はらぺこごはん
伝説となる旅が始まって、三日が経った頃。
「ひぃ、ひぃぃ、ひぃ……」
シャミルはそこそこ死にかけていました。
息は絶え絶え、目は虚ろ、身体はふらふらしています。高価なドレスはボロボロで、辺境の農民よりも酷い格好です。瑞々しかった唇はカサカサになり、美しい金髪は油と土で汚れています。
そして空腹を堪えるように、何度もお腹を擦っていました。
それも仕方ない事でしょう。シャミルは旅が始まってからの三日間、ずっとこの熱帯雨林を彷徨い歩いているのですから。
シャミルはこの熱帯雨林から脱出しようとしています。また、王姫として高度な教育を受けてきた彼女は、森から抜け出す方法もちゃんと考えていました。
それは西に真っ直ぐ進む事です。
人間達が暮らしているのは、熱帯雨林から見て南側に広がる平坦な大地です。そしてその中でも乾燥した、西側の草原地帯が主な版図となっています。更に西へと進めば、やがて海に辿り着く事になるでしょう。
そこでシャミルはまず西へと向かう事にしました。
西に向かった理由は二つあります。まず、一刻も早くこの熱帯雨林から抜け出したかったため。シャミルはこの熱帯雨林に飛ばされてきましたが、その直前の記憶から、比較的海沿いに位置する場所に落ちたと推測していました。このため南に進むよりも、西に進んだ方が早く熱帯雨林から抜けられると考えたのです。
もう一つの理由は、平地を進むよりも村落に辿り着ける可能性が高いと考えたため。王国にも漁村は数多くあるため、海沿いを進めば何処かの村に着く筈です。幸いにして現在王国の治世は、多くの領地で好意的に受け入れられています。少数民族とも友好的な関係を築いているため、王族だと明かせば、助けてもらえる可能性は極めて高いのです。
シャミルは太陽や風、地形や植生から方角を知る術を持っていました。高等教育の賜物です。
勿論、下手に動かず救助を待つ、というのも一つの手でしょう。シャミルの非力さを考えると、歩き回るだけでも危険と言わざるを得ません。
しかしそれは、誰かが助けに来てくれる、という事が期待出来るからこその法法です。シャミルは『事故』でこの熱帯雨林まで飛んできました。当時お付きの護衛は近くにいましたが、シャミルが北に飛んだ事は分かっても、何処まで行ったかは分からない筈です。いくら方角が分かっても「北の何処か」では探しようがありません。
仮に、天命でも授かるように王国騎士団が此処まで来たとして……やはり探索は困難です。今の人類が管理出来ているのは、人の生存に適した環境である大陸南部の平原地帯のみ。そこから北にある森林及び熱帯雨林環境は、調査すら殆ど出来ていません。大部隊がやってきても、獣や病により瞬く間に壊滅します。
助けを待つだけ無駄であり、自力で王国に戻る以外に助かる道はないのです。出来る出来ない以前に、やるしかありません。それを決断出来るシャミルは、幼いながらも王の器の持ち主と言えるでしょう。
……熱帯雨林環境は、そんな未来の王も容赦なく殺そうとしますが。
「あ、甘く、みて、ました……」
シャミルの口からは、己の楽観ぶりを悔いる言葉が出ました。確かにシャミルは、熱帯雨林環境を見くびり、人間にとっての危険性を考慮していませんでした。
まず気候が暑過ぎます。夜でも二十五度近くあり、昼間の気温は三十五度前後に達します。おまけに多雨の影響で湿度が高く、発汗(厳密にはその汗が蒸発する事による気化熱)による冷却が機能しにくい状況です。この暑さが体力を奪っていきます。
更に飲用に使える水がありません。雨の多さから池などは少なからずあるのですが、何処も落ち葉などが大量に沈殿し、動物達が糞便を垂れ流しています。このため感染症を引き起こす菌が多量に存在しており、一口飲めばたちまち酷い下痢を起こすでしょう。下痢というのはとても危険な病状で、体内から多量の水分を排泄してしまいます。つまり水分不足の解消どころか悪化するのです。
ですからどれだけ喉が渇いても、汚れた水は決して飲んではいけません。尤も、淀んだ水からは悪臭が漂い、顔を近付けるだけで人間なら飲む気が失せる事でしょうが。
食べ物もありません。熱帯雨林は果実が豊富なイメージがあるかも知れませんが、実ったものは片っ端から動物達が食べていきます。人間のために取っておくような、お伽噺的な善意は自然界に存在しません。獣の死骸さえも他の動物や虫に食べられ、瞬く間に骨か、汚物塗れの腐敗物となり下がります。キノコや野草の中には食用となるものもありますが、毒性の強いものも紛れ込んでいます。知識なしに食べれば、あっさりと死ぬでしょう。
