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僕たちの歌

「ただいま戻りました。」


 家に帰ると父がネコに餌付けをしていた。

 タンクトップ一枚で床に這いつくばっている。


「トゥッコネリ、トゥッコネリ。

 デーラ……マイラ。」


 歌うように何か呪文のような言葉を口遊むと、メフィは片腕を伸ばす。

 ネコはチロチロと舌を出して、差し出されたオヤツを食べていた。


「何してるんですか……父さん。」

「おお、帰ってきてたのか。」


 メフィは体を起こすと、ニバリスに笑いかける。


「トゥッコネリにオヤツをあげてたのだ。」


「トゥッコネリ?」

「猫の名前だ。ネコでは可哀想だろう。」


「にゃおん。」


 迷子猫として近くに張り出しているが、この猫の飼い主は一向に現れない。

 トゥッコネリという名前を転がすように口遊みながら、メフィは猫を撫でた。


「どういう意味ですか?」


 ニバリスやウルツカ、ネイドの名前といい。

 この国では聞き慣れない名前だ。

 だから意味は父に聞かないとわからない。

 ちなみにニバリスはオリーブの枝という意味だった。


「木のこぶ(・・)だ。それっぽい色をしてるだろう?」

「なかなか名付けのセンスがないですね。」


 ニバリスは肩を竦める。

 するとメフィは何気ない様子で聞いてきた。


「お前のところに変な記者来なかったか?」


 ニバリスは朝の記者を思い浮かべた。

 父と母に迷惑はかけたくなかったが、こういう事は素直に言った方がいいだろう。


「やはりか、実は俺のところにも。

 最近へんな女も見かけるし、住所がどこかで晒されたかもな。」


 またか……とニバリスは思う。

 あと何度引っ越しをすればいいのだろう。

 そんな事を考えていると、テーブルの上に置いてある新聞の下に雑誌が置いてあるのが見えた。


 そっと手を伸ばして表紙を見てみる。

 ヴァリスの写真集だった。


「父さん……。」


 ニバリスはメフィに声をかける。

 メフィは、ギクリとした顔をして写真集を新聞紙で隠した。


「ヴァリスのことが気になるんですか?」

「……そ、そんなことない。」

「言ってくれれば連絡くらい取るんですよ。」


 返信がろくに来ることはないが、着信拒否はされてない。

 父さんが気にかけてると言えば、流石のヴァリスも帰ってくるだろう。


 ヴァリスは有名ブランドのオーナーで、モデルをしている。

 目立つなというルールを一ミリも守らなかった次男だ。

 最近は異星展開もしているらしい。

 幅広い男だとニバリスは思う。


「ところで母さんは?」

「学校からの呼び出しだ。」


 メフィがため息を吐く。


「ウルツカとネイドは学校じゃない方がいいのかもな。」


 もう八歳になるというのに、癇癪が止まらない。

 他の児童に手をあげたり、悪戯で呼び出されることはしょっちゅうだった。


 今回は学童会の歌の練習中に暴れ出したらしい、意味がわからないと思ったが末弟らしいなとニバリスは考える。


 コツコツと足音が外から聞こえてきた。

 トゥッコネリも反応して、外を見る。

 

「ただいま。」


 玄関ドアが開く音がしてテスが帰ってきた。

 しょぼくれた双子を傍に抱えて、足で器用にドアを開ける。


「おかえりなさい。」

 

「もー、大変でした!

 私あと何回学校に行けばいいんですかぁ?」


「悪いな、テス。」

「メフィ、ほんと……ジム行く暇あるんだったら代わってください。」


 双子は指しゃぶりをしながらクスンと泣いていたが、本当に泣きたいのは母だと思った。


「ウルツカ、ネイド。なんで暴れちゃったんだ?」


 ニバリスが降ろされた双子に近づいて尋ねる。

 しばし間があって、ウルツカは答えた。


「僕たちの歌……気持ち悪いって。」


 それだけだった。

 ニバリスは頭を抱える。

 家ではこんなに大人しいのに、外に出ると凶暴なヒグマのように変わるのが理解できなかった。


「頭おかしくなるって言われた。」

「そうか、嫌だったね。」


 ニバリスは黙ってウルツカを抱きしめる。

 ネイドも真似をしてニバリスを抱きしめた。

 実は全くネイドは懲りてないんじゃないかとニバリスは疑う。


「とりあえず顔洗ってこい。

 ニバリスで顔を拭くな、ウルツカ。」


 メフィがウルツカを持ち上げる。

 気がつけばニバリスの服は、涙と鼻水でベとべとだ。

 やられた……と思いつつも、ニバリスは口の中に柔くて優しい味が広がっていくのがわかった。

 それが弟たちの涙の味だと気づいて、ニバリスは一瞬黙ってしまう。


 テスはそれを見ると、何かを察したようにニバリスの頭を叩く。


「いたっ!」

「ニバリス、あなたも顔洗ってきなさい。」


「なんで俺まで。」


 テスが強く言うと、折れるしかないと悟ったニバリスは顔を洗いにいく。

 ついでに服を洗濯に出して、部屋着に着替えた。

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