味が消えた
「旅行!旅行!」
「観光!観光!」
ウルツカとネイドは何も知らなさそうに騒いでいた。
だがニバリスは気が気でなかった。
三ヶ月も仕事を休めたっていうのが、そもそもおかしな話で。
本当のところはクビになったのか、テスが勝手に辞めると言ったのか、どちらかでもおかしくはない。
だけど実際のことは怖くて聞く気になれなかった。
「それじゃあ行きますよ。みんな忘れ物はありませんか?」
「ないでーす!」
「ないよー!」
「トゥッコネリの餌持ったか?」
「ネコです。」
車の中はワイワイと騒がしい。
いつも通り後部座席にウルツカ、ネイド、最後にニバリスが突っ込まれて、膝の上にトゥッコネリの入ったケージが置かれた。
助手席に座るテスは普段より少し綺麗な格好をしていた。
それでも髪はボサボサで、目だって前髪に隠れていたが。
メフィは少なくとも四十歳は越えているが、今どきの若者の格好をしている。
年甲斐もなく、と言いたいところだったがメフィの見た目は二十代の若者そのものだ。
それをニバリスはあまり疑問に思ったことはなかった。
高速に乗って、街を抜ける。
郊外に着くまでに双子たちはずっとニバリスに話しかけてきていた。
「トゥッコネリも、楽しみ?」
すっかり定着した名前でネイドが、猫に尋ねる。
トゥッコネリはケージの中で大人しく寝ていた。
「ねー、どんなとこ行くの?」
ウルツカがシートを揺らしながらメフィに尋ねる。
「お前たちがたぶん見た事もない場所だ。
本物がいっぱいあるぞ。」
メフィは外にあるプランター型の空浄機を眺めて言った。
人工で作られた緑の芝が太陽に反射する。
「えー?」
ネイドがそう言った。
しばらく進んでいくと宇宙ターミナルに着く。
離陸場には車が並んでいた。
「休みだから多いな……。」
「結構渋滞してますね。」
メフィがガムを一つ取る。
全員にガムが行き渡ったところで車が一車両分まえに進んだ。
モヤモヤとした味が先ほどから、ニバリスの口を支配していたので爽やかなガムがちょうど良い。
みんなこの渋滞にイライラしてるようだった。
ニバリスは携帯を取り出すと、気まぐれに動画サイトを開く。
ウルツカが画面の横から手を伸ばして、キッズチャンネルを見始めた。
スマホの通知が鳴る。
とびきり甘い……。
外の苦さも、目の前の双子の柔らかさも、これが最後という風にとびきり濃かった。
味が混ざり合う。
そうこうしてると、離陸場のゲートまで車は進んでいた。
テスが通行手形を五人と一匹分メフィに渡す。
料金を支払って、車は離陸した。
雲の層を抜けて、紺色の空の層まではあっという間だった。
初めての惑星外旅行に双子は震えている。
ニバリスも、初めて修学旅行で別の惑星に行ったとき、怖くて震えてたことを思い出した。
優しく双子の頭を撫でる。
ウルツカがしがみついてきた。
ネイドはウルツカにしがみつく。
「見ろ、ポポヤ号だ。」
メフィが窓の外を指差す。
そこには遊覧船が浮かんでいた。
旅行客が、車に向かって手を振っている。
「重力もう少し強めてもいいですか?
なんかお尻浮いて気持ち悪いんです。」
「酸素は薄くないか?」
「問題ないです。」
そんな他愛もない会話をして、テスがナビをつける。
番地を入力したあと、他の車の列から外れて何もないところへ進んでいった。
「……あの、合ってるんですか?」
「合ってますよ。」
ニバリスが思わず尋ねると、テスはそう返した。
そして他の車が見えなくなったところで、カーナビの表示を消す。
ワープ装置の電源を入れて、メモリーカードを読み込ませた。
画面に表示には化けた文字列と数字が浮かぶ。
何やら行き先が不穏になってきたところで、メフィが呟いた。
「後ろ、つけられてる。」
ニバリスがミラー越しに確認すると、見えにくいが黒い車が浮かんでるのが見えた。
「あー……ま、いいですよ。大丈夫です。」
メフィはレバーを引くとワープ装置を作動させた。
青白い光が全員を包むのは一瞬だった。
その瞬間――
口の中の味が、すべて消えた。
足りない、と思った。
*
「おい、ヴァリス!」
「はいはい、なんだデリス。」
豪華な部屋の中で、ヴァリスはソファに座る男——デリスと対面していた。
「なんだじゃねぇ!アイツまだ電話出ないのか!」
「自分でかければいいだろ。」
「はぁ?なんでオレ様が。」
長いローブに身を包んで、男は高いワインを飲み干す。
本来耳があるべき位置にあるのは、獣の耳。
下半身は山羊の足という不思議な見た目のその男は、グラスを勢いよく置く。
「……家行ってみるか。」
「オレも行く!」
ヴァリスが呟くと、デリスが身を乗り出した。
タワーマンションの最高階から一階に降りて、駐車場の車を探す。
黒い高級車の助手席にデリスが乗り込むと、ヴァリスが運転席に座った。
「お前の車、マジ地味だな。」
「うるさい、黙ってろ。」
ヴァリスが車を走らせると、デリスは勝手にラジオをつける。
タバコを吸い出さないだけマシかと、ヴァリスは放っておくことにした。
両親の暮らす家に着くと、ニバリスがちょうど車に乗り込むところが目に入る。
家族揃って出かける様子だった。
「あ?お出かけか?」
デリスがシートを倒しながら言った。
「そうかもな……日を改めて。」
「いや、着いてけ。
オレのコンサート滅茶苦茶にしたんだ。
あっちも滅茶苦茶になるべきだ。」
「マジかよ、お前。」
ヴァリスは渋々、携帯の家族共有アプリを立ち上げる。
学生の時に入れられてから、入れっぱなしだったアプリがこの日に役立つとは思わなかった。
「GPSで辿るか……。」
「そんなの必要ねぇよ。オレの鼻がありゃな。
匂いでぜんぶわかんだ。」
デリスは不敵に微笑む。
「まだ残ってる、あの匂い。」
デリスは舌なめずりをする。
「甘かっただろ?」
「……マジかよ。」