そして生い茂る植物は、人間の歩みを妨げます。蔓や草が進路を塞ぎ、倒木や根が起伏を生んでいるのです。時には迂回が必要になりますが、そうすると方角が分からなくなるのでその確認に時間を取られます。そもそも何処を見ても木ばかりで方向感覚を狂わされるため、定期的に確認しなければ真っ直ぐ歩く事さえ困難です。
これらの理由から、三日経ってもシャミルは森から抜け出す事が出来ませんでした。
幸いにして、傍にいるでんでんのお陰で今まで一度も猛獣に襲われずに済んでいます。もし一度でも襲われたなら、今頃シャミルは大自然の循環に加わっていたでしょう。
「ウジュ〜ウジュジュ〜」
ちなみにでんでんは、シャミルのような苦労は一切していません。
元々熱帯雨林に暮らすでんでんにとって、この暑さこそが心地よい環境です。また食べ物から水分を得ているため、余程の事がなければ水を飲むという行為自体行いません。
更に食べ物は熱帯雨林内にいくらでもある落ち葉や植物。食べ物に困る事もないのです。邪魔な草木は巨体で薙ぎ倒し、鋭い草でも傷付かない丈夫な皮膚を持っています。
でんでんにはシャミルの苦労が分からず、それ故にシャミルが死にかけている事も分かっていません。仮にシャミルが死んだところで、ビスケットの在処が分からなくて残念に思うだけ。
ちなみにシャミルと三日間行動を一緒にしたのも、森での暮らしに苦労がなく、食事や飲水はそこらにある落ち葉や植物を食べるだけで良いので、別行動をする必要がなかったからです。夜についても、ディーエンデンは寝床どころか縄張りもない生物なので、シャミルが適当な場所で寝れば傍で休息を取っていました。
結局のところシャミルを守ろう、助けようなんて、でんでんは微塵も考えていないのです。シャミルは自力で森を抜け出さねばなりません。
そしてシャミルの努力と知識の結果、森の出口はすぐそこにまで迫っていました。
「――――っ!」
シャミルは気付きます。木々の隙間から、光り輝くものが見える事に。
今までの疲労を忘れて、シャミルは走り出しました。でんでんも「見逃してなるものか」とばかりにシャミルを追い駆けます。
少しの間駆けると、でんでんにとって見慣れぬ景色が広がりました。
それは砂浜です。一面に真っ白な砂が堆積している、とても見事な浜辺でした。ただし森から見えた輝きは砂浜のものではなく、その先にある大きな水の集まり……海が太陽光を反射した際の輝きです。
この大海原こそシャミルが目指していた、大陸の西側に広がる大海原。
ついにシャミルは熱帯雨林から抜け出し、第一の目的地としていた海沿いに辿り着いたのです。
「や、や、やったぁーっ!」
あまりの嬉しさに、シャミルは大はしゃぎ。一国の姫どころか少女ですらなく、一人の人間として喜びを露わにします。
なお、でんでんの方は「ほぇ〜。でっかい水溜りだぁ〜」ぐらいの感想でした。熱帯雨林の奥深くで暮らしていたでんでんは海など見た事もありませんが、いくら発達したとはいえ所詮軟体動物の神経細胞。景色に感動する情緒など持ち合わせていません。
それにシャミルの方も、景色に感動する余裕なんてありませんでした。
「あ、だ、駄目、です。海水は、飲んじゃ、駄目……」
大量の『水』を前にして、乾いた身体はそれをどうしようもなく欲しているのですから。
シャミル自身呟いているように、海水を飲む事は好ましい行動ではありません。塩分濃度が高い海水を飲んでしまうと、より脱水が進行してしまうからです。今のように乾き切った身体で海水を飲めば、それこそ脱水で死んでしまうでしょう。
しかしいくら理性が訴えても、視覚は『水』を認識しています。身体からすれば、それが飲めるかどうかなど分かりませんし、飲まねば死んでしまうぐらいに渇いています。
ちょっとぐらい飲んでも良いんじゃない? ……理性的でない、耐え難い欲求がじわじわとシャミルの心を蝕んでいる事でしょう。
「ウジュゥ〜」
そんなシャミルの葛藤など無視して、でんでんは駆け足で海へと近付きました。「久しぶりに水たまりでばしゃばしゃ遊びたーい」ぐらいの、衝動的行動です。
――――ナメクジに塩を掛けると溶けてしまう。
大半の人間は、このような言葉を聞いた事があるでしょう。事実、ナメクジに塩を掛けると死に至ります。では、高濃度の塩分を含む海にでんでんが浸る事は危険なのでしょうか?
