全部割り切れる程僕は大人じゃない
翌日、僕はシノアと朝一番で一年Bクラスの教室に向かった。
リーンには学校を休んで、僕の部屋で待っていてもらっている。
教室に近づくと、まるで僕が来る事をわかっていたかのように、昨日僕に謝罪してきた武姫が教室から出てきた。
「これは姫士様。Bクラスに何かご用ですか?」
瑠璃色の髪をハーフアップにした、僕より少し背の高い女の子。青金石のような、強い意志を感じさせる青い瞳や、シュッとした顎のラインは大人びた印象を与える。
くびれた腰や細くしなやかな手足が、豊満な双丘を際立たせる。とても美しい女の子だ。
「うん、君達の姫士に話があるんだ。もう学校に来てるかな?」
「はい、既にご登校されています。どうぞ、こちらへ」
青髪の女の子はそう言って教室のドアを開けた。
「ちょっと、いいの? 敵の本拠地に乗り込んで」
こそっとシノアが耳打ちしてくる。
「敵、って。大丈夫だよ。姫士である僕に手を出すリスクは向こうもわかってる。それに、もしもの時はシノアが守ってくれるでしょ」
「はぁ、まったく、アンタは私がいないとダメなんだから」
それに関しては否定できないな。こうやって、真正面から堂々と喧嘩を売りに来たのも、シノアがいるからだし。
それはさておき、Bクラスの教室に入ると、窓際の一番後ろの席に件の姫士は座っていた。
金色の髪を腰辺りまで伸ばし、翡翠の瞳が特徴的な爽やかなイケメンだ。
周囲に数名の武姫を従えた姫士は、僕に気付くとにこり、と爽やかな笑みを浮かべた。
「おや、君は確かDクラスの姫士だったね。私に何か用かな?」
「突然訪ねてごめんね。僕はアーク・ブランドール。ちょっと君に相談があってね」
「構わないよ。姫士同士もっと交流を持つべきだと、私は常々思っていたんだよ。おっと、まだ名乗っていなかったね。私はボラス・ノートンだ。よろしく、ブランドール君」
差し出してきた右手を握り、握手を交わす。
人当たりの良い好青年、といった風だが、この人はリーンを甚振り、あんな傷を負わせた。油断はできない。
「それで、相談というのは?」
「単刀直入に言うよ。君のクラスのリーン・シルヴェールさんを僕のクラスに移動させてくれないかな?」
「リーン? そんな武姫このクラスにあったっけ?」
ああ、そうか。今のでわかった。僕とこの人は絶対に相容れない。
「【複製】の能力を持つナイフの武姫です」
「ああ、あれか。君、あんなのがほしいんだ。変わってるな。まあいいよ、欲しいならあげるさ。で、そっちからはどんな武姫を出してくれるんだ?」
「こちらからは誰も渡せない」
ポカン、と口を開けたボラスは、少ししてハッ、と鼻で笑った。
「話にならないな。武姫の数が評価になるのなら、役立たずだろうと一つは一つだ。それを無償で渡せ、だなんて、自分でもおかしな事を言っている自覚はあるだろう?」
「なら、決闘だ」
「は?」
ボラスだけでなく周囲の武姫達も驚いた表情をしている。青髪の子を除いて。
「聞こえなかったか? 決闘を申し込む、と言ったんだ」
「君が、私に、決闘を? フッ、いや、すまない。君は知らないようだから教えてあげよう」
笑いを堪えながら、ボラスは僕の肩をポン、と叩く。
「姫士は精液ランク順にAクラスから振り分けられているんだ。Bクラスの私の精液ランクはB。君は?」
「Dだ」
「まあ、そういう事だよ。Dランクの君がBランクの私に勝てる筈がないだろう。私は寛大だ。今のは聞かなかった事に」
「ごちゃごちゃ煩いな。そんなに僕に負けるのが怖いのか?」
「あ?」
漸く、ちゃんとこちらを見たな。
「必死になって決闘を取り消させようとしている所悪いが、君がリーンの移動を認めない限り、決闘を取り消す事はない」
