」と呼ぶ。終わらせる、とは書かない。誰も、その言葉を使いたがらない。
今日の案件は、11%。
低い。低いが、0ではない。
書類の備考欄には、短い追記があった。
前任二名、介入未完了。
俺は端末を閉じた。胸ポケットには、配属初日に渡された介入完了スタンプが入っている。案件を終えたとき、書類の「介入完了」欄に押すものだ。
ただ、システム上の処理はテキストで完了する。スタンプは区切りの儀式でしかない。押さなくても、誰も困らない。
困っているのは、たぶん俺だけだ。
312件担当して、俺は一度も押したことがない。
◇
マンションのエントランスで、インターホンを押した。
ここに来る途中、閉校した小学校の跡地を通った。今は資材置き場だ。「本校は2064年3月をもって閉校いたしました」という看板が、まだそのままになっていた。
三秒後、扉が開いた。
「また来たんですか」
「初めてお伺いします。恋管折衝課の——」
「三回目です」
扉が、大きく開いた。
川瀬奈緒。29歳。PAIR算出スコア11%。
前任二人が来て、二人とも折れなかった案件。
書類には、そこまでしか書いていなかった。
◇
部屋に上がった。
整頓された本棚。小さなテーブル。窓際の観葉植物。その向こうに、公園が見えた。ブランコが一つ、誰もいないまま風に揺れていた。
そして、テーブルの上には二人分のコーヒーがもう用意されていた。
「座ってください」と川瀬奈緒は言った。「どうせ長くなるので」
「長くなると、なぜわかるんですか」
「二人、長くなりました」
「三人目も、そうなると」
「違うんですか」
答えられなかった。
俺は手順どおり、介入の趣旨を説明した。2068年、合計特殊出生率は0.5を記録した。AIシステムPAIRが、全国民の行動ログと感情データを解析する。成立確率30%以下の恋愛には、折衝課が介入する。
成立しない縁を早期に整理し、次の縁に向かう支援をする。
終わらせる、とは言わない。
調整、と言う。
川瀬奈緒は最後まで黙って聞いた。カップを両手で包んでいる。その指先だけが、少し白かった。
「11%って、失敗する確率じゃないですよね」
「はい」
「成功する確率です」
「そうとも言えます」
「11%は、0%じゃないので」
手順書に、この返しへの対応は書いていない。
◇
帰り際、胸ポケットに手を入れた。
スタンプを取り出す。書類の「介入完了」欄に近づける。
押せない。
理由は、わからない。
胸ポケットにしまった。
「また来るんですか」と、玄関で川瀬奈緒が聞いた。
「継続案件になります」
「業務なんですね」
「はい」
「でも、コーヒーは次も置いておきます」
「なぜですか」
「三人目だから、ではなくて。あなたが、ほとんど飲まなかったので」
彼女はそう言って、二つのカップを下げた。一つは、俺がほとんど口をつけていないものだった。
その一言を、なぜか帰り道までずっと考えていた。
◇
恋管に戻ると、デスクに今週の割当が届いていた。
一番上に、見覚えのある名前があった。
川瀬奈緒。次回訪問——来週。
その下で、自分の端末が通知を出していた。配属当初からの癖で、自分のPAIRデータを開く。
スコア欄には、今日も同じ文字が出ていた。
ERROR
理由は、わからない。
11%の案件を折りに行った日も、俺だけは、数字にならなかった。




