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甘いものの食べ方

 目が覚めると妙に頭がスッキリとしていた。

 ニバリスは、自分の手を翳して動かす。

 なんだか生まれ変わったような気分だ。


 涼やかな気持ちで、ベッドから身を起こす。

 ――お腹が空いた。

 けれど扉の外から香る晩御飯の匂いには興味がない。


 もう一度、食べたいと思った。

 昼間味わった、あの甘さを。


「……なんで、こんなに楽なんだ。」


 何かが抜け落ちたようにも感じるが、ニバリスにはわからない。

 とにかく今はお腹を満たすことが先決だった。


 扉を開ける。

 眩しい光が目を刺した。


「起きたか、ニバリス。」


 父の声が聞こえて反射的に頷く。

 両親を視認するより早く、自分の口から甘えた声が出るのがわかった。


「ごはん、ほしい。」


 とろんとした瞳でニバリスは言う。

 テスは、一瞬目を瞬かせたが次の瞬間にはニコッと微笑んで、何かを作るのが見えた。


「ちょっと我慢してくださいねぇ。」


「はやく、ママ。」


 ウルツカとネイドがびっくりした顔でこちらを見てるのがわかったが、そんなこと関係なかった。

 テスが自室に戻ってしばらくすると白い瓶を抱えて戻ってくるのが見えた。

 ニバリスは甘い香りのするそれに、目が釘付けになる。


 鍋に、とろみのある液体を入れるとしばらく煮込んで、盛り付ける。


 ニバリスはもう待てなかった。

 テスが、スプーンで粥を運ぶのが見えた瞬間。

 しゃぶりついた。


 口の中に甘さが広がる。

 それは昼間味わった甘さと同じだった。


 舌で味わいながら擦りとっていく。

 不思議な一致に疑問を持たず、ニバリスは平らげると、次の一口を待つ。

 テスが苦笑しながら、スプーンを運ぶのが見えた。


 そうして何回かやり取りを繰り返すうちに、段々と腹が満たされて正気に戻る。


 ――自分は今何をしていた?


 ハッとした瞬間、唇にスプーンが押しつけられた。

 母がぐにぐにと押し付けて遊んでいる。

 ニバリスは顔がカァっと熱くなると、スプーンをひったくって自分で食べ始めた。


「えらいえらい、自分で食べられるんでしゅねぇ。」

「う、うるさいです!」


 揶揄う声が聞こえて、ニバリスは頬を赤くする。

 潤んだ瞳のまま、ちびちびと粥を食べて食器を片付けた。



 部屋に戻った後、自身の奇行について頭を悩ませる。

 あれじゃまるで完全に赤子のようだ。

 ニバリスは枕に顔を埋める。

 けれど口は勝手に、先ほどの味を追い求めて動いていた。


 あの甘い瓶ごと飲みたい。

 ニバリスはそう思う。


 *


「イヤード、今日は大丈夫なのか?」

「はい、大丈夫です。」


 ニバリスが会社に行って開口一番に聞かれた言葉はそれだった。

 彼は微笑んで、業務に戻るが専務の様子がおかしい。

 なぜだか一瞬、ニバリスの方を見ていたような気がする。

 視線が外れない。


 チラリと流し目で見ると、ドキッとしたように専務は肩を跳ねてそれから頭を振った。


 朝から道ゆく人がこんな様子だ。


「なんか……今日のイヤードさん。」


 ヒソヒソと女性社員が話してるのが聞こえた。

 甘い味が僅かに広がる。

 もっと欲しい。

 ニコッと微笑んでみた。

 強烈な甘さが広がる。


 なんだ、人間って単純だ。


 ニバリスはなんだか世界の中心が、自分になったみたいに感じた。

 微笑めば、甘くなる。

 突き放せば、苦くなる。


 段々と仕組みが見えてきて、耳も上機嫌にぴこぴこと動く。


 そのまま就業まで仕事をして帰ると、家の前に黒い影があった。

 それはカメラを持って、ウロウロしている。


 嫌な予感を覚えつつ、ニバリスが家に入ろうとすると話しかけられた。


「イヤードさんですね?」


 ……ニバリスがこの世で一番嫌いな人種だった。

 今ならハッキリとわかる。

 こちらを食い物にしようと、奴らは息巻いている。

 吐き気を催す味だ。


「いやぁ、君のお兄さん売れてますね。

 そのことで質問があって。」


 ニバリスが構わずに家のドアを開けて、閉めようとすると足を突っ込んでくる。

 警察を呼びたい気分だった。


 すると家の奥から足音が聞こえてきて、母が物凄い形相で近づいてくる。

 週刊記者の足を蹴り上げると、乱暴にドアを閉めて鍵をかけた。


「おかえりニバリス。」


 テスは何事もなかったかのような、良い笑顔で迎える。


「ただいま、母さん。」


 ニバリスも慣れたもので、何もなかったかのように返事をした。

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