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家族は食べ物じゃない

 ――コンサート乱入?謎の美青年現る。


 そんな記事の見出しを見て見ぬフリをして、ニバリスは寝転がる。

 ヴァリスから着信が何度もあったが全部無視をした。


 我に返った今、なんであんな事をしたのかわからない。

 とにかく、自分が怖くて堪らなかった。


 ピコンとSNSの通知が鳴る。

 昨晩から止まらない。

 またフォロワーが増えていた。


 扉の前で味(・)が動く。

 ニバリスは枕から顔を離さずに言った。


「ウルツカ、ネイド……離れろ。」


 足音が遠のいていく。

 それでいい、とニバリスは思った。


「……美味しい。」


 けれど口の中の味は消えない。

 SNSで注目されるたびに、味は増えていってるようだった。


 最早。口の中が飽和して何が何やらわからない。

 それでもまだ欲しいと思ってしまった。



 次の日、会社に出勤しようとしたら、カメラを持った女の子たちが近寄ってきた。

 甘酸っぱい味に、頬が自然と和らぐ。

 何か聞かれたり、尋ねられたり、求められたりしたが、その度に甘く答えてやれば、もっと美味しいものが貰える。


 だが軽い、もっと重い味が欲しい。

 ただひたすらに味が欲しい。


 寝ても醒めても美味しい。


 *


「なんで!」


 ニバリスの叫び声が聞こえる。

 テスは、扉を背後にしてニバリスの部屋に立っていた。


「外出禁止です!

 さっきウルツカに何しようとしてました?」


「さっき……?」


 ニバリスは働かない頭で考える。

 もう一度あの和らぐ味を味わいたくて、近づいたのは覚えている。


 ――その先は?


「……わからない。」


 ぽつりと落ちた声に、テスは眉をひそめた。


「嘘ですね。」

「違っ……。」


 言い返そうとして、言葉が止まる。

 喉の奥に、あの柔らかい味が蘇る。

 ウルツカの、泣きそうな顔。

 あの時、伸ばしかけた手。


 ――“もう少しで届いた”。


「……っ」


 ニバリスは自分の手を見た。

 指先が、震えている。


「俺……」


 何をしようとしていた?

 考えたくないのに、理解してしまう。


「……食べる気だった。」


 部屋の空気が止まる。

 テスは少しだけ目を伏せたあと、静かに言った。


「だから言ったでしょう。」


 その声は、優しいのに冷たかった。


「それは“食事”じゃないって。」


 白い手がニバリスの頬に触れる。

 黒い瞳が彼を貫いた。


「よく聞きなさいニバリス。」


 ニバリスは頭を撫でられる。

 それだけで幼い頃を思い出した。

 ふわりと花の香りが母から漂う。


「欲しい、じゃない……壊れるです。あなたのは。」


 ニバリスはハッとした。

 テスに色が見えた、深い藍色だ。

 けれど味よりももっと深いところで繋がる感覚がある。

 美味しいとは思わなかった。

 ただひたすらに悲しかった。


「母さん……俺、おかしくなっちゃった。」


 ぶるぶると唇を震わせて、ニバリスは言う。

 怖かったことを思い出した。


「よしよし、大丈夫ですからね。」

「アレクロミシアに寄生されてるんだ、俺。」


「え?ああ……うん、そうなんですか?」


 ボロボロと涙が出てくる。

 駆除されるのは怖かったが、それよりも。

 家族を失うことの方が怖い。


「俺、警察に電話する。」


「ちょ、ちょっと待ちなさい。」


 テスが慌ててニバリスを引き止める。


「落ち着いてください。

 その必要はないからね、ね?」


 ニバリスは泣きじゃくっていた。

 大人である事も忘れて、ただワンワンと泣いていた。


「寄生なんてされてませんから。

 お母さん、アレクロミシアなんです。実は。」


「へ……。」


 ニバリスは泣き腫らしたまま固まった。

 この人は何を言ってるんだろう。

 本気でそう思った。


 テスは、いつもと同じ笑顔で言う。


「あなたが外で遭った“アレ”と同じものですよ。」


「……違う。」


 即答だった。


「だって母さんは……。」


 ――味がしない。


 言いかけて口が止まる。

 テスは少しだけ首を傾げた。


「でしょう?」


 黒い瞳が、静かに細められる。


「家族は“食べ物”じゃないからです。」


 ふわりと微笑む様は、いつも通りなのにどこか怖い。

 テスはメガネを外すと、ニバリスに向き合った。

 母の知らない顔にニバリスは動けなくなる。


 もっさりとしたパッとしない男だと思っていたが、テスは美しかった。


 背筋が凍るほどに。


「ウルツカとネイドは、まだ柔らかいんです。」


 そっと耳元で囁かれる。

 心臓が掴まれたようにバクバクと鳴った。


「だから“美味しい”でしょう?」


 赤く色づいた唇が歪められる。

 逃げたい、とニバリスは思った。

 ニバリスは逃れるように体をのけ反らせる

 テスの手が離れた。


「違……俺は……食べない。」


 テスの瞳が僅かに細まる。


「食べたくても?」

「食べない。」

 

 喉が焼けるように乾く。


「家族……だから。」


 絞り出すような声だった。

 テスはしばらく何も言わない。

 しかし、優しくニバリスを撫でる。


「ふふ、偉いですねぇ。」


 指先がニバリスの頬を這った。


「ちゃんと選べてる。」


 テスは立ち上がると、ニバリスに言った。


「荷物を纏めなさい。バカンスに行きますよ。」

「えっ?」


 急なテスの決定にニバリスは目を丸くする。

 

「もうあなたの会社には連絡済みです。

 三ヶ月の小旅行です。いぇい。」


「ど、どこに?なんで?」


「実家……ではないですけど、

 実家みたいなところに帰ろうかと思いまして。

 ネコも連れてきますよ。」


 ニバリスは拳を握った。

 急な事もあって首をつい横に振ってしまう。


「い、嫌です。」


「ダメです。もう“外”は無理です。」


 テスが強く言うと、ニバリスは黙った。

 トゥッコネリの鳴き声が部屋の外から聞こえる。


 ニバリスは何も言えなかった。


 部屋を見渡す。


 机。

 ベッド。

 散らかったままの書類。


 ――全部、いつものままだ。

 

 なのに。


「……戻って来れるんですか?」


 思わず、零れた。


「必要が、あればね。」


 テスは真顔で返す。

 ニバリスのポケットの中でスマホが震えた。

 通知が、また増える。


 ――美味しい。


 喉が鳴る。

 彼はそっと目を閉じた。

 それが、この家で味わう最後の“外”だった。


 

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