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選んだもの

 塔に戻ると食事の匂いがした。

 出来たてのシチューが並んでいる。

 普段なら美味しそうだと思ったはずだ。


 けれど……今はなんの興味も湧かない。


 ニバリスは食卓につかされた。

 柔らかい白パンが配られる。

 デリスやヴァリスも同じ食卓についた。


 全員が揃ったところでテスが挨拶をする。


「いただきます。」


 各々、同じ言葉を繰り返すとスプーンを持つ。

 ニバリスはパンを一欠片つまむ。

 ふわふわの触感、それがそのまま口に入る。

 けれどなんの味もしなかった。

 パサついた無味の何か。


 シチューにも手を付けてみる。

 けれどそれも熱さだけある液体だった。


 ……不味い。


「……。」


 カチャンと食器を置く。

 それをテスは横目で見ていた。


 けれどすぐに、何事もなかったようにパンをちぎった。


 ウルツカとネイドが顔を見合わせる。

 声は出さない。


 ヴァリスは何も見ないフリをしていた。

 けれどスプーンを持つ手が、わずかに止まっている。


「ニバリス。」


 テスの静かな声だった。


「ちゃんと食べなさい。」


 優しい声色なのに、逃げ場がない。

 ニバリスは視線を落とした。


 結局、晩飯は半分も食べれなかった。

 どうしてもあの味が忘れられない。

 ニバリスは皆が寝静まった深夜、こっそりと部屋を抜け出した。

 塔の外へ出ようとしたところで、背後から声がかかる。


「こんな夜更けにどうしたのです?」


 びくりと肩が跳ねる。

 テスだった。


「お腹、空きましたか?」


 穏やかな声だ。

 ニバリスは答えられない。

 代わりに喉が鳴る。


 その音を聞いてテスは、小さく息を吐く。


「そうですか……。」


 少しだけ間を置いてから言った。


「ニバリス。」


 名前を呼ばれる。


「食べ方を、選びなさい。」


 優しい声に、追い詰められたようだった。

 ニバリスは指先が熱くなる。

 どう答えれば、いいのだろう。


「……わかんない。」


 小さな声で呟く。


「わかりません、母さん。」

「じゃあ、わかるまで食べないでいましょう。」


 テスは一歩だけ近づく。

 ニバリスの前髪を払った。

 一瞬だけ、テスの瞳が赤と青の双眸に見えた。


 逃げられない、と思う。

 食べるか、食べないかじゃない。


 ――どっちになるかを、決めさせられている。

 

 きっとこれが最後だった。

 扉の向こうは青い月が照らしている。

 けれど、昼間の赤が鮮烈に残る。


 後ろにはテスがいる。

 暖かな家族が。


 ニバリスは選んだ。

 指先がドアノブにかかる。


 ――俺は。


 *


「ぎゃー!寝坊ですー!」


 テスは黒髪をボサボサにしながら叫ぶ。

 もう日は昇って、朝ごはんの支度には遅いくらいだった。


「メフィー!もう朝です。起きるですよ。」


 ぼふぼふと枕を叩いて、横で眠るメフィを起こす。

 その寝顔にテスは見惚れそうになって、我に返った。


「……ん?いや、別に今は遅刻の心配もないし、急ぐ必要ないのでは?」


 そう言ってテスはゆっくりとネグリジェを脱いで着替えた。

 今日は青の猫の服にしよう。

 テスは適当に服を選んで居間に出た。


「にゃあん。」


 寄ってきた猫が足元で鳴く。

 結局、家族全員に押し切られて名前はトゥッコネリになった。


「ご飯はもう食べましたか?」

「うにゃー。」


 すりすりとトゥッコネリは体を押し付けた。


「おっそいよ、テルファトスー。」


 ソファの上でイッシュが文句を言うのが聞こえた。

 どうせコイツも遅く起きてきたくせに。

 テスは腹が立つのを抑えて、テーブルを見る。

 朝食が用意されていた。


「ラドウィンが作ってくれたんですか?」

「ん?違うよー。」


 厨房の奥から足音が聞こえる。

 テスがそこを振り向くとニバリスが立っていた。


「おはようございます、母さん。

 誰も起きてこないので朝食作っておきました。」


 爽やかな笑顔でそう言う。

 テスは目を丸くした後、笑った。


 外に続く扉は、閉まっていた。


「すまん、寝坊した。」

「むにゃむにゃ……もうご飯は食べれないですよぅ。」


 ラドウィンと半分寝たままのルイックが、部屋から出てくる。

 デリスにヴァリス、双子たちも起こされて食卓についた。


 メフィが最後に起きてきてニバリスを見た。


「おはよう。」

「おはようございます、父さん。」


 全員が揃ったところで食事の挨拶が響く。

 ニバリスが言う。


「いただきます。」


 今日という一日は始まったばかりだ。


 パンを口に運ぶ。

 味は、なかった。

 けれど。


 ほんの少しだけ、甘かった。

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