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紅焔の彼女  作者: MANAM


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紅焔の彼女 第三話

 フラムがこちらの世界にやって来て数日。

遠い世界リュヌシエールでは、フラムの生家の屋敷で種族の長である母フレアが娘の独断専行を知り頭を悩ませていた。

「あの跳ねっ返りめ…紅玉の事はあちらにいる我が友に任せておけと言っておいたのだがな…」

 フラムによく似た母フレアは玉座に座りその長い黒髪をかきあげると、やって来た家臣の銀色の短髪に灰色の瞳、首にもふもふを巻いた男に命令を下す。

「来てくれたかネージュラス。我が愚娘を連れ戻してくれ。面倒な事になる前にな」

「は! お任せ下さい。フラム様を氷漬けにしてでも連れて帰りましょう」

 跪き胸に片手を当てこうべを垂れて少し物騒な発言をしながらフレアの命令を受けるネージュラス。

「うむ。氷漬けの雪だるまにしてでも連れ戻してくれ。頼んだぞ」

 フレアに氷漬けよりさらに過激な拘束の許可を得て、ネージュラスは上々の気分で吹雪の異送空間を作り出しあちらの世界へと向かった。

 それを見送るとフレアは玉座に深く座り直し遠い目をして昔共に戦った友人の事を思い出す。

「あれから20年…向こうで無事にいるだろうか…お前に任せきりで申し訳ない」

 フレアは目を閉じ友に思いを馳せるのだった。


 こちらの世界は日曜日。鹿屋家にすっかり馴染んだフラムはバルコニーに並んだ鉢植えに水をやり、その後ろ姿を蒼太郎が素足を凝視しながら見守っていた。時折見えるフラムの足裏に満足そうにニヤリとして頷いている。

