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「……そこまでだ。」


 低い声が、森の奥から落ちた。


 誰も振り向けない。

 ニバリスだけが、ごはんを抱えたまま顔を上げる。


 木々の間に、メフィが立っていた。


 その横でラドウィンが、血の匂いのする空気を一度だけ吸う。

 眉ひとつ動かさない。


「遅かったか。」


 その言葉に、ヴァリスが崩れたまま顔を上げる。


「遅かった、じゃないだろ……!」


 メフィは何も言わなかった。

 ただ、ニバリスだけを見ていた。


「何をしている。」


 鋭い言葉にニバリスは肩を震わせる。

 続いて口から言葉を捻り出した。


「ごはん……たべてたの。

 そしたらデリスが、ぶった。」


 言いながら涙が溢れてくる。

 パパが怖い顔をしてる。

 もっと涙が溢れた。


「おなか……すいてるだけなの。」

 

 その様子を見ていたラドウィンが口を開く。


「違う、腹が減ってるわけじゃない。

 お前は混乱して噛んでるだけだ。」


 ニバリスは責められてる気分になった。

 逃げ場はどこにもない。

 ただ、視線だけが突き刺さる。

 ……良くないことをしたのかもしれない。

 そう思うとさらに背筋が冷えた。


「戻るぞニバリス。」


 メフィが近づいてくる。

 体が固まった。

 ごはんをとられる。

 それは――。


「いやっ!」


 強く頭を振った。

 ごはんに顔を埋める。

 甘い香りが鼻を刺した。


「……。」


 メフィの手がニバリスの肩に触れる。

 力強く握られた。

 痛い。


「顔を上げろ。」


 怒ってる。

 ニバリスは顔を上げない。

 もう一度、メフィは息を吸って言った。


「顔を、上げろ。」


 たぶん、これが本当に怒る最後のラインだ。

 ニバリスは恐る恐る顔を上げる。

 半分伏せたまま父を見た。

 メフィの金髪が、僅かにニバリスと同じ若草色に染まっていく。


「行くぞ。」


 有無を言わせないその言葉に、ニバリスは動いた。

 そうしなければならなかった。

 ごはんを持っていこうとして、父に睨まれる。


「置いていけ。」


 ニバリスの腕に力が入る。

 やだ。

 それはやだ。

 置いたら、自分のものじゃなくなる。


「……いや。」

「置け。」


 短い声だった。

 ニバリスは肩を震わせる。


 父の目が、知らない色をしていた。


「それを持ったまま帰ることは許さない。」


 なんで?

 ひっくと、喉が震えた。

 涙が止まらない。

 まだ、こんなに美味しそうなのに。


 けれど。


 父が見ている。


「……っ。」


 ニバリスは、ゆっくりと腕をほどいた。

 デリスが動いた。

 何か言おうと口を開く。


「待て、まだ言うな。」


 ラドウィンがデリスを制した。


「今は言葉を増やすな。崩れる。」


 それでデリスは渋々引き下がったが、ニバリスを見る目は冷たかった。

 視線が、痛い。

 その横で、誰かが“ごはん”を持ち上げた気配がした。

 見ないようにする。

 見たら、戻れなくなる気がした。


 メフィは何も言わない。

 それが、いちばん重かった。

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