いいえ、問題はありません。
その説明には何故ナメクジに塩を掛けると溶けてしまうのかの解説が必要です。これには浸透圧が関わっています。浸透圧とは簡単にいえば、濃度の薄い水と濃度の濃い水の間に、水だけを通す膜を挟むと、濃度の濃い方の水に水分が移動する作用の事。つまり水は濃度の差があると移動する性質を持っています。
一般的にナメクジなど軟体動物の皮膚は薄く、水分を通しやすい性質があります。これは湿った場所にいる分には、その湿り気を皮膚から吸収出来るという利点がありますが……見方を変えれば、皮膚から水が出入り可能という事。
このため濃度の濃いものを掛けられると、浸透圧によって水が外に出てしまうのです。塩を掛けると、と言われていますが、実際には砂糖でも同じ現象が起きます。そして溶けると言われていますが、実際には萎んでいるだけです。
つまり水を通さない皮膚であれば、ちょっと海水に浸かったところで問題にはなりません。そしてディーエンデンの皮膚は、普通の軟体動物とは少々作りが異なります。
ディーエンデンは大型化に伴い、移動に粘液を用いなくなりました。よって身体の水分を外に出す必要はありません。落ち葉の下など湿った環境に滞在するのも困難となり、皮膚からの水分吸収も期待出来ません。むしろ防御力を高め、骨を持たない身体を支えるためにも、より丈夫で分厚い皮膚の方が好ましいです。
このためディーエンデンの皮膚は、水の出入りが困難なものへと進化しました。お陰で海水に浸っても大きな問題は起きないのです。
「ウッジュウゥ〜」
ばっしゃーん、と激しい音を鳴らして、でんでんは海へと突入しました。それから美味しい水草でもないかなーと、砂浜をうろちょろ動き回ります。
能天気なでんでんの姿を前にして、ますますシャミルは物欲しげに海を見つめるようになりました。ですが、彼女が衝動のまま海に飛び込む事はありません。
その前に海から、一体の巨大生物が現れたのですから。
「キシャアアアアアアアッ!」
甲高い雄叫びを上げながら出現したのは、巨大な『怪物』でした。
体長十メートルはあるでしょうか。幅三十センチほどの細長い身体は頑強な甲殻に覆われていますが、何百とある体節によってまるでヘビのようにしなやかな動きをしています。身体の側面に脚はなく、代わりとばかりに細長い『ヒゲ』のようなものが、体節一つ当たり一対付いていました。
そして頭部は、あまりにもおぞましいものでした。頭にあるのは巨大な触角が四本と、爪のように鋭い六つの大顎。大顎を左右に大きく開き、触角を忙しなく動かす様は、全ての生物を獲物と見做しているようです。
この生物の名はオルガウム。大型化したイソメの一種です。イソメとは環形動物に属する生物であり、分類上そこまで近縁ではありませんが、ミミズやヒルの仲間といえば分かりやすいでしょうか。
ミミズの仲間と聞けば、あまり危険な生き物ではないと思うかも知れません。ですがオルガウム相手にそんな甘えた認識を持てば、その生物はすぐさま自然淘汰されるでしょう。
「シャアッ!」
姿を見せるや、オルガウムはでんでんに攻撃を仕掛けてきました。この攻撃に、でんでんは反応が間に合いません。
奇襲された、というのも反応が遅れた要因ですが……一番の理由は、オルガウムの圧倒的な速さです。迫るオルガウムは馬どころか鳥よりも速く、瞬く間に肉薄してきました。
この速さを生んだのは筋肉です。
環形動物であるオルガウムは、その身体を二つの構造により支えています。一つは全身を覆う頑強な甲殻、そしてもう一つがその甲殻の内側にある筋肉です。
オルガウムの筋肉は瞬発力に優れる速筋が多く、これにより短距離であれば他の生物を圧倒する速さを繰り出せます。そして獲物が困惑している隙に自らの細長い身体を巻き付けて、がっちりと拘束するのです。
「ウジュ、ゥウ!」
でんでんも例外にならず、オルガウムが貝殻部分にぐるぐると巻き付くのを許してしまいました。
「キシャァァッ!」
肉薄したオルガウムはすかさず、大きな牙ででんでんに噛み付いてきます。
オルガウムの牙は人間の手より遥かに大きく、刃のように鋭いものです。サイタンの拳を難なく耐えたでんでんの皮膚ですが、この鋭さには耐えきれず貫かれてしまいます。身体に大きな穴が空きました。
更に、オルガウムの牙はただ鋭いだけではありません。
その先端から強力な神経毒を分泌出来るのです。僅かでも注入されれば、たとえ自分よりも大きな動物でも、たちまち身体が痺れて動けなくなってしまいます。仮に動けたところで、オルガウムの頑強な甲殻と強靭な力は、弱った身体でどうにかなるものではありません。
オルガウムはこの優れた狩猟能力により、熱帯雨林に隣接する豊かな海で頂点捕食者として君臨しました。普段は中型から大型の魚を獲物としていますが、産卵のためやってきたウミガメや、迷い込んだイルカなども易々と餌にしてしまいます。無論、海にのこのこ入ってきた動物など格好の獲物です。
実に恐ろしい生物と言えるでしょう。
しかしディーエンデンは、更に恐ろしい生物なのですが。
「ウジュゥウウ……!」
でんでんは声を発します。それは苦悶の声ではなく、怒りを溜め込む唸り声でした。
ですがでんでんは殆どダメージを受けていません。
まず牙によって空いた穴は、大した問題ではありません。ディーエンデンの身体もまた全身筋肉と言える状態で、空いた穴の周囲を収縮させる事で体液の流出を防いでいます。また、そもそも内臓などの重要器官は貝殻の方に格納されているため、外に出ている身体が多少損傷しても生命活動に大きな問題はないのです。
そしてオルガウムが注入してきた神経毒については、問題なく『解毒』しています。
解毒能力の秘密は、ディーエンデンの食事事情にあります。ディーエンデンは植物や落ち葉、キノコや菌類などを好んで食べる雑食性です。これらの食べ物は森の中では非常に豊富で、いくらでも食べられますが……同時に多種多様な『毒』も持ちます。動けない植物は身を守るため種によって多様な毒を生産していますし、キノコや菌類も様々な毒素を生み出しています。中には短時間で動物を死に至らしめるほど強力なものもあります。
これらを食べるディーエンデンは、極めて強力な解毒能力を進化させてきました。神経毒に対しても有効な酵素を持っており、難なく分解しています。
「ウジャゥウッ!」
問題なく身体を動かせるでんでんは、今度はこちらの番だと言わんばかりに、オルガウムに噛み付きます。
噛むといっても、ディーエンデンに顎はありません。ですが食事に使う歯舌があります。歯舌は本来食べ物を削ぎ落とすようにして使うもので、口から少し出る程度の動きしか出来ませんが……ディーエンデンの歯舌は筋肉の働きにより、外に大きく飛び出す事が可能です。それこそ、まるで『顎』のように振る舞う事が可能ぐらい。
そしてディーエンデンの口上部には、普段格納されている小さな突起物があります。硬質化した皮膚の一部であり、決して歯ではありません。ですが鋭く、頑強なそれは、まるで牙のように対象を貫く事でしょう。
飛び出した歯舌と口器上部にある突起物。この二つを組み合わせる事で、ディーエンデンは対象に噛み付く事が出来るのです。
「キシュ!?」
「ウジャアッ!」
まさか平然と噛み付かれると思っていなかったのか、オルガウムは驚いたように身体を強張らせます。でんでんはその隙を見逃しません。力いっぱい、噛み付いた身体を引っ張ります。
噛み付きの拘束力、そしてでんでんの怪力を直に感じ、不味いと感じたのでしょうか。オルガウムは貝殻に巻き付いていた身体を自ら解き、結果、砂浜の方へと投げ飛ばされます。
砂は柔らかなクッションのように、投げられたオルガウムの身体を受け止めました。オルガウムは十メートル超えの身体をのたうち回らせ、どうにか起き上がろうとします。どうやら今の投げ技で力の差を感じ、逃げ出そうとしているようです。
しかし、とても残念な事に……でんでんはオルガウムを許しません。
身体に穴を空けられた事が、余程ムカついたようです。でんでんは強靭な筋肉を使い、駆けるようにオルガウムに肉薄します。
いえ、肉薄どころか体当たりです。
「キャシュィ!?」
追撃を喰らい、オルガウムは転倒しながら更に陸地側へと追い込まれます。
そのオルガウムの下半身側に、でんでんは遠慮なくのし掛かりました。そして暴れるオルガウムの上半身を咥えたら、勢いよく身体を仰け反らせ……
ぶちりと、オルガウムの身体を引き千切ってしまいました。
「ウジャアッ!」
でんでんはオルガウムの上半身を地面に叩き付けます。環形動物であるオルガウムは生命力に優れており、身体が千切られても簡単には死にません。
そのためしばらくは砂浜の上でジタバタと暴れていましたが、それさえ鬱陶しく思ったでんでんはくるりと半回転。オルガウムにお尻側を向けます。
そして自らの下半身、貝殻を背負っている胴体中央付近までを大きく持ち上げ……殴るようにオルガウムの頭目掛けて振り下ろします。一・二トンもの体重を渾身の力で叩き込まれて、オルガウムの頭は粉々に粉砕。数秒痙攣した後、いよいよ動かなくなりました。
「ウジュゥアアアアアッ!」
昂ぶる感情のまま、でんでんはオルガウムの亡骸に吼えます。勿論返事はなく、それにでんでんは満足しました。
――――さて。そんな戦いを遠目に見ていたシャミルは、腰を抜かしていました。
シャミルがでんでんの戦いを見るのはこれが二度目。ですがサイタンの時と違い、今回は相手を殺すほど激しい戦いでした。王国が近年平和という事もあって、直接的な争いとは無縁だったお姫様には少々刺激的な光景だったようです。
尤も、か弱い乙女でいられたのはほんの数秒の事。いくら上品ぶろうと、知的だと己に言い聞かせても、人間もただの動物です。
三日も絶食している状態の時、『肉』を前にしてどうして我慢なんて出来るのでしょうか。
「あ、あ、ぅあ……!」
シャミルは人語を忘れたように呻きながら、砂浜に半分埋もれたオルガウムの下半身へと向かいました。下身体はその生命力の強さを示すようにピクピクと痙攣していますが……断面からはどろどろとした体液、それと強靭な筋肉が外に飛び出しています。
シャミルはごくりと息を飲んだ後、その筋肉を鷲掴みにし、千切って口の中に突っ込みました。
一口入れたら、もう止まりません。肉が生だとか、砂まみれだとか、そんな事は微塵も気にせず食べていきます。
「お、いひぃ……おいひぃ……!」
そして泣きながら、自分の血肉になってくれた命への感謝を言葉にします。
こうして瀕死だった王国の姫は、今しばらく生き永らえる事が出来たのです。
なお、でんでんは「うわーアイツ生肉なんて食べてるわー」ぐらいの気持ちを抱きながら、砂浜に流れ着いた海藻を暢気に食べるのでした。