 そんな事とはつゆ知らず水をやり終え戻って来るフラム。その服装を見て蒼太郎は疑問を抱く。

「そう言えばお前、ずっと同じ服着てるが…何着持ってるんだ? 家にいる時はくれはみたいにラフな格好すりゃいいのに」

「この服は…丈夫な繊維で出来ていてな。身を守るためにも有用でついな…」

 リュヌシエールの繊維はある程度の魔法を防ぐ効果と、毎日洗濯をしなくても干しておけば軽い汚れなら落ちてしまう優れものだ。

「おいくれは、こいつにお前の服貸してやったらどうだ?」

 同じ部屋でスマホをいじりながら寛いでいたくれはは、フラムの頭からつま先までを見てまたすぐにスマホに目を落とした。

「無理。背丈が違うし。私の服着たらへそ出るよ」

 くれはの言葉に頬を染め服の上からおへそを押さえるフラム。蒼太郎は顎に手を当ててそんなフラムに清々しいまでの変態の視線を向ける。

「なるほど…アリだな」

「ナシでしょ」

 兄妹で意見が食い違う中フラムはまだおへそを押さえたまま真っ赤な顔で立ちつくす。

「アニキの服貸してやれば? 王道でしょ」

 くれはの提案になるほどと手を打ち急いで自分の服を取りに行く蒼太郎。

「まあ、短パンなら私のでも大丈夫か」

 フラムを一瞥し、くれはも短パンを取りに自室へ戻る。おへそを押さえるフラムを置き去りに彼女のファッションショーが始まろうとしていた。

 蒼太郎がTシャツを持って来るとくれはに背中を蹴られて部屋から閉め出され、中からフラムの恥じらいの声が聞こえて来る。

「待て! こんな薄い服一枚でどうしろと⁉︎ 下も短すぎて無防備に…!」

 叫ぶフラムをよそに黙々と着替えさせるくれはが容易に想像でき、蒼太郎は腕組みをして頷く。

 しばらくしてガチャリと部屋のドアが開きくれはが顔を覗かせた。

「出来たよ」

 蒼太郎が部屋へ入るとTシャツの裾を両手で握り、短パンから覗く白い素足を内股にしてモジモジしているフラムの姿が目に飛び込んできた。

長い黒髪、赤い瞳、白い肌にブカブカのTシャツ短パン。

「似合わんな」

「似合わないね」

 今までの服装の印象が強すぎて違和感マシマシのフラムに兄妹の意見が一致する。

「だったら着せるな!」

「まあ、そのうち似合って来るでしょ」

 もっともなフラムの抗議に、くれはは元いた場所に座り直しスマホをいじりながら一仕事終えた様に言う。

「そうだな。お前にあったサイズも用意するか」

「いや! そこまでしなくてもいい!」

「え? 注文しちゃったけど」

 くれははスマホの注文完了の画面をフラムに見せつける。徐々に外堀を埋められ鹿屋家に染められていくフラムは、ヘロヘロと壁に寄りかかり天井を見上げた。

「もう…好きにしてくれ…」

 一筋の涙をホロリと流し諦めの境地に達するフラムだったが、次の瞬間その表情は一気に引き締まる。慌ててバルコニーに出るとそこから見えるフラムと蒼太郎が出会った丘を見やる。

 その様子に蒼太郎とくれはもフラムに視線を向けた。

「どうした?」

「いや…丘の方に珍しい獣が見えたのでな…後学のために少し見て来るとしよう」

 そう言うとフラムは何故か置いてあったブーツを履き、バルコニーから飛び降り丘に向かって駆け出した。

「なんだ? あいつ…」

「追っかけた方がいいんじゃない?」

「そうだな。気になるし行ってみるか」

 そう言うと蒼太郎はバルコニーに置いてあったサンダルを履き、柵に手を掛けフラムに倣って飛び降りようとするが、くれはが冷静な声をその背中に突き刺した。

「アニキはあっち」

 ドアを指差すくれはに蒼太郎も、

「おお、確かに。下はコンクリだしな。サンダルじゃ怪我するか」

 ボケながら部屋を出ていく蒼太郎と同時にくれはのスマホにメールの着信音が鳴り再び目を落とした。


 丘へとやって来たフラムは辺りを見回し様子を伺う。

「…あちらから魔力を感じるな…この冷たさ…奴か…」

 顔を顰めながら茂みの奥へと入って行くとその先の少し開けた場所に、もふもふを首に巻いた男が余裕の構えで待ち受けていた。

「やはりお前か…ネージュラス…」

 ネージュラスは胸に手を当てて恭しくお辞儀をする。

「フラム様。お迎えに上がりました。フレア様がご心配なさっておりますのでどうぞ私とお戻り下さい」

「お前の異送空間は寒い。風邪を引くからな。断らせてもらう」

「フラム様…それは余りにも心無いお言葉…さすがの私も傷つきます」

 フラムに拒絶され、余裕綽々にわざとらしく大袈裟に悲しむネージュラス。対するフラムは逆に冷や汗を流し拳を握る。

「私はフレア様より実力行使の許可も得ております。大人しく従って頂けないのであれば…」

「どうすると言うのだ…?」

 ネージュラスは灰色の瞳を鋭く光らせると、体の周りから吹雪の様な氷の渦を巻き上げ始めた。

「氷漬けの雪だるまにして連れ戻させて頂きます!」

 氷の渦を纏いながらネージュラスはとてつもない速さでフラムに向かい殴りかかる。それを受け止めたフラムの左手が一瞬にして凍りついたが、炎の魔法でそれを溶かし、逆の右手に炎を纏わせフラムもネージュラスに拳を振るう。

