表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
でんでん伝説  作者: 彼岸花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/16

あらたなかんきょう

 陰謀が仄めかされた翌日、でんでん達は王都に向けて歩き出しました。

 誰が、どんな思惑で動いているのか。それを知るには、結局のところ王都に戻り、政治的に探る必要があります。もっと言うなら、シャミルが戻れば一旦混乱は収まります。

 そのためにも、急ぎ王都に帰らねばなりません。


「ウジュ〜ジュゥウ〜」


 なりませんが、でんでんにとってはどうでも良い事でした。人間達が速く動くのであれば急ぎ足で追い、ゆっくり歩くのであればゆっくり追う。最後にビスケットの在り処に辿り着ければ良いのです。

 そして人間達の歩みも、とてもゆっくりでした。シャミルも騎士団も馬に乗っているのに。美しい砂浜を、パカパカ歩いていきます。


「……姫様。その、もっと速く進んだ方が……」


「なりません」


 そのゆっくりとした歩みの原因は、シャミルが馬を走らせないようにしていたからです。

 無論、シャミルも観光気分で馬達を走らせないのではありません。ちゃんとした理由があります。

 一つは、怪我人の存在です。


「ひ、姫様。自分の事は気にせず、王国に急ぎ帰還を……」


「ですから、なりません。皆で無事帰国するのです」


 騎士の一人が意見を述べると、シャミルはそれをきっぱり拒みます。

 意見した騎士は、昨晩ヴェルパーナの一撃を受け、大怪我をした者です。

 他の騎士達の診察通り、彼の怪我は命に別状はありません。しかし腕の骨が折れ、肋骨にはヒビが入っています。日常生活は辛うじて送れますが……此処は危険な自然界。もしも猛獣に襲われたなら、ひとたまりもありません。戦える仲間が傍にいなければ生還は困難でしょう。

 そして肋骨にヒビがあるため、馬で激しく駆ければ、その振動で身体を痛めてしまいます。怪我の悪化を避けるためには、ゆっくりと馬を歩かせるしかありません。よって傍にいる仲間の歩みも、ゆったりとしたものになるのです。

 とはいえ怪我人が一般市民なら兎も角、彼等は騎士です。国のためには命を賭け、大義のためなら見捨てられる覚悟もしています。もしも彼等の予想通りダイガン卿が何か企んでいるのであれば、一刻も早くシャミルは王国に帰還し、政治の混乱を収めるべきです。そうする事で多くの臣民が救われるのなら、騎士達は喜んで自らの命を獣に捧げるでしょう。

 しかし、仮に怪我した騎士を置いていくにしても……やはり馬を駆けさせる訳にはいきません。


「それに、でんでんから離れるのは危険です」


 シャミルはそう言うと、ちらりと自身の右手側を見ます。

 海と反対側に広がるのは、豊かな森でした。

 三日間彷徨い歩き、馬も使って歩いたため、シャミルは遺物の墜落地点からかなり南下してきています。ですがまだまだ熱帯雨林地域。

 人間が管理していない、手付かずの大自然です。獣達が跋扈し、食う食われるの生存競争を日夜繰り広げています。この熱帯雨林を抜けても、その先には小規模ながら温帯地域の森林が広がっています。そこもまだ人の管理下にはなく、厳しい野生の世界です。

 人間の管理下にあると言えるのは、森を更に南下した先にある草原に入ってからでしょう。そこまでの道中、どのような危険生物が現れるか分かりません。それこそヴェルパーナ並の脅威と遭遇すれば、たった三人の騎士とお姫様では勝ち目などありません。


「ウジュウゥゥ〜」


 自然の脅威に打ち勝つには、一緒に来てくれるでんでんの力は欠かせないのです。

 それ故にでんでんを置いていく、或いはでんでんが追うのを諦めるような速さで移動する事は、避けねばならない事でした。


「多分、ビスケットがまたほしいんだと思うのですけど、どれぐらいほしいか分からない以上、無理は出来ません」


「……力不足で、申し訳ありません」


 騎士の一人が、心底悔しそうに謝ります。もしも自分達が獣を容易く倒せていれば、そんな事に配慮する必要はなかったと言わんばかりです。

 シャミルは騎士達に優しく微笑みます。


「何を言うのです。あのような怪物相手に生還出来ただけでも、優秀な騎士と言えます。だから気にしないでください」


 そして優しく語られた言葉で、騎士達は少し俯きながらも、僅かな笑みを取り戻しました。

 ……そうして四人と一体の旅は、着々と進みます。

 ヴェルパーナやオルガウムなどの脅威は、中々現れませんでした。本来そういった頂点捕食者は、個体数が少ないため滅多に出会わないものです。海岸沿いを走ってきた騎士三人がシャミルと合流するまで無事だったのも、それ故の必然でした。

 二日間ほど歩き続けて、ついに環境が変わり始めます。

 じめじめとした熱帯雨林から、温帯の森林地域に変わりました。この森林地域には、アークウスという巨大狼、ビエルという巨大蜂などが生息していましたが、いずれもでんでんの姿を見て逃げ出します。シャミル達は安心して海沿いの砂浜を進む事が出来ました。

