兄の味
寝る前にニバリスは先ほどの味を、思い出す。
優しくて柔らかい味。
「美味かった……?」
もっと味わいたいと思ってしまったのは、おかしくなってるのだろうか。
でも今は、双子を弟として見れそうになかった。
*
「仕事っ……!」
ニバリスは勢いよく目が覚めた。
仕事の時間だ。急がなくては。
と、思ったところで気づく。
今日は休日だ。
「ふぁ……ああ、母さんも起きてないのか。」
誰も起きてない家の中は静かだ、と思ったが。
トゥッコネリがミャアミャアと扉の前で鳴いている。
朝ごはんが遅れてしまっていた。
「ごめんよ、トゥッコネリ。」
餌皿に餌を入れて出すとガツガツと食べ始める。
その姿を見ながらニバリスは、朝食の支度をすることにした。
リリン。
そんなとき家のベルが鳴る。
こんな時間に誰だろうと思ったが、素直に出ることにした。
覗き穴を覗き込んでみたが、真っ暗で見えない。
不審に思って恐る恐るドアを開けると、先日の記者がいた。
「こんにちは。」
「っ!」
急いでドアを閉めようとするが、また足を挟まれる。
ニバリスは迂闊にドアを開けた事を悔やんだ。
「今日もちょっと質問をさせて貰えたらと思いまして。」
「しつこいな!」
「いえいえ、お時間は取らせませんよ。」
記者が無理矢理、体を滑り込ませようとしてくる。
そのときだった。
「アンタ迷惑だな。」
低い声が響く。
玄関で押し問答している二人を影が覆う。
ニバリスが視線を上げると、青と黄色の髪をした厚化粧の男が立っていた。
「ヴァリス!」
ニバリスが思わず声を上げる。
記者が振り向くと、その体をひょいと持ち上げてヴァリスは放り投げた。
「実家まで押しかけてくるとか、おかしい。
何度も言ってるけど、俺に関する噂ぜんぶデマだし。」
ヴァリスはヒールをカンと鳴らす。
「これ以上、変な話広げるってなら業務妨害で訴えてもいいんだぜ。」
記者は突然現れたヴァリスに、驚きとか全部忘れて見惚れているようだった。
しかし、ハッとした様子で答える。
「それは脅しだ!」
「ああ、脅しだよ?とにかくこれ以上、迷惑かけるなら訴えるから。じゃあな。」
そう言ってヴァリスは家に入り込むと扉を閉めた。
ニバリスはドキドキとしていた。
ヴァリスが帰ってくるのは何年振りだろう。
一体どうして?
強い香水の匂いが鼻につく。
「よ、ニバリス。」
無表情のままヴァリスはニバリス言う。
髪を彼は掬ったが、彼は耳の代わりに、棘のついた水色のヒレがある。
ニバリスたちと同じように明らかにこの国の……いやこの星の人間ではない風貌だった。
「帰って来るなら一言くらい。」
「……猫、いつから飼ってたんだ?」
ヴァリスが靴を脱いで上がり込む。
床を滑るようにトゥッコネリが逃げていった。
「保護猫だよ。」
「ふぅん、アルバーおいで。」
ヴァリスは好きな名前で猫を呼ぶと、ちちちと舌を鳴らす。
相変わらずマイペースなその様子にニバリスは安堵した。
「母さんたちは?」
「起こして来る。」
扉を叩くとしばらくして、ボサボサ頭のテスとピッと髪を整えたメフィが出て来る。
そしてヴァリスを見ると、二人とも目を白黒させて彼を二度見するのだった。
「なんて格好……いえ、なんでここにいるんですかヴァリス。」
テスは眉に皺を寄せているが、恐らく怒ってはいない。
その証拠にちょっとだけ口元が緩んでいる。
ヴァリスはなんとなく、とだけ答えると部屋を舐め回すように見つめた。
「汚いな。」
「物が多いだけです。片付いてます。」
テスがムッとして言い返す。
やがて双子たちも起きてきて、部屋の中にいるヴァリスを見るとビクリと固まって動かなくなった。
「ウルツカ、ネイド。久しぶりだな。」
「知らないおじさんがいる。」
「お母様……。」
ウルツカとネイドは逃げるように、テスの後ろに隠れると出てこない。
「嫌われたな。」
「そりゃ……ウルツカとネイドが二歳くらいのときに家を出ていったから。ヴァリスのこと覚えてないんだ。
俺のことも会うまですっかり忘れてたよ。」
「そうか。」
「……まずお前は化粧を落としてきたらどうだ?
臭くて敵わんぞ。」
メフィが洗面所を指差す。
ヴァリスは肩を竦めると洗面所に向かった。
その背中を見て、ニバリスは思う。
――ヴァリスはどんな味がするんだろう。




