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でんでん伝説  作者: 彼岸花


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にんげんさんじょう

 オルガウムを打ち破ったでんでんとシャミルは、その後海岸沿いに進んで行きました。

 より正しくは南へと向かうシャミルの後を、でんでんが追います。砂浜はちょっと歩き辛いのがでんでんにとって不快でしたが、時折落ちている海藻の味が気に入ったので、差し引きで「ちょっといい場所」と思っています。それに砂浜のすぐ隣には熱帯雨林があるため、どうしても森に戻りたくなれば、そちらに移れば良いのです。元気よく旅を続けています。

 シャミルの方も、少し元気になっています。オルガウムの肉は少々生臭いですが、人間にとっての必須アミノ酸が豊富で栄養満点。更に水分も多く含んでいるため、渇いたシャミルの身体にとって適したものでした。そして頂点捕食者であるオルガウムに毒は必要ないため、生で食べても中毒などを引き起こす事はありません。神経毒も経口摂取する分には胃液で分解されます(オルガウムの神経毒はタンパク質を主成分とするため、胃液で分解すればアミノ酸(栄養)となるのです)。

 元気になったシャミルは力強く歩きました。それに砂浜は密林よりも人間に優しく、今までよりも好調なペースで進めます。前進しているという実感が、シャミルの気力を回復させていました。


「ひ、ひぃ……はひぃ……」


 それでも何時間も歩けば、やはりへとへとになってしまうのですが。少しでも歩こうという気概はあるようで、シャミルはとぼとぼと歩くのですが……やがて膝を付き、両手で身体を支える事も出来ず、砂浜に寝転んでしまいます。


「ウジュ〜」


 いきなり倒れたシャミルを前にして、でんでんは特にどうとも思いません。三日間も一緒にいた事で、この生き物(シャミル)はすぐへとへとになって倒れてしまう、脆弱な生き物である事を学んだのです。

 元よりでんでんは急いでいません。そこらの植物を食べながらシャミルを追い、何時かビスケットの在り処を突き止めれば良いのです。急かすような事はしません。


「す、少し、休みましょう……はぁ……」


 シャミルの方も、たくさん食べた事で余裕が出てきました。疲労困憊で歩き続けても、命を縮めるだけと気付く事が出来たのです。

 丁度いいと言うべきか、間もなく夜になろうとしています。日が沈み、西の空は茜色に染まりつつあります。

 そろそろ安全な休憩場所を探すべき時間帯です。とはいえシャミルに関しては然程苦労しません。密林最強種であるでんでんが傍にいれば、それだけで安全なのですから。


「ウジュウジュジュ〜」


 休もうとするシャミルを見て、でんでんも動きを止めました。海岸でたくさん海藻を食べたため、今から追加の食べ物を得る必要はありません。

 そしてディーエンデンにとっても、休息は重要です。植物質や腐食物を食べるディーエンデンは、その消化に多くのエネルギーを使います。更にこれらの食物は、グラム当たりのカロリーは低めです。つまり生きていくためには、たくさん食べて、たくさん消化する必要があります。

 このため何もしなくても、それなりに体力を消耗するのです。今日は戦いも繰り広げたので、実はでんでんもちょっと疲れています。まだ余力はあるとはいえ、何が起きるか分からないのが自然界。夜更かしなどせず、休める時に休んでおきます。


「ウジュゥ」


 ディーエンデンの休息方法はとても簡単です。大きくて丈夫な貝殻の中に、全身をすっぽりと入れてしまうだけ。貝殻は横倒しにし、安定した状態にしておきます。

 頑強な貝殻が巣穴の代わりとなり、寝ている間、天敵達の攻撃から身を守ってくれるでしょう。でんでんほど大きくなったら、今更攻撃してくる不埒者など早々いませんが。ちなみに貝殻の入り口部分に膜などは張りません。丈夫な皮膚を持つディーエンデンは乾燥への耐性が高いので、貝殻の中を密閉しておく必要はないのです。