 その拳を氷を纏わせた右手で受け止めたネージュラス。フラムの炎によりみるみる氷が溶けていくが、逆に徐々にフラムの右手に霜が着き始め凍りついていく。

「く…!」

 フラムは飛び退きネージュラスと距離を取ろうとするが許されず、ネージュラスが更に踏み込んできて腹部へ追い討ちをされTシャツが凍る。

 思い一撃を受け腹部を押さえながら顔を顰めるフラム。

「くそ…この服は借り物でな…あまり傷付けないでもらいたいのだが…」

「おや、それは失礼しました。では素直に私と…」

「風邪薬を用意してから出直してこい!」

 足元に火球を投げ爆発させ煙を上げるとそれに紛れ距離を取り、ネージュラスを中心にその周りを駆けながら更に火球を放ち続ける。静かな丘に爆音が響き、炎と煙が立ち昇る。

攻撃の手を止める様子を伺っていると、煙の中から氷の渦を纏った無傷のネージュラスが余裕の笑みで歩み寄って来る。

「やれやれ…相変わらず…相性が悪い…」

 感心した様にフラムが呟くと、ネージュラスは氷の渦で煙と燻る炎を全て消し去り、

「お褒めに預かり光栄にございます」

 言いながら深々とお辞儀をした。

「フラム様。ここまで派手に魔法を放たれてはすぐに騒ぎになるでしょう。どうぞ私とお戻り下さい」

「悔しいが…今のままではお前には敵わない…諦める他ないか…」

 フラムが一歩ネージュラスの方へ踏み出した直後、その後ろの茂みがガサゴソと動き、その中から頭に葉っぱを乗せた蒼太郎がこの場に闖入して来た。そして見慣れた丘の風景が変わり果てている事に驚きを隠さない。

「あ? なんだこりゃ! 俺の寝床が! 丸焦げびしょびしょじゃねえかぁ!」

 頭を抱え膝から崩れ落ち絶望の絶叫をあげる蒼太郎。

そんな蒼太郎を珍獣を見る様な目で見るネージュラスに、蒼太郎もまたネージュラスに対して珍獣を見る様な視線を返す。

「ん? なんだ? あのもふもふは」

 蒼太郎はフラムに近寄りながらネージュラスに視線を向け続ける。

「おやおや…現地の方に見られてしまいましたか…」

「ネージュラス…手は出すな…いいな…」

「では、フラム様私と共に」

 ネージュラスがフラムに手を差し伸べフラムもその手を取ろうとした時、彼女の視界がぐわんと回り何事かと目を丸くして見上げるとそこには蒼太郎の横顔が見える。驚いて状況を確認するとフラムは蒼太郎にお姫様抱っこをされていた。

「お…おま…」

 フラムは顔を真っ赤にして蒼太郎の腕の中で小さくなる。

「フラム…お前あのもふもふについて行こうとしてたな?」

「ああ…奴は我が母の家臣で…私を連れ戻しに…」

 ネージュラスは蒼太郎に見下した様な視線を送りつつ丁寧に願い出る。

「そう言う事です。ですのでフラム様をこちらにお渡し下さい」

「断る!」

 鋭い眼光でネージュラスを見据え、はっきりと言い放つ蒼太郎。

そんな蒼太郎を見上げるフラムの頬はますます真っ赤になっていき、対照的にネージュラスの瞳は冷たく暗く灰色になる。

「なぜお返し願えないのでしょうか?」

 低く冷たい氷の様な声が蒼太郎に突き刺さる。

「こいつに貸した服を借りパクされたくないからだよ!」

 高く熱い声で返答し蒼太郎はネージュラスに背を向けフラムを抱えたまま茂みへと駆け込んだ。

茂みを掻き分け疾走する蒼太郎。抱えられるフラムの口の中に葉っぱが飛び込む。二人揃って葉っぱを咥えながら茂みから飛び出すと、二人揃って「ぺっ」と口から葉っぱを飛ばして、そのまま止まらず丘の坂を下って行く。