「調子に乗るなよ、Dランク風情が。いいだろう、そんなに無様を晒したいというのなら、望み通り叩き潰してやろう」
「日時は今日の放課後。僕が要求するのは、リーンのクラス移動だ」
「確か、その赤い武姫は元素系の能力だったな。私が勝ったらそれを貰おう」
携帯端末を操作し、決闘の申請を送るとすぐに受理された。
「決闘成立だ」
もうこんな所に用はない。さっさとDクラスの教室に帰ろうと踵を返す。
「一つ、アドバイスをしてやろう」
振り向くと、ボラスはニヤリ、と嗤った。
「決闘時間に一秒でも遅れた場合不戦敗となる。気を付けたまえ」
教室内の武姫達が出入り口を塞ぎ、僕とシノアを囲った。
「おや? すまない、ウチのクラスの武姫は私のいう事を聞かないんだ。乱暴者が多くて私も困っている」
ここで武姫達が攻撃して来ても、武姫が勝手にやった事でボラスは無関係、という事か。姫士ならそんな事もまかり通るんだろうな。
ぐるっと教室を見回す。リーンのクラスメイト達の顔を一人一人、目に焼き付ける。
「リーンは優しい子だ。君達の事は誰一人責めなかった」
リーンの名前を出すと、武姫達は顔を逸らすか、唇を噛み俯いた。
「だから、僕も君達を責めない。でも」
この人達にも立場なんかがあったのだろう。姫士には逆らえない。それでも。
一か月だ。一か月もの間、リーンは苦しんでいた。痛みに、孤独に、耐えていた。
「全部割り切れる程僕は大人じゃない。一度だけ言う。退け」
ゴクリ、と誰かの喉が鳴り、武姫達は入り口までの道を作った。
「どうも」
「おい! 何をやっている!」
「君の言う事を聞かない、っていうのは本当みたいだね」
「くっ、貴様、この私に喧嘩を売ってタダで済むと思うなよ」
三下の捨て台詞のような言葉を背中に受けながら、僕達はBクラスの教室を後にした。
「ごめん、シノア。シノアを賭ける事になっちゃって」
「構わないわ。どうせ、私達は負けないのだから」
「そうだね。彼は勘違いしている。姫士の強さとは、精液ランクではない。それを教えてあげよう」
「そんなわけで、今日の放課後決闘をする事になりました」
朝のホームルームの後、エレノア先生に報告すると、これ見よがしに溜息を吐かれた。
「まさか、一年生の決闘第一号がお前とはな。相手はBクラスの姫士か……」
「何か問題がありましたか?」
「いや、これを私の口から伝えるのはフェアではない。私はお前の担任だが、教師として平等に生徒と接さなければならない。まあ、私から言えるのは、既に決闘は始まっている、という事だ」
つまり、事前に相手の情報を集め、対策を練る事も決闘の内だ、と。
「ありがとうございます」
席に戻ると、前の席のセリーナが身を乗り出して聞いてきた。
「アーク君、決闘するの!?」
「う、うん。明日からクラスメイトが一人増えるから、仲良くしてあげてね」
「おお、もう勝った気でいる。流石ですねえ」
にこにこと笑っていたセリーナは不意に真剣な表情で顔を寄せてきた。
「でも、大丈夫? Bクラスって水の元素系能力を持った武姫がいるって話だよ? シノアさんと相性悪いんじゃない?」
水か。確かに、炎のシノアとは相性は悪いな。
「問題無いよ。シノアの炎は水くらいじゃ消せないから」
「……」
「なに?」
「あ、いや、流石主武姫は信頼が違うな、と」
セリーナがシノアを見つめるその横顔は、憧れの人を見るソレで、可愛かったのでついほっぺを突いてしまった。
「んにゃあ!? にゃにするの!?」
反応も可愛い。セリーナのおかげで気が立っていたのも収まってきた。隣から冷たい視線が送られている気がするが、恐らく気のせいだろう。
観測しなければ答えはわからない。つまり、気のせいだ。