 でんでんが休眠状態に入ると、のそのそと近付いてくる者がいます。

 シャミルです。横倒しになったでんでんの貝殻の傍に来て、そこに背中を預けるようにして寄りかかります。


「はぁ……はぁ……ふぅ……………ふぅ……」


 そこで息を整え、瞼を閉じ、眠りに入ろうとしました。

 貝殻の中で休眠するため、でんでん達ディーエンデンは寝返りなど打ちません。このため基本的には安全ですが、しかし寝起きでうっかり倒れるなどすれば、下敷きになる可能性のある場所でもあります。万が一を考えれば、シャミルの行動は賢明な判断とは言えません。

 ですが今のシャミルには、でんでん以外に頼れるものはありません。頼れるものから少し離れるのと、ぴったりと寄り添うの、どちらが安心出来るかは言うまでもないでしょう。知的だからこそ、複雑な感情を持つからこそ、少しの危険よりも、心の安心感を求めてしまうのも仕方ない事です。


「すぅ……………すぅ……………」


 涼やかで心地よい潮風を浴びながら、シャミルはでんでんと共に深い眠りに落ちていきました。






 でんでんが眠ってから、どれぐらいの時間が経ったでしょうか。

 貝殻の中で寝ているでんでんには、周りの様子はよく分かりません。ですが貝殻の入口部分がほんのり明るくなっています。

 朝になったのでしょうか? いいえ、でんでんが寝てからまだ五時間ほどしか経っていません。夕方頃眠りに入ったのですから、どれだけ遅く見積もっても、まだまだ真夜中の筈です。

 ならば月明かりが当たっている? これも違いそうです。何故なら月明かりにしては強い光ですし、色合いがかなり赤いものとなっています。月光としては些か不自然でした。

 何より。


「姫様、姫様……起きてください、姫様……!」


 何やらひそひそとした『()』も聞こえてきます。


「駄目だ、全然起きないぞ」


「こうなったら無理にでも連れて……うわ、なんつー力で引っ付いてんだ……」


「やっぱ起こすしかないかぁ?」


 声の数は三つ。勿論でんでんにはその声の意味など分かりません。ですが『何か』が傍にいる事が分かれば、でんでんにとっては十分です。

 眠りを妨げる、鬱陶しい輩だと分かれば。


「ウ、ジュゥゥゥ……」


 不機嫌さを露わにしながら、でんでんは貝殻から身体を出します。

 砂浜を踏み締め、横倒しにしていた貝殻を起こしました。それから頭を出して、二本の触角の先端にある目玉で辺りを見回します。

 ディーエンデンの目はとても優秀です。例え周囲が真っ暗闇でも、そこにいる存在を視認する事など苦もありません。

 ましてや松明を持った人間三人組ともなれば、でんでんからすれば見付けてくれと言わんばかりにハッキリと見えます。


「う、うおっ!? なんだぁ!?」


「か、カタツムリの化け物だ!」


 でんでんが動き出すと、人間達はとても驚いたのか、一気に後退していきます。

 その人間達は、大人の男でした。

 いずれも金属の鎧を身に纏い、頭には立派な兜を被っています。手には松明と、大きな剣を持っていました。身に着けている装備はいずれも手入れが行き届き、また装飾も立派なものが施されています。性能だけでなく、格式も重視した装備だと分かるでしょう。

 また男達から数メートル離れた位置には大きな動物……馬が控えているのも見えます。馬には鞍が着けられていますが、これもまた立派な装飾が施されていました。

 彼等の姿を見た殆どの人間は一目で悟るでしょう。彼等が王国軍の精鋭部隊である、王国騎士団の一員であると。

 人間ではないでんでんは、彼等が何者かなんて知りませんが。ただ、攻撃的な姿勢を示している事は理解します。ディーエンデンは自分から攻撃を仕掛ける事はまずありませんが、威嚇されて逃げ出すほど大人しい種でもありません。そして小さな生き物を軽くあしらうほど、優しくもありません。