 だがそんな蒼太郎の足元につららの様な氷が突き刺さりそれに躓きかけるがなんとか体制を整えくるりと後ろへと振り向いた。

「くだらない追いかけっこは終わりです。さあ、フラム様こちらへ!」

 苛立ちを隠さず声を荒らげるネージュラスを前に、蒼太郎はフラムに尋ねる。

「お前、本当に帰りたいか?」

「いや…だがこのままではお前達に危害が及ぶ…ならば従うほか…いや…」

 フラムは何かを思いついた様に蒼太郎に視線を送り、下ろしてもらうと横に立ち叫んだ。

「蒼太郎…」低く小さな声で囁くフラム。

「なんだ…」低く小さな声で返答する蒼太郎。

「私の足を舐めろ!」

「よしきた!」

 突然のフラムの要求に、なんの躊躇いもなく即答して跪き彼女のブーツを脱がそうとする蒼太郎に、舐めろと言い放ったフラム本人が逆に驚き戸惑い足を引っ込めて蒼太郎を問いただす。

「お前! 足を舐めることになんの躊躇いも抵抗も無いのか!」

「当たり前だ! 女性に舐めろと言われて舐めなければ失礼だろう!」

 蒼太郎とフラムの夫婦漫才を目の当たりにして呆けてしまっていたネージュラスであったが、頭を降り気を取り直し掌に尖った氷塊を作り出し、それを二人に目がけて投げつける。

「いい加減にして頂きましょう!」

 氷塊が迫る中、蒼太郎はフラムのブーツを脱がせその蒸れた素足の親指を口に含み舌を這わせた。

するとフラムは恥ずかしさのあまり顔から火が出る程真っ赤になるが、次の瞬間黒髪が毛先から一瞬にして橙色に染まっていきネージュラスの氷塊は二人の数メートル前で蒸発して消えた。ネージュラスは驚きの余りたじろぎ一歩後ろへと退く。

 フラムの橙色に輝く髪は無風であるにも関わらず靡き、まるで炎の様である。

「まさか…それは…!」

 フラムは複数の火球を自身の周りに作り出し、驚愕するネージュラスに向け放つ。ネージュラスはそれを氷塊で迎撃するが一つの火球に対し五つの氷塊を消費し、迎撃が間に合わなくなり残りの火球が直撃した。

「おいおい…まさか消し炭になってないだろうな…?」

 立ち昇る炎柱を見ながらさすがに蒼太郎も敵の心配をする。

「安心しろ。手加減はした。このくらいで灰になってくれるのなら苦労はしない」

 フラムの言葉通り炎柱を氷魔法で掻き消され、顔や服が焦げたネージュラスが姿を現す。

「ネージュラスよ諦めろ。最早勝負は見えた」

「驚きました…まさかフラム様がその領域に達するとは…しかし…私も主から命を受けここまで来た身…このまま撤退しては顔向けが出来ません!」

 ネージュラスは右手を突き上げ全ての魔力を放ち、岩の様な巨大な氷塊を作り出した。

「この大きさならば、蒸発する前にそちらに届く! さあ! 受け止めきれますか⁉︎」

 そう叫ぶとフラムに目掛け氷塊を放つ。フラムの放つ熱気により溶けてはいくが、完全に蒸発はしなかった。

フラムはそれを迎撃する態勢に入るがここで自分の足元から何やら不穏な雰囲気を感じ見下ろしてみると、蒼太郎が鼻の下を伸ばしながら素足を凝視し、あまつさえ蒸れた臭いを嗅ぎとろうとまでしていた。

「蒼太郎! 何をしているんだぁ!」

 恥ずかしさのあまりその場にしゃがみ込んでしまい、ネージュラスの氷塊はフラムの頭上を通過。そのまま坂の下に向かって飛んでいく。それと同時にフラムの髪色も黒へと戻ってしまった。

