ごちそうさま
「コンサート♪コンサート♪」
双子は家を出てからずっとこの調子だ。
そう、今日は奪還に成功したチケットでデリスとヴァリスのコンサートに行く日だった。
一応、親には遊園地に行って来ると言ったがバレてないだろうかとドキドキしていた。
「ねえ、お兄様。コンサート楽しみですね!」
ふわふわと笑うウルツカはカンカン帽を深く被り、辺りを見渡す。
会場にはすでに人がいっぱいいた。
ヴァリスが用意したのは特等席だったようで、三人並んで座れた。
「コンサートって何するところなのウルツカ?」
「それはな、ネイド。お歌を発表して騒ぐとこだよ!」
ウルツカとネイドが楽しそうにお喋りをしている。
一方ニバリスは期待で胸がはち切れそうだった。
もう我慢できない。
お腹が空いて空いて仕方ない。
いや、この時点でもうっすらと味はするのだ。
しかし求めているものではなかった。
最近ニバリスは気づいたことがある。
どうやら他人に向けられている感情は、自分に向けられているものとは若干味が違うということだ。
どちらかというと自分に向けられていた方が、味がハッキリして美味しい。それでも量があれば他人に向けられてる感情も十分美味しかった。
「はじまるっ!」
急に会場が静かになって、音楽が流れる。
派手な演出と共に登場したのはヴァリスと――デリスだった。
きゃっー!
黄色い歓声が上がる。
瞬間、ニバリスは頭を打たれたかのような錯覚に陥った。
飛び抜けて甘い。
ヨダレが溢れるかと思った。
弾けるような甘さが口いっぱいに溢れる。
「はぁ……ぁあ。」
思わず変な声が出た。
周りの声にかき消されて聞こえなかったらしい。
だが、とても――ゾクゾクした。
欲しい。
これが欲しい。
もっと、欲しい。
――味わいたい。
「お兄様?」
ふっとニバリスの体が動く。
気づけば席から立っていた、視線が集まる。
「……ぁ。」
喉が開く。
どうすればいいかはもうわかっていた。
餌を釣るためには――。
「――♪」
……歌に混じって歌が流れる。
か細くも揺れる歌声は、不思議と響いた。
その中心に立つのは一人の男だ。
白く滑らかな肌に、赤土の混じる若草の髪。
黄色い瞳は月のように輝く。
涼やかな目元が流れるたびにまた一人、また一人とつられていった。
甘く、蕩ける声。
蠱惑的とはこの事を言うのだろう。
歌に酔いしれるようなその姿に、見るものの目は奪われる。
ウルツカとネイドが名前を呼ぶのが見える。
けれど今は、この眩しい世界に浸っていたい。
ぱちぱちと光が弾ける。
夢に見た星の海を漂う感覚に、ニバリスは心が溶けそうになる。
その瞬間、甘い夢の中に黒い影が入ってきた。
「ニバリス!」
聞き馴染みのある声が、現実に引き戻す。
目深に帽子を被ったテスが、ニバリスの腕を引いていた。
気がつけば、ステージも静かになってデリスとヴァリスがこちらを見ている。
「ふふ、うふふ、あははっ!」
可笑しくてたまらない。
気持ち良くてたまらない。
「帰りますよ!」
強くテスが抱きしめる。
痛い。
その痛みで目が醒めた。
「……ママ?」
そのまま腕を引かれて会場の外へと連れ出される。
外には車が止めてあった。
窓を開けてメフィが話しかける。
「早く乗れ。」
ウルツカとネイドを乗せると、後ろの席にニバリスは放り込まれた。
グッタリとしたまま、シートベルトによしかかる。
「ふふ……ふふふ、甘くて美味しい。」
まだ世界はキラキラと輝いていた。
あの世界をいつもヴァリスとデリスは味わっているのが、ズルい。
「お兄様、どうしたの。
ごめんなさい、ウルツカが我儘言ったから。」
ウルツカが目に涙を溜め始める。
それすら今のニバリスにはご馳走に思えた。
甘味の後には違う味も欲しくなる。
ウルツカに手を伸ばしかけたところで、テスが手を叩き落とした。
「いい加減にしろ、馬鹿野郎!」
ニバリスは一瞬ギョッとする。
母の地の声を久しぶりに聞いた。
「……やっぱり、外での子育てには限界があるんです。
箱庭に戻らないと。」
それから何かブツブツ言うように、前を向いた。
「本気か?……義父様のことはどうする。」
「なるようにしかなりませんよ。」
ニバリスはその会話を途切れ途切れに聞きながら、ウルツカとネイドの深い味のする泣き声を聞いていた。




