⭐︎たべかた
デリスとヴァリスは、テスに呼びつけられてどこかに行っていた。
おそらく散歩だろう。
メフィも出かけていて、いない。
双子はお昼寝の時間だ。
ラドウィンはイッシュを連れて、一番丈夫そうな扉の奥に消えてしまった。
その際、イッシュはこの世の全てが終わった顔をしていたが関係ない。
つまり、居間にはニバリスとルイック……そして一匹のトゥッコネリしかいないと言う事だった。
静寂が場を包む。
ニバリスは残されたクッキーを見つめていた。
甘い匂いがする。
あんな事があったのに、その匂いが先ほどの味と重なって……。
――物足りない。
じっとしていると、ルイックから視線を感じた。
「ニバリスくん、聞きましたよ。
自分でご飯を獲れたんですねぇ。」
ニコニコと彼は近づいてくる。
避ける気にもなれず、ニバリスはただ見つめる。
やがてルイックは隣に来ると、ポンポンと膝を叩いた。
反応のないニバリスを見かねて、ルイックが手を伸ばす。
ニバリスの頭を自身の膝へゆっくりと動かしていった。
「えらい子えらい子。
もしかして……ちょっと気にしてるんですかぁ?」
ルイックの黄色っぽい赤毛がしな垂れる。
くるくるとした髪が降ってくるように見えた。
そっと頬に手が触れた。
びくり、と体が跳ねる。
「怖がらなくても、いいですよぉ。」
宥めるようにゆっくりと手が動かされる。
大きな暖かい手は母のものと同じだった。
「初めてはそんなもの、ですからぁ。」
軽い。
ニバリスは初めてルイックの瞳を見た。
澄んだ水色の瞳が、覗くように見ている。
「ん、いい子。」
ニバリスの髪を手で解かす。
「食べるって……そういうことでしょ?」
ぽん、頭に手が置かれる。
「悪い事じゃ、ありませんよ。」
その言葉がするりと入ってくる。
なぜだかその言葉を待ち望んでた気がして。
――ああ。
楽……だ。
「美味しかったですかぁ?」
頬をむにむにと弄られる。
普段なら嫌なことも今はそうじゃなかった。
うん、と甘えた声が出る。
「ふふ、良かった。お腹いっぱいになった?」
「……足りなかった。」
きゅっと、ルイックの服を掴む。
「食いしん坊さんですねぇ。
テルファトスと同じですぅ。」
クスクスと笑う声が聞こえる。
「いっぱい食べたかったねぇ。」
優しい声だった。
「足りないなら――。」
耳元に顔が近づく。
「ちゃんと、食べ方覚えないとですねぇ。」
ぞくり、と背中が震えた。
逃げなきゃいけない気がしたのに。
体は動かない。
「大丈夫ですよぉ。」
ぽん、と頭を撫でる。
「次は、もっと上手にできますからぁ。」
その言葉が染み込む。
胸の奥の“冷たかったところ”が、じんわりと溶けていく。
――また、やってもいいんだ。
そう思ってしまった。
「……まま。」
「あらあら、わたしはママじゃありませんよぉ。」
その言葉に、少しだけ寂しさを覚える。
でも……それでいいんだと思った。
そのまま眠りに落ちようとしたときだった。
「腹減った。」
ソファの裏からアルセラが出てきた。
ニバリスは飛び起きる。
ルイックが体を仰け反った。
「こらー、ニバリスくんはおねむだったんですよぉ。」
「知るか、お前も腹減ってるんだろ。
ちょっと付き合え。」
今までの会話が全部聞かれてたのかと思うと、顔が熱くなる。
ニバリスは長い耳の先まで真っ赤になっていた。
「え、いや……。」
言葉がうまく出てこない。
さっきまでの空気が頭に残っていて、まともに考えられなかった。
「いいから、来い。」
アルセラがニバリスを抱き上げる。
同じくらいの身長がある男に、安易く持ち上げられてニバリスは驚いた。
そのまま外に連れてかれる。
「あっちだな、たぶん。」
アルセラは適当に歩き出すと、ニバリスを下ろす。
仕方なく、ニバリスは彼について行った。
しばらく歩くと、急にふんふんとアルセラは匂いを嗅ぎだす。
「こっちだ。」
その先には若い男女二人が、座り込んでいた。
男性は傷だらけで、女性が治療をしている。
アルセラは気配を消すと、何も言わずに襲いかかった。
鋭い蹴りが男性の頭部に入る。
嫌な音がして吹っ飛んだ。
女性がすかさず立ち上がって襲撃者を捉えようとする。
だが、その隙もなく背後に回ったアルセラに腕を締め上げられると転がされた。
難なく足を折る。
すぐに猿轡を女性にすると、ニバリスを呼んだ。
「こっちのほうが柔らかいからお前にやるよ。」
ニバリスは驚く暇もなかった。
困惑と恐怖でアルセラを見る。
「ん、食べ方がわからないか?」
男性を拾い上げながらアルセラは言った。
かろうじて生きていた男は、短く嗚咽をあげる。
首筋を舐めて、アルセラは微笑んだ。
ぷち。
首の筋に牙を立てた音だ。
ぷちぷち。
繊維が千切れて血が溢れる。
アルセラはそれを舌で舐めとると、血を啜った。
じゅぷ。
「ん……ん……。」
喉が動く。
彼は目を細めて美味しそうに食べる。
男の目から涙が溢れた。
絶望の奥深い味わいが漂う。
女もそれを見てカタカタと震え出した。
「いいか、こうやって。」
ペロリとまた首を舐める。
血に濡れた白い歯が覗いた。
「こう食べる。」
一気にアルセラは大口を開けると、齧り付く。
肉が千切れる音がした。
赤い血が滴り、鉄の匂いが鼻をつく。
「うっ。」
ニバリスは吐きそうになる。
「おまへも、やっへみろ。」
くちゃくちゃと食べながらアルセラは言う。
ニバリスはできないと思った。
けれど、アルセラの食事を見ていたらお腹が動く。
アルセラがニバリスの体を持ち上げて、女の上に置いた。
そのまま暴れる腕を押さえさせて、ニバリスの顔を首元に近づける。
鉄の匂いだ。
さっきまでの“甘さ”とはまるで違う。
ずっしりと重い。
とてつもなく濃い。
どこにも逃げ場がない。
「……ほら。」
アルセラの手が後頭部に触れる。
強く押される。
逃げたい。
――腹が、鳴った。
ぐ、と喉が動く。
嫌だと思ったのに。
体が、前に出た。