「おま…お前! あれ! 下! 氷塊!」

 あまりの出来事に語彙力を失いながら指差すフラム。氷塊が飛んで行くその坂の下には、くれはとさくら二人の姿が見えた。

「くれはちゃん、急にごめんね。古本屋さんに行ったらくれはちゃんが読みたいって言ってた本があったから持って来ちゃった」

「いえ、わざわざありがとうございます。言ってくれれば取りに行きましたよ?」

 さくらは俯いてモジモジする。

蒼太郎が丘に行く際に届いたくれはへのメール。それはさくらが本を見つけくれはへと届け、そしてあわよくば蒼太郎に会えると思い送信したものだった。

「まあ、近くまで来る用事もあったし…それでその…鹿屋くんはお家に居るの…?」

「ああ…奴なら…」

 はにかみながら言うさくらにくれはは丘の上に視線を向ける。すると坂道から溶けたとはいえサッカーボール程の大きさになったネージュラスの氷塊がくれはを目掛け飛んでくるのが見えた。

くれはは慌てることもなく坂道の方を向き飛んで来た氷塊を右足で強烈に蹴り返し、何事も無かったかの様にさくらに向き直る。

「奴なら丘の上でもふもふの獣を追っかけてます。危ないのでどうぞ家の中へ」

「鹿屋くん! 動物好きなのね!」

 蒼太郎の新たな一面を知れたとウキウキ気分でくれはと共に鹿屋家へと入って行くさくらであった。

「さて…形勢逆転ですね」

 ボロボロになりながらも任務を遂行しようとするネージュラス。最早どちらにも切り札はなく、自力の差ではネージュラスに分がある。

しゃがみ込みながら迫るネージュラスを見るしかないフラムと蒼太郎。そんな二人の頭上を坂の下から登って来た氷塊が猛烈な速度で通過。そしてサッカーボール大のその氷塊は見事にネージュラスの顔面に直撃し、彼はそのまま仰向けに倒れ気絶した。

「…哀れ…もふもふ…安らかに眠れ…」

 ネージュラスに同情を寄せる蒼太郎にフラムは掴みかかり問いただす。

「いや! そんな事よりも! くれははなぜあの氷塊を蹴り返せたのだ⁉︎」

「ん? 元サッカー部だからだろう?」

「なるほど!…って納得すると思うか! あれはどう見ても…!」

 そこまで叫んだ次の瞬間、フラムの着ていたTシャツと短パンが一瞬にして灰となり、風に乗ってハラハラと散ってしまった。

フラムは蒼太郎を掴んだまま顔から火を噴き出し固まり、蒼太郎は下着姿になったフラムを見て鼻血を噴き出し悶死した。


 鹿屋家ではくれはとさくらが本の話で花を咲かせていた。

「それでね! ここで主人公は『ドーナツ状』の謎を突き止めるの!」

「なるほど…この『ドーナツ状』は所謂ドーナツ状ではなくドーナツ状と言う手紙だったと…」

 頭がこんがらがりそうになる様な話をしている所に、戦いを終えたフラムが廊下を駆け抜け蒼太郎の部屋へ。その体には蒼太郎から剥ぎ取った服を身につけている。そして新たな服を持ちまた丘へと向かった。

 それを見て当然さくらは心穏やかではいられない。

「くれはちゃん…今の人誰⁉︎ あの服…もしかして鹿屋くんの服じゃない⁉︎ どうしてこのお家に入って鹿屋くんの服を自由に出来るの⁉︎」

 ずるいと言わんばかりに詰め寄られたくれはは慌てる事なく落ち着いてもっともらしく、口から出まかせを言う。

「あれは母の友人の娘です。今はうちでホームステイして日本の文化を学んでいます。兄の服を持って行くのは丘の上で汚れたからでしょうね」

「そうだったの! さっき言ってたもふもふの動物を一緒に追いかけてたのね…羨ましい…」

「もふもふは危険なのでなるべく丘に近づかない方が良いですよ。奴とあれはフィールドワークの経験があるのでほっときましょう」

「そうね…野生動物だもんね。それにしても鹿屋くん…やっぱりすごいわ!」

 くれはが蒼太郎から遠ざけようとする程、さくらの中の蒼太郎像がますます美化されていき、少し困り顔のくれは。目をキラキラ輝かせ思いを馳せるさくらを幻滅させるのは至難の業の様だ。


 蒼太郎の服を持って丘に戻ったフラム。しかしネージュラスの姿はすでにそこには無く、丘を降りる前に茂みに突っ込んでおいたパンツ一丁の蒼太郎が伸びているだけだった。

フラムは彼の頬を引っ叩き声をかける。

「おい蒼太郎! 生きているか? 返事をしろ!」

 フラムの声とジンジンする頬の痛みで目を覚ました蒼太郎は、起き上がると何も身につけていない自分の体を見てフラムに軽蔑の視線を向ける。

「お前…寝込みを襲う趣味があったのか…俺に負けず劣らずの変態だな」

「馬鹿な事を言うな! そら! お前の着替え持って来てやったぞ。さっさと着ろ」

 投げつけられた服を受け取りそれを着込み、茂みを出て坂道を下りる蒼太郎。

「もふもふも居なくなったし帰るか」

 その後ろをついていき、暗い声でフラムが尋ねる。

「私の事…聞かないのか?」

「ん? なんか秘密でもあるのか? ああ、そう言えばさっきへその横にホクロが見えたな。それの事か!」

 無神経に言い放った蒼太郎の背中を怒りと羞恥で真っ赤になったフラムが思い切り蹴飛ばすと、そのままゴロゴロと煙を立てて坂道を転がり落ちて行く。

「全く…とんだ変態だな…」

 蒼太郎に追いついたフラムは倒れている彼を見下ろし呆れ顔で呟いた。

「もはや隠しても意味はない。先程の男や私の目的もお前に話しておこう」

「そうか。じゃあ聞いておこうか」

 服についた土を払いながら蒼太郎はフラムに笑顔を見せた。

 木陰に移動すると蒼太郎は木にもたれ掛かり、フラムは座って話し始める。

「私はこことは違う世界リュヌシエールから、願いの紅玉を回収しにやって来た。これは二十年前、願いの紅玉により引き起こされた戦が終わった後、リュヌシエールで二度同じ悲劇を繰り返さない様、魔法も魔力もないこちらの世界で管理するため我が母の友人が持ち込んだ物だ」

「はた迷惑な戦だな」

「うむ…願いの紅玉はその名の通りどんな願いも叶える物で、使用者の願いを糧に活性化する。最初は休眠状態で少しの魔力で目覚め、その後は些細な願いを叶えていき徐々に紅玉の力が強まる。そして最大限に活性化すると世界を変える程の願いまで叶うのだ。だが、最大限の力で最大限の願いを叶えた者は代償として心を紅玉に喰らい尽くされそのまま死に至る。そうなると紅玉は活力を失い一応は無害化してまた休眠状態となる。その隙にこちらの世界へ持ち込んだ訳だ」

「はた迷惑だが夢のある石だ」

 蒼太郎の言葉にフラムは首を振る。

「そう…だからこそ人は紅玉を求め、だからこそ恐ろしいのだ。人の欲望は底知れない。もし魔法のないこちらの世界で最大に活性化してしまうと対策のしようがない。私は紅玉を持ち帰りリュヌシエールで管理すべきだと思い至ったのだが…母が反対してな。それで私を連れ戻すため先程のもふもふを送り込んできた様だ」

「なるほど。それで見つけるアテはあるのか?」

「紅玉の微小な魔力は感じるのだが、その魔力が撹乱されて場所が特定出来ない。あり得ないとは思うが、紅玉が目覚めていてその辺に転がっていたと居たら少しずつ願いを叶え活性化していってしまうからな…早く見つけたいのだが…魔力の撹乱は母の友人の仕業なのか…?」