 更に二日歩いて、いよいよ森から草原地帯へと変わります。

 ここでシャミル達は、砂浜から草原に足を踏み入れる事にしました。シャミルは最初漁村などで助けを求めるつもりでしたが、騎士団と合流出来た以上村に立ち寄る必要はありません。むしろ一刻も早く王国の首都・王都に戻るため、草原を一直線に渡る必要があります。騎士達が持参した地図と方位磁石があれば、王都へ向かうのは簡単です。

 そのためシャミルの遭難から丸一週間が過ぎた今日――――シャミル達は草原地帯を歩く事になりました。


「ここまでくれば、猛獣に襲われる危険はありませんね」


「ええ。でんでんのお陰で安全だと分かっていても、やっぱり何時襲われるか分からないというのは、緊張します……怪我の方はどうですか?」


「大分良くなりました。姫様のお気遣いのお陰です」


 シャミルの言葉に答えるように、ヴェルパーナにやられた騎士は元気よく腕を動かします。痛みを我慢している可能性もありますが、一時はその痩せ我慢も出来ない状態でした。かなり回復したのは間違いなさそうです。

 他の騎士二人はそもそも軽傷だった事もあって、今では全快しています。そしてシャミルも元気です。騎士達が持ってきた水と食糧のお陰で、腹痛一つせず此処まで来る事が出来ました。

 そして。


「ウジュウジュ〜」


 シャミル達の後を追うでんでんも、何時も通り元気です。


「……でんでんの奴、北の大密林の生き物なのに、こっちまで来ても全然元気ですね」


「え、ええ。なんというか、こんなに元気なのはわたくしも想定外です……命の恩人……恩虫? なのだから、元気でいてくれた方が良いんですけど」


 全く異なる環境に進出しても、特段弱った様子もないでんでんの姿に、人間達は戸惑い気味です。

 大抵の生物にとって環境の変化は重大な問題です。気温の変化だけでなく、食物も変われば大きなストレスとなり、それは身体を弱らせます。そもそも生物の身体というのは、基本的に特定の環境に特化した作りであるため、そこから逸脱すれば不具合が生じるもの。寒冷地に適したもふもふの身体が砂漠では熱中症を引き起こすように、比喩でなく命を脅かす事は当たり前なのです。

 しかしでんでんにはその当たり前が起きていません。

 これはディーエンデンの優れた肉体のお陰です。ディーエンデンの体組織は泡状になっており、断熱性に優れた構造をしています。これは熱や衝撃が内部に伝わるのを防ぐのが本来の役割ですが、寒さに対しても役立ちます。『断熱』というのは、外から中に伝わる熱だけでなく、中から外に逃げ出す熱も遮断するのです。

 それでも気候が厳しければ、或いは長時間居座れば、外気温の影響を受けてしまいます。それでもディーエンデンには問題ありません。彼女達には体温の調整機能があるのですから。

 まず、体温が高い時には体液循環で身体を冷やします。

 これは肺周辺の体液を、筋肉と内臓の動きにより意図的に圧縮する事で行います。物質というのは、圧縮されるほど温度が上昇します。つまり圧縮された体液は高温化(体温次第ですが六十〜七十度ほどになります)し、それと隣接する肺もまた高温化する事になります。

 高温化した肺は、呼吸により取り込まれた空気によって冷却。肺が冷却されれば、肺周辺の体液も冷えます。冷やされた体液は肺から離れたところで圧縮を止め、元の体積へと戻されます。

 圧縮されると温度が上がるという事は、圧力が低下すれば温度が下がる事になります。圧縮しようと拡散しようと、物質が持つ『熱エネルギー』の総量は変わらないため、小さく集まれば高く、大きく広げれば薄くなるのです。という事は、外気により冷却された体液を元の体積に戻せば……冷やされた分だけ熱エネルギーは減っていますから、肺に送られる前よりも冷えています。

 この冷えた体液を全身に巡らせる事で、身体を冷却するのです。体液循環による冷却作用は強力かつ、余程の高温でない限り機能不全に陥りません。たとえ灼熱の砂漠の中であっても、ディーエンデンは涼やかな体温を維持するでしょう。

 反対に寒い時は、細胞振動を使います。こちらは全身の細胞を細かく振動させる事で熱を生み出し、体温を一定に保ちます。体液循環と異なりとても単純な方法ですが、生み出す熱量は多く、何より単純だからこそ効率的です。

 そしてこの二つの仕組みを最大限活かすのが、ディーエンデンの巨体です。

 例えばコップの水に氷を一つ入れれば、十分冷たくなるでしょう。ですが大きなお風呂に氷を入れても、殆ど温度は変わりません。質量が大きな塊は、温度が変化し難いのです。

 ディーエンデンも巨体なため、外気温による体温変化はとてもゆっくりなものとなっています。それでいて体温を調整しようとする際は、巨体故の質量(パワー)で大量の熱を動かせます。つまり一気に身体を冷やす事も、温める事も出来るのです。

