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でんでん伝説  作者: 彼岸花


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2/16

ひらひらおさる

 ここで『彼女』が属する種である、ディーエンデンについて説明しましょう。

 ディーエンデンは見た目通りカタツムリの一種です。より具体的には有肺類と呼ばれる、陸上生活に適応した貝類の中間となります。有肺類は名前の通り空気呼吸に適した肺を持つのが特徴であり、多くの種が地上に適応しています。

 ディーエンデンはそんな有肺類の中でも、特に地上環境への適応に成功しました。そして巨大化した身体は、小さなカタツムリ達とは全く異なる進化を遂げました。

 まず、歩き方からして違います。

 一般的なカタツムリは、どうやって前に進んでいるのでしょうか? 実は地面に張り付いている訳でもなければ、滑っている訳でもありません。身体に纏う粘液の上を、流体力学を利用し、泳ぐように進んでいるのです。

 これは非常に優れた移動方法です。あくまでも粘液の上を進んでいるため、粘液さえ付着すればどんな場所でも進んでいけます。例えば垂直のガラス。普通の生物ではつるつる滑って登れませんが、カタツムリにとっては簡単です。粘液をガラスに塗りたくり、その粘液の上を進むだけなのですから。

 しかしこの方法はディーエンデンには使えません。ディーエンデンはあまりにも巨大、つまりとても重たいので、粘液の吸着力だけでは張り付く事が出来ないからです。

 また、カタツムリの移動方法は常に粘液を出し続ける必要があります。粘液の主成分は水ですから、これは大量の水を常に排出しているのに等しい状況です。多くのカタツムリは落ち葉の下や樹上、朽ち木の中などの湿った環境で暮らすため、水分補給は容易ですが……ディーエンデンは巨大です。落ち葉の下になんて潜れませんし、葉っぱに引っ付けば重さで枝が折れるでしょう。

 粘液による移動は、ディーエンデンには使えません。そこで彼女達は、地上を()()()移動するよう進化しました。

 ずんぐりとした身体の縁は、筋肉がとても発達しています。この強靭な筋肉組織を波立たせるようにして、一歩を作り出しているのです。まるで小さな足が幾つもあり、それで身体を支えているような状態です。

 この歩き方には幾つかの利点があります。一つは水分消費がとても少ない事。粘液を使いませんから、その分失う水分は少なくて済みます。

 そしてもう一つの利点は、とてもパワフルでダイナミックに――――走れる事です。


「ウッジュジュジュ〜」


 好奇心旺盛な『彼女』も森の中を駆けていきます。

 その時速は十五キロ相当。全力疾走には程遠いものですが、人間の歩く速さの三倍はあります。

 更に『彼女』は巨体を活かし、道中にある草木も蹴散らします。高さ五十メートルもある巨木は避けるしかありませんが、数センチ程度の草や、太さ一センチもない若木は、三メートルの巨体で容赦なく粉砕していました。

 ディーエンデンは賢王と呼ばれていた種族ですが、そんなのは勝手に与えられた名前です。『彼女』含めてディーエンデンの本質はあくまでも野生動物……獣のそれに過ぎません。木々を大切にしようとか、生態系を守ろうとか、そんな殊勝な考えは微塵もありませんでした。

 さて。邪魔するものを吹き飛ばして直進した彼女は、やがて目的地に辿り着きます。

 そこは木々が何本か倒れていました。倒れた木々の断面は生々しく、つい今し方、物理的衝撃によって倒されたのだと分かります。地面は大きく抉れており、落ちた際の衝撃がどれほど大きかったかを物語っていました。

 その大地の傷跡の先に、大きな塊があります。

 塊は三メートル近い大きさで、丸い形状をしています。材質は金属的ではなく、かといって木材でもない……昆虫の甲殻のような、動物的有機質を感じさせるものでした。もくもくと煙を出しており、発火はしていませんが、かなり高温になっているようです。迂闊に触れば、並の生き物なら一瞬で火傷するでしょう。