「ウジュウゥィィイィ……!」


 一体見せしめに叩き潰してやろうか。そんな事を考えながら、でんでんは唸りを上げました。


「ん、んん……でんでん……?」


 もしもシャミルが目を覚ますのがあと少し遅ければ、ここで争いが始まっていたでしょう。


「ひ、姫様!」


「ご無事だったのですね!」


「早くこちらへ!」


「へ? えっ!? き、騎士団!? どうして!?」


 目覚めたシャミルは騎士団の姿に驚き、そしてまずは尋ねます。

 騎士団の三人は武器を構えたまま、でんでんを警戒していました。ですが、でんでんがシャミルを襲う様子がないと判断したようです。一人が剣を下ろし、戦う意思がない事を示します。

 騎士達が戦意を失えば、でんでんも警戒を弛めます。ディーエンデンは好戦的ですが、戦う意思がない相手と争う気はありません。

 どちらも攻撃性を引っ込めれば、人間達の話が始まります。


「姫様が遺物によりこの森まで飛ばされたと確信し、救助に来たのです」


「もしも遺物が乗り物として発明されたものであれば、姫様は生存している可能性が高いと考えていました。そして聡明な姫様ならば、森から出て、海沿いを歩いているのではないかと考え、こちらを走ってきたのです」


「そ、そうだったのですか……間に合って良かった。森から出るのに苦労して、海岸に出られたのは今日でしたから」


「それは幸運でした。姫様はやはり、天に愛された御方です……ところで、その生物は……?」


 シャミルの無事を確かめると、騎士団はでんでんについて尋ねてきます。

 シャミルはパッと表情を明るくしながら答えます。


「わたくしを助けてくれた子です! でんでんと呼んでいます!」


「……そ、それは良い名ですね」


「助けてくれた、というのは?」


「巨大なサルや、恐ろしい怪物をやっつけてくれましたのです。それに、その、結果的に食べ物も分けてくれまして」


 オルガウムを食べたというのは、姫という立場上言い難く、シャミルは少しぼかします。優秀な騎士団はその言葉で、シャミルが如何に苦労したのか察したのでしょう。安堵したような、悼むような表情を浮かべました。


「本当に、間に合って良かった」


 それからぽつりと、そう独りごちました。


「……間に合った、とは?」


 シャミルは騎士団員の言葉に引っ掛かりを覚えたようです。その言葉についての説明を求めます。

 問われた騎士団は、僅かに表情を強張らせました。次いで他二人の顔を交互に見て、小さな息を吐きます。ため息、ではなく、気持ちを切り替えるような息継ぎでした。


「……実は、今回の事故の裏にダイガン卿が」


 そこまで話した、その時です。


「ウジュウウゥウゥイィイイイ……!」


 でんでんがその身をもたげ、攻撃的な声を発しました。

 歯舌が口から飛び出し、全身の筋肉を張り詰めさせます。それは誰の目から見ても攻撃の前段階であり、事実でんでんは攻撃する気満々でした。


「なっ!?」


「こ、コイツ、姫様を――――」


 騎士団は即座に、でんでんに剣を差し向けます。この巨大なカタツムリが自分達を攻撃するのではないかと、ずっと心の片隅で抱いていた警戒心が触発されたようです。


「待って! この子はそういう子じゃ……!」


 シャミルは咄嗟に騎士団を止めようとしました。とはいえシャミルもでんでんの事をよく知っているとは言えません。『もしも』がないとは言い切れず、言葉と態度は少し自信に欠け、迷い気味なものとなっていました。

 それでも姫に止められれば、咄嗟に止まってしまうのが騎士というもの。三人は一瞬動きを止め、でんでんを斬り付ける事が出来ません。

 果たしてそれが正解だったかどうかは、間もなく明らかとなります。

 森の方から飛び出してきた、巨大な『影』によって――――

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