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いただきます

「僕らはねー、この森に住まわせて貰ってる代わりに。

 巡回警備してるんだ。」


 イッシュは足元にあった背の高い草を掴むと、引っこ抜く。

 手元でくるくると弄ると、ニバリスに向けた。


「ここはオルタロス大迷宮、数々の冒険者がやってきては飲み込まれる魔の領域。弱肉強食の世界だよ〜。」


 そう言うと、キョロキョロと辺りを見渡した。


「人間がやってきたら、テキトーに間引くの。

 あ、現地民は襲わないようにね。」


「間引く……。」


 ニバリスは強い言葉に反応する。

 なんだか発想が怖かった。

 イッシュはなんてことない顔で言う。


「僕はちょっと警告するだけだよ。

 アルセラとかはどうだか知らないけど。」


 ちょんと草の先を跳ね飛ばした。

 緑の穂が飛んでいく。

 ニバリスはその様子をただ見ていた。


 不意にイッシュが耳を傾けて、そちらに体を向ける。


「お、早速ウワサをすればニンゲンさん発見。」


 ニバリスは眉を上げた。

 どうしてわかったのだろうか。

 イッシュの後についていくと、キンキンと音が聞こえてきた。


 金属音と、何かの唸り声だ。


 自分は耳が良い方だが、イッシュはそれよりも耳が良いようだった。


「こういうのはね、慣れだよ。」


 と、彼は言う。


 森を抜けると、少し開けたところに影が見える。

 男と……獣?

 見慣れない動物だ。

 といっても、ニバリスは動物園や図鑑でしか生の生き物というのは見たことがなかったが。


「あれはね魔獣。魔法(・・)を使ってくるから気をつけて。」

「まほう?」


 御伽話のような話だった。

 男もなんだかファンタジー小説に出てくるような格好をしている。

 革鎧に、剣を持った……なんというか仮装のような格好だ。

 初めてニバリスは剣という原始的な武器を見る。


「どっちが勝つかなー。」


 イッシュは顎に両手を当てた。

 楽しそうに見ている。


 突如、男の目の前に雷が落ちた。

 自然法則を無視した光景に、ニバリスは目を剥く。

 イッシュはニシシと笑うと、“今のが魔法”と答えた。


 そのまま見ていると獣は、次第に傷だらけになって倒れる。

 男も随分と消耗しているようだった。


 ペロリとイッシュは舌舐めずりをする。


「まあ、見ててよ。」


 音もなくイッシュは羽ばたいた。

 ふわりと体が浮く。

 その光景にニバリスは驚いたが、声を出しちゃいけない気になって口を噤んだ。


 あっという間にイッシュは上空に昇る。


 そして男の方まで飛んでいくと、急降下した。

 影が男にかかる。

 男は、それに気づき顔を上げるが遅い。


 上空から飛来したイッシュに組み敷かれて、そのまま倒れ込んでしまった。


「あは!ニバリスおいで!」


 イッシュが呼ぶ。

 ニバリスは恐る恐る、草むらから飛び出るとイッシュに近づいた。


 久々のごはん(・・・)に喉が鳴る。


 獲物が何かを叫んだが、言葉がわからない。

 いや、わかっても意味がないだろう。

 イッシュは覆い被さると、耳元で何かを囁いた。

 男の体が跳ねる。


 一瞬、味がした。


 うすぼんやりとしているが、苦い味だ。

 ……美味しい。


「物欲しそうな顔してるね。」


 ニバリスを見てイッシュは言う。

 手招きをしてニバリスを男の上に跨らせると、イッシュは男の頭を押さえた。


「そうそう、そこに体重かけて。

 指持ってごらん。」


 言われたとおりにニバリスは指を持つ。


「それでね、こんなふうにボキっとね!」


 ニバリスは思わず目を瞑った。

 イッシュが男の指に手をかけて、反った。

 

 口の中に強い味が広がる。

 刺激的な味だ。

 癖になる。

 瞬間的な味。


「うふふ、冗談そんなことしないよ。

 怖かった?」


 イッシュが男の頬を撫でる。

 ほんのりとした甘みが伝わってきた。

 見れば男の額には汗が滲んでいる。


「……可愛い。」


 イッシュは笑う。


「ねえ、ニバリスもやってごらんよ。」


 ニバリスは戸惑う。

 やれって何を?

 試しにカリカリと皮膚を引っ掻いてみた。

 けれど男の体が僅かに跳ねるだけで反応はない。


 グニと力を込めてみる。


 男が少し震えた。


 ごくり、唾を飲み込んだ。

 男の小指に目が行った。

 小さい、あれなら……。


 そっと指を這わせる。

 その度に男が動く。

 男の目が恐怖に開かれていた。


 なんとなく甘い。

 甘ったるさとは違う、しっとりとした甘さ。

 いっぱい……欲しい。


 ぐ。


 力が入る。


 じわじわと反っていく。

 男の息が荒くなっていくのがわかった。

 ニバリスの息も荒くなる。


 頬が赤く色づく。

 期待が膨らむ。


 男の目に涙が浮かんだ。


 わなわなと震える唇を見つめながら。

 小さく音が鳴った。

 瞬間、広がる。


 口の中に芳醇な甘さ。

 苦味の入り混じる、下の奥から深く響くたまらない味わい。


「っ……。」


 ニバリスは恍惚の表情を浮かべる。

 気持ちが良かった。


 がくりと、男の体から力が抜ける。

 気づけば男は意識を手放していた。


「あーあ。」


 イッシュは笑う。


 美味しい。

 ――でも、気持ちが悪い。


「削るってね、こういうことだよ。」


 イッシュから提示された“削る”は繊細な飴細工のようだった。

 きっとラドウィンの言っていた“削る”とはまた違う。

 でも……ゾクゾク、した。


「初めてにしては上出来。」


「俺……今。」


 ニバリスが震える。

 口元を押さえた。


「うん、食べたね。」


 その事実が重くのしかかる。

 視線が落ちる。

 男は動かない。


 さっきまで、確かにそこにあったはずの“何か”が、

 ごっそりと抜け落ちているのがわかった。


 ――軽い。


 空っぽみたいに。


「……あ。」


 ニバリスの喉がひくりと鳴る。


 さっきまであれほど美味しかったはずなのに、

 今はただ、胸の奥が冷えていく。


 これを。


 自分がやったのか。


「ほらね、取りすぎるとこうなる」


 イッシュが楽しそうに言った。

 ニバリスは立ち上がり、一歩また一歩と下がっていく。

 石につまずいて転んだ。


 足が震えていた。


 そのときだった。

 声が聞こえる。

 段々と音は近づいてきていた。


 イッシュは顔を上げてその方向を見ていた。

 ニバリスも遅れてそちらを向く。


 体が強張るのを感じた。

 でも、なぜかその音に聞き覚えがある。

 草むらが揺れた。


 ニバリスの喉がひくりと鳴る。


 ――見つかった。


 そう思った瞬間、ぶわりと汗が滲むのがわかった。

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