「ウジュゥウゥ」


 そんな熱々の塊に、『彼女』は躊躇なく近付きます。

 近付く理由は好奇心。そして近付ける理由は、ディーエンデンの皮膚にあります。

 ディーエンデンが暮らす熱帯雨林地域は植物が豊富であり、植物食の生物も多くいます。しかし植物としては食べられたくはありません。このような環境で長年世代交代してきた植物達は、様々な自衛手段を進化させてきました。

 その手段の中には、動物を傷付けるものがあります。葉を細く固くして、触れれば切れるようにしたもの。長く鋭い棘を持つもの。粉のような破片を纏い、チクチクと突き刺さるもの……

 そんな植物だらけの環境では、ただ動くだけでも身体が傷付く恐れがあります。小さな一般カタツムリなら兎も角、ディーエンデンほどの巨体では草葉を避ける事も儘なりません。

 葉が擦れたぐらいで傷付くような軟な身体では生き残れません。生き延びたのは傷付かないほど丈夫な身体を持った個体のみ。ディーエンデンはそうして丈夫な表皮を進化させたのです。更に表皮の奥は泡状の組織構造をしており、ちょっとやそっとの熱なら通しません。

 お陰で熱々の丸い塊も、難なく触れます。もぞもぞと身体で伸し掛かり、くまなく触ってみたり、ちょっと齧ってみたり、色々してみました。

 すると、バキンッ、と何かが割れたような音がします。


「ウジュゥ?」


 何かが壊れた事を察知して、『彼女』は一旦丸いものから離れます。それから全体を注意深く観察しようとしたところで、不意に丸いものが割れました。

 いえ、割れたというのは正しくありません。()()()()()()()というのが正確でしょう。この丸いものが、なんらかの乗り物だと認識出来るのであれば。

 ですが『彼女』は乗り物など知りません。なんだか怪しい気がして、少し、距離を取ります。


「げほっ! げほ、けほ……」


 すると開いたハッチの中から、何かが出てきました。

 それは、人間でした。

 年頃は十五ぐらいの、若い少女です。着ているのは恐らく外出用の、けれども安全性や機能性よりも見た目の美しさを重視したドレス。よく見れば指輪や髪飾りなどに宝石があしらわれ、高貴な身分であると窺えます。

 今は苦悶に歪んでいますが、顔立ちはとても可愛らしいものです。それでいて胸や腰付きは女性らしさに溢れ、多くの男性を魅了している事でしょう。美しい髪は黄金よりも輝かしく、人々を惑わせるに違いありません。


「あ、ありがとう、ございます。助かりました、中から開けられなくて――――」


 そして何はともあれ真っ先にお礼を言えるぐらい、素直で純朴な性格をしていました。

 尤もいくら純朴な少女でも、三メートルもある巨大カタツムリを見れば取り乱すのは当然なのですが。


「きゃああああっ!? ば、ばけ……!?」


 驚き、叫んだ少女は、ぽてんっとその場にへたり込んでしまいます。

 そのまま、身動きを取りません。

 どうやら腰を抜かしてしまったようです。『彼女』はそんな少女にゆっくりと近付いていきます。逃げられない少女は、目に涙を浮かべ、ガタガタと震えました。


「ウジュー」


 そんな少女のすぐ隣に、『彼女』はそっと身体を寄せます。


「……………えっ。えっと……」


 『彼女』の見せた予想外の行動に、少女は戸惑いを露わにします。涙と震えは止まりましたが、何時までもそこにいる『彼女』を前にして、キョトンとしていました。

 それからおもむろに、恐る恐る、少女は『彼女』に手を伸ばしました。

 『彼女』は触られても、怒りも避けもしません。少女は唖然としながら、けれども段々と表情が和らぎます。


「……怖くないって、言ってるのでしょうか」


 少女は『彼女』の行動を、そう解釈しました。

 なお、その解釈は誤りです。

 『彼女』は少女の近くにあった、白いキノコを食べに向かっただけでした。このキノコは『彼女』のお気に入りの餌で、好んで食べています。カタツムリであるディーエンデンの口は動物のように大きく裂けるものではないため、少女は『彼女』が食事中だと気付きませんでした。

 ともあれ『彼女』は、『彼女』の意図せぬうちに少女から信頼されました。もしも『彼女』が少女が何者か、何があったのかを問えば、このように答えてくれたでしょう。

 少女の名はシャミル。

 この世界で、最も繁栄した国である王国……その王国の第一王姫であると。勿論幼い王姫をたった一人で熱帯雨林に送り込むような文化は、王国にありません。シャミルの状況を説明するには、この世界の歴史についての説明も必要となります。

 この世界パンゲアには、かつて高度な文明が存在していました。

 その文明は様々なものを発明しています。例えば馬よりも速く走る乗り物、遠くの誰かと話せる片手サイズの機械、映像を記録する道具……しかもそれらが作られたのは数千年も前なのに、保存状態がよいものは今でも動きます。高度な素材を惜しみなく使えるほどの、優れた技術力と生産力を持った文明です。

 ですが、今から凡そ五千年前に滅びてしまいました。

 何故文明は滅びたのか。その原因は分かっていません。今いる人々は当時の文明の子孫ですが、五千年も前のご先祖様の話など誰もろくに語り継げていないのですから。そのため諸説あり、環境汚染が深刻化した、エネルギー資源が枯渇した、戦争で自滅した……どれも尤もらしいもので、恐らくその全てに見舞われた(どの問題も技術の発展で破綻を先送りにしていたがついに限界を迎えた)と考えられています。

 その文明の遺跡は今も世界各地に残り、動く機械が時折発掘されています。もしかすると文明を滅ぼした機械が、まだ残っているかも知れません。迂闊に使うのは危険です。

 そのため王国では、古代文明の遺物は全て封印してきました。

 ……と、言うのは簡単ですが。しかし封印するにしても、どんな遺物であるか分からなくては正しい管理なんて出来ません。例えば遺物の正体が爆弾だった場合、封印して一安心、というのは最早滑稽でしょう。

 また遺物は基本的に、現代よりも優れた技術の産物です。「安全なものだけ活用すれば生活は良くなる」という意見も根強く、古代文明の遺産の活用を求める声も多くあります。

 古代文明の遺物をどう扱うか。出来るだけ接触を断つ『封印派』か、積極的な使用を求める『活用派』か。殆ど王国の人々は、この二つの思想のどちらかに属しています。

 シャミルは封印派の一員です。そして今日、従者達と共にとある遺跡の視察を行っていました。

 ところがその視察中に古代の遺物が突如作動したのです。様々なトラブルの果て、シャミルだけが乗り物(丸い物体)に閉じ込められ……射出。

 王国から遠く離れたこの熱帯雨林まで飛ばされ、遭難してしまいました。


「ウジュウジュ〜」


 そうしたとても複雑な事情を、『彼女』は一切聞こうとしませんでした。そもそも言語によるコミュニケーションという概念がないので、事情を尋ねるという発想すらありません。


「はぁ。これからどうしましょう……」


 シャミルも、いくら尋常でなく巨大とはいえ、よもやカタツムリが言葉を理解するとは思いません。これからどうしようかと、途方に暮れています。

 『彼女』はシャミルが困っていようが野垂れ死のうがどうでも良いので、その仕草に何も思いません。好物のキノコを食べ終えた彼女は、好奇心が満たされた事もあってそろそろこの場を後にしようと考えていました。

 丁度、そんな時の事です。

 がさりと、草を掻き分ける音がしたのは。


「ひっ!?」


 シャミルは怯えた声を出しました。『彼女』も一応振り向き、音の正体を探ろうとします。

 そんな一人と一体の前に現れたのは、一匹のサルでした。

 ただし体長四メートルはある、二足歩行をしている怪物猿でしたが……

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