でんせつのはじまり
とある宇宙に、その星は浮かんでいました。
星の名はパンゲア。大きな大陸が一つだけあり、その大陸の名もパンゲアです。大陸パンゲアは惑星表面積の二割を占めるほど巨大で、南北に長く伸びています。そして海上で発生した雲は東から西に流れていくため、大陸の東側は降水量が多く、西側は少ない傾向にあります。
赤道付近は特に降水量が多いため、大陸の東西を覆うほどの、巨大な熱帯雨林が生い茂っています。熱帯雨林地域の北には険しい山岳地帯が存在し、南側には平地が何処までも広がっていました。平地の東側には温帯林が、西には草原地帯が見られます。更に北へ進むと寒冷な乾燥地帯、もしくは湿潤な湿地帯に足を踏み入れる事になるでしょう。
『彼女』が暮らしているのは、この大陸の熱帯雨林地域です。
「キキキキキッ!」
「キィィィー!」
鬱蒼と茂る森の中は、何時も賑やかです。あちこちから生き物達の声が聞こえてきますし、虫はそこら中を飛び回っています。
しかし動物達よりも、意識するのは植物の方でしょう。
辺りに立ち並ぶ木々は十数メートルの間隔を開けて並んでいて、どれもざっと五十メートル近い高さがあります。てっぺん部分にだけ大きな葉を広げており、幹には枝すらありません。とはいえ幹には大きなツタが巻き付き、苔が生え、樹上性草本性植物が根を張っています。空中はさながら未来都市のように混雑し、鳥でさえ自由に飛び回るのは難しいでしょう。
地上は更に鬱蒼としています。木々の葉が光を遮り、昼でも暗いのに、地面には幾つもの草木が生えていました。ただし光が不足しているようで、どれも非常に細く軟弱ではありますが。元気なのは蔓植物ぐらいで、ここでも縦横無尽に蔓を伸ばし、繁茂していました。
地面には腐葉土が降り積もっています。たくさんの小動物や微生物が暮らしていて、木々や草花が落とした葉、或いはあらゆる生き物の死骸や糞を食べ、栄養のある土へと変えています。しかしその栄養は植物達が一瞬で吸い尽くしているので、土壌は非常に薄く、軽く掘れば砂や石が出てくる状態です。
とても多くの生き物達が暮らしています。そして生物が豊富であれば、生存競争も苛烈なのが世の常。植物達を虫が食べ、虫を鳥が食べ、鳥を獣が食べる……様々な生命が奪い、奪われ、生きていました。
『彼女』はそんな森の住人の一体でした。
『彼女』は森の中を悠然と進みます。地面に生える草よりも遥かに大きな、全長三メートル近い胴体は何にも隠れていません。そして隠れる必要はありません。『彼女』が通れば、どんな生き物達も逃げていくのですから。
三メートルもある身体は、細長くやや平たい形をしていました。体表面は全体的に茶色く、黒い縞模様が何本も走っています。皮膚は乾燥していて、粘液などは纏っていません。質感はゾウの皮によく似ているかも知れません。
頭には四本の『角』があり、そのうち長い二本の先には目が付いていました。目は黒く巨大なもので、周囲を注意深く見回しています。短い二本の角は地面を探るように動いていました。
背中には大きな貝殻があります。ぐるぐると渦を巻いた殻は非常に分厚く、中が透けて見える事