家族だけが静か
「おぇえ!」
ニバリスは幾度目かわからない嗚咽に苦しんだ。
目が覚めてからというものの、全てが強烈に臭い。
臭いというのは比喩だ。
実際は感じすぎるのだ。
なにもかも。
まるで他人の心がわかるかのように色がなだれ込んでくる。
扉の隙間から入り込んだ猫が、心配そうにこちらを見た。
藍色のどんよりとした何かがぶつかってくる。
それだけでニバリスは吐きそうだった。
「お兄様どうしちゃったの?」
扉の外でウルツカが泣いている。
大丈夫だと言いたかったがその余裕がない。
「大丈夫ですよ。さ、あっち行った。」
テスがウルツカを扉から遠ざける。
そしてそのまま部屋に入ってきた。
「お粥なら食べられますかね。」
足で扉を閉めると、ニバリスの近くにお粥を運ぶ。
そして口元にスプーンを運ぶと、一口食べさせた。
「ん。」
「胃がびっくりしちゃいましたかね。」
ニバリスはゆっくりと食べると、二口目を自分で食べる。
いつも風邪のときに出される粥と違って、とろとろとしていて甘かった。
だが、今はそれが美味しい。
「……おいしいです。」
「よかった。ゆっくり食べてくださいね。」
そう言ってテスは出てく。
ついでに猫も回収したので部屋にはニバリス一人だ。
ニバリスは自身に起きた変化についていけてなかった。
アレクロミシアにあったせいなのかそれは定かでない。
だが無関係とは言えそうにない。
……戻れそうになかった。
*
「お兄様が病気になっちゃったぁ!」
ウルツカがワンワンと泣く。
扉の先にいるニバリスを心配して離れようとしない。
これで三日目だった。
外出自粛もそろそろ解かれようとしてるというのに、一向に出て来ないニバリスを心配して双子に落ち着きがない。
テスは参ったなぁと言ってみた。
「……本当に大丈夫なのか?」
メフィも心配なのかやたら同じ質問を繰り返してくる。
テスはひたすらに家族を宥め続けていた。
「ネコも大丈夫だといってるにゃん。」
保護した猫の“ネコ”を抱えてテスは言う。
メフィはその名を聞くたびに呆れて質問をしていた。
「……本当にその名前なのか?」
「にゃん。」
そんなやり取りをしていると部屋のドアが開いて、ニバリスが出てきた。
「ニバリス!」
メフィがすぐに駆け寄る。
ニバリスは虚な目で一言溢した。
「……おなかすいた。」
「お粥まだありますよー。」
「うん。」
瞼を擦りながらニバリスはお粥の元へと向かっていく。
テスにはそれが赤ちゃんのように見えて、可愛くてしょうがない。
離乳食を食べさせるみたいにエプロンを付けて、椅子に座らせようとしたらニバリスに少し怒られた。
仕方ないだろう我々にとって子どもは貴重なのだ。
「母さん、見られてると食べにくいです。」
テスはニコリと笑うと席を外す。
ニバリスは、家族だけ色が見えないことに気づいた。
様々な音や感覚がうるさい中で唯一静かだ。
入れ替わるようにメフィが席に座った。
ぴこぴこと耳を動かしてテレビを見ているが、これは恐らく自分を見ているとニバリスは思った。
「……父さん、食べにくいです。」
「なに?顎の力が弱っているのか。」
「見ないでください。」
ニバリスの言葉にわざとズレた答えを返すメフィ。
鬱陶しく思いながらもニバリスは愛されているのを自覚した。