 このためディーエンデンは熱帯雨林以外の気候……砂漠でも雪原でも、ほぼ問題なく活動出来ます。


「ウジュジュゥイ〜」


 でんでんも、決して無理はしていません。強いて言うなら、体温調節に多くのエネルギーが必要なので、たくさん食べなければならないぐらいでしょう。それだって、草原ならば草はいっぱい生えています。特に困る事はありません。

 ……では、何故ディーエンデンは熱帯雨林地域にしかいないのでしょうか。気候も餌も問題なければ、他地域に進出しないのは不自然です。

 その答えは、餌の栄養価にあります。

 貝類の背負う貝殻は、その生成に多くの『カルシウム』を必要とします。海水中であれば、これはあまり問題になりません。海の水にはカルシウムが豊富に溶け込んでいるため、海水を取り込むだけでいくらでも摂取する事が出来ます。ですが陸地ではそうもいきません。土壌に溶けているカルシウム量は僅かなもので、そこに生える植物に含まれるカルシウム量もごく少量となっています。

 このカルシウム不足は陸生貝類、それこそカタツムリの個体数を抑えるほどに重要な問題です。ましてやディーエンデンの貝殻は途方もなく巨大で、生成するだけでも多量のカルシウムを必要とします。

 おまけに陸上では雨が降ります。

 弱塩基性の海水と異なり、雨は二酸化炭素などが溶け込む事で弱酸性を示します。このため折角の貝殻が少しずつ溶けてしまいます。放置すればどんどん貝殻は薄くなり、最後は穴が空いてしまうでしょう。またディーエンデンは寿命も長いため、経年劣化も無視出来ません。ですから常に貝殻を再生させる必要があるのですが、ディーエンデンほど巨大な貝殻の再生となれば大量のカルシウムを消費します。

 熱帯雨林環境では、このカルシウムがとても豊富でした。熱帯雨林に隣接している北側の山脈から、カルシウムを豊富に含んだ地下水が流れているからです。

 この地下水のカルシウムは、山脈に営巣する鳥類・アスパトロスに由来します。アスパトロスは海鳥の一種で、子供は天敵の少ない山脈の頂上付近で育てます。親は夫婦が交互に三日間ほど海で狩りを行い、そして狩りが終わると山に戻って、子育て中の親と子に獲物を与える……という生態をしています。

 アスパトロスは小魚や甲殻類を主な餌としているため、糞には多くのカルシウムが含まれています。アスパトロスの雛鳥は巣の外に糞をし、その糞の成分は雨によって地下水に流れ込み、熱帯雨林へと浸透。地下水は浅い場所を流れているため、大きく育った樹木により吸収される事で、海由来の豊富なカルシウムが植物体に取り込まれます。この樹木の葉が落ち、腐葉土となる事で草などにもカルシウムが吸収され、熱帯雨林全体にカルシウム分が行き渡るのです。勿論植物を食べる動物達の身体にもカルシウムは溜め込まれ、死んだ後の骨には、他地域の動物よりも豊富なカルシウムが含まれています。

 熱帯雨林で暮らしていれば、ディーエンデンは貝殻を保持出来るだけのカルシウムを様々な餌から確保出来ます。しかしそれ以外の土地では上手くいきません。海鳥由来のカルシウムは、熱帯雨林の豊富な植物達に吸い尽くされるため、周囲の環境には殆ど流出せず、温帯地域の森林や草原はカルシウム不足気味なのです。

 このため熱帯雨林以外だとディーエンデンは貝殻が維持出来ず、生存出来ません。よって分布域が拡大出来ないのです。


「ウジュ、ウジュ、ウジュジュ〜」


 とはいえ、それは長期的な生存競争の話です。短期的には何も問題はありません。でんでんの貝殻が溶けてしまう心配は、当分しなくても大丈夫でしょう。

 ちなみに当のでんでんは「早くあの美味しいやつの場所に着かないかな〜」と暢気に考えており、自分の貝殻の心配なんて一切していません。今日も元気に道草を食べていました。


「ところで姫様。王国に着いた後は、コイツの事はどうするんです? ちゃんと世話をしないと暴れそうですし、もし暴れても騎士団で止められるか分からないですよ……」


「その時は責任持ってお世話します! 動物の一匹ぐらい飼えなくては、王家の名折れです!」


「まぁ、見たところ草ばっか食べてますし、野菜くずとかあげれば飼えそうですよね」


 元気なでんでんが傍にいるお陰もあって、騎士団とシャミルも少し気が緩んでいます。それは油断とも言えますが、疲弊していない、体力と気力を温存出来ている状態でもあります。

 最高の状態とは言えなくても、強敵相手に戦う力は十分にあると言えるでしょう。

 もしも、そうでなかったら。

 ――――この後の戦いの結末は、また違ったものとなっていたかも知れません。


「? あら、あれは……?」


 シャミルが見付けた小さな人影。

 その出会いがでんでんとシャミル達の運命を、大きく左右する事になるのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