「まあよくわからんが、お前やもふもふみたいにこっちに来る奴も居るんだ。その位の対策はするだろ」

「確かに…だがそのお陰で手詰まりでな…お前の家に厄介をかける事になってしまった」

「気にすることはない。くれはや母もお前が来て楽しそうだ。俺もお前の足を毎日ありがたく拝ませてもらっているぞ」

 フラムは頬を染め足をキュッと閉じて蒼太郎を睨みつける。

「お前のそう言う所がいかんのだ! よくもまあ今まで無事に生きてこられたものだ! ともすれば女性にボロボロにされているぞ!」

「何を言う! 俺も節操は持ち合わせているぞ! 誰かれ無しに足を求めている訳ではない!」

 力強く演説する蒼太郎の言葉を噛み砕きその意味にますます頬を染めていくフラム。

「そ…それはつまり…私の足だからこそ凝視すると…言うことか…⁉︎」

 恥ずかしそうにはにかみ、座りながら少し嬉しそうに体を揺らすフラム。

「いや! 積極的に見せてくれるなら全ての女性の足を凝視する! それが礼儀である!」

 蒼太郎は地面にその首が埋まるほどの猛烈な力で頭部を殴りつけられた。

「バカ!」

 一言大声で叫ぶとドスドスと怒りの足音を立てて、埋まったままの蒼太郎を残しフラムは坂道を下りて行った。


 フラムが家の前まで来ると調子さくらがお暇しようとしている所だった。

さくらがフラムに気付き軽く会釈する。

「あ…どうも…」

「ああ…どうも…」

 さくらとフラムは言葉少なにそれだけ言うとお互い顔を見合わせ黙り込む。

フラムは先日の学校でのくれはとの会話でさくらが蒼太郎に好意を持っている事を知っているため黙り、さくらは天然の勘でフラムが恋敵だと感じ取り黙り込んだのだ。

 二人を見てくれはは手をパチンと叩いて正気を取り戻させる。

「お互い自己紹介すればどうですか?」

 くれはの提案にフラムがさくらに握手を求め手を差し出す。

「そうだな…私はフラム・リュビ・フラム…宜しく…」

 フラムの手を取りさくらも自己紹介をする。

「私は佐倉さくら…宜しくお願いします…」

 お互い視線をぶつけ火花が散るのが見える様である。

「あなたも名前と名字が同じなのね…」

「そうだな…似た者同士…といったところか?」

 不適な笑みを交わしあう二人、それを無表情で見つめるくれは。そしてそこへ顔を土だらけにした蒼太郎が丘から戻って来た。

「いやー…丘の土は肥沃だぜ!」

「鹿屋くん!」

 敵対モードから瞬時に憧れモードへと切り替わるさくらと、蒼太郎に冷ややかな視線を送るフラム。

「ん? 佐倉さん? なんでうちに?」

「あのね…私くれはちゃんに本を持って来てね…あ! 鹿屋くんも読む⁉︎ これ私のおすすめ! ドーナツ盤のドーナツ状!」

 さくらはトートバッグから取り出した本を蒼太郎に押し付けた。

「じゃあね! また明日学校で!」

 蒼太郎に会えた事でフラムの事など忘れ、るんるん気分で帰って行くさくらの背中を見送る三人。くれはは息をつき、フラムは睨みつけ、蒼太郎は呆気に取られていた。

「えー…この本どうすりゃいいんだ?」

 本を持って途方に暮れる蒼太郎にくれはが、

「ドーナツ状は手紙」

 ネタバレしながら家の中へ戻って行く。

「了解。つまりレコードが手紙だな」

 さくらに感想を聞かれた時の対策を立てながら家の中に戻る蒼太郎。

「ドーナツにもドーナツ状になってない物もあるぞ」

 ドーナツの種類を教えながら家の中へ戻るフラム。

 ドーナツの言葉が飛び交い三者三様の反応をしながら家へと戻り、この日の騒動は終息するのだった。

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