第61話 ご縁
この家庭は、美千子さんが支えているのだなと思った。
美千子さんが微笑んでいるだけで、家の空気が和らぐ。いい家庭なのだろう。
渡したお札はちゃんとリビングにある神棚に貼られていた。
鍋焼きうどんを家族分と私の分も作る。
仁には鯖の缶詰で我慢してもらった。
六時半を過ぎると、金一さんが帰っていらした。仕事を早く切り上げてきたという。
美千子さんの回復ぶりに大層喜び、みんなで四人がけのテーブルに座り食卓を囲む。
「えー、千福様、仁様、このたびは本当にありがとうございました」
食事前に金一さんはそう言う。
「お父さんかしこまっちゃって」
「だって家に神様がおられるんだぞ。緊張するんだ、こっちだって」
「確かにそうだけど」
「頂きましょう」
私は言って手を合わせて箸を持つ。するとみんな食べ始めた。ご家族は他愛のない会話をしておられる。家庭に笑顔が戻っている。美穂さんと金一さんから、安堵の気持ちを感じ取れる。
「千福様、二度も私の家族をお助け頂いたのに、たいしたおもてなしもできずにに申し訳ありません」
「お気になさらず」
「千福様はどちらの神社の神様でいらっしゃいますか」
ああ。いつか同じような質問をされたな。
私は人間から生まれた神であること、まだ社を持っていないことを些細に話す。
「人間・・・・・・その静子さんというかたがあなたを誕生させたのですか」
「はい。静子様の熱心な祈りと願いから私は生まれました。彼女はついこの前事故に遭ってしまって、危篤状態から奇跡的に助かったのですがまだまだ心配なことも多く」
「え、ごめん。そんな大事なときに呼んじゃって」
美穂さんが身を乗り出した。
「助けを求められれば助けに参るのが仕事です。ですが、静子様を幸せにしたいとも常々感じています。ただ静子様にとっての幸せがなにか掴めそうでわからず・・・・・・」
静子様の生い立ちを話す。
すると家族は少し同情的になり、やがて金一さんが閃いたように言った。
「その静子さんは、いくつくらいですか」
「三十五です」
「なら、こんなにいい話はない」
金一さんがスマホを取り出すと、誰かに電話をかけた。
三十分ほどして、家のチャイムが鳴って、一人のスーツ姿の男性がやって来る。
中肉中背で身長が百七十五センチ以上ありそうな物静かな感じの人だ。
状況が飲み込めていないのか立ち尽くしている。
「うちの弟です。すぐ近くに住んでいるんですよ。三十八歳でまだ独身のサラリーマン。末廣銀次といいます」
そんな風に私に紹介をしながら、椅子を用意し銀次さんを座らせる。
「兄さん、急になに」
金一さんが私を紹介すると、銀次さんは一瞬ぎょっとした顔で私を見てなぜか両手を合わせて拝み出す。やめて下さいと言ってもやめない。
「こちらの神様にも神様がいらっしゃる。なんと人間の女性で、三十五歳。小網静子さんというそうだ」
「はぁ、それがなにか」
「ああ、鈍いなぁ、お前は」
二人の会話を冷静に聞き、金一さんは静子様とのご縁を取り持とうとして下さっているのだと察する。
静子様、銀次さんのご意思もあるけれど、私がこの縁を結ぶことができたらもしかしたら神として成長できるかもしれない。
「どうだ? 幸福神が我が家にはついていて味方になって下さっている。その生みの親がいらっしゃるんだ。一度お会いしてみるのはどうだ」
銀次さんに言ってから、金一さんは私に向き直る。
「そちらのご都合もあるでしょうが、一度こいつを静子さんに会わせてやっては下さいませんか。こいつは不器用なところもありますが、誠実でいいやつです。段取りが決まれば、いい店を紹介しますので」
「待って。ちょっと待って、そんな急に」
私は銀次さんに意識を集中させた。どんなかたか見定めようと考えたのだ。
確かに誠実で思いやりに溢れた心を持っている。人当たりも良さそうだ。静子様が誰かと幸せになるのなら、きっとこのかただ。
なんだろう。なぜわかるのだろう。
自分でも不思議だった。縁結びの神様が、お参りに来た人の縁を繋いだり切ったりするように、悪縁、良縁を見通せる力というのがまた私にも備わっていたのかもしれない。
「静子様の体調はまだ戻っていませんのですぐにというわけにはいきませんが、話は通してみます」
「兄さん待って。僕はまだなにも」
銀次さんは慌てたように言う。
「でも、お会いしてみたいだろう。お前もいつまでもこのままというわけにもいかない。それに興味があるという顔をしているぞ」
金一さんはニヤリと笑う。
「ご縁は大事ですよ」
美千子さんもそう口を挟む。すると銀次さんは頭を掻いた。
「それは、まあ。女性のほとんどいない職場だし、僕だって家庭を持ちたいですが、そんな急に話を振られても心の準備ができていません・・・・・・」
トクさんの言った、心底安心できる環境がこの一族にはある気配がする。
だから美穂さんも素直な子に育った。魔を寄せつける欠点はあるけれど、私がもっと成長して魔を払いのけられるようになればいい。
この親族に静子様を任せてみるのも悪くはないかもしれない。もちろん静子様のご意向も大切だけれど、一度二人を会わせてみよう。
「静子様の電話番号を教えます」
この縁談に乗ることにして、紙に電話番号を書いた。番号を教えただけで緊張したのか、銀次さんのお顔は強張っている。帰ったら静子様に話をつけてみよう。
「お、お会いするだけなら・・・・・・」
銀次さんも私にスマホの番号とアドレスを書いた紙を渡す。
「大事に持って帰りますね」
笑うと、銀次さんは頭を下げた。
ここへ来たのは、ひょっとしたらご縁を頂くためだったのかもしれない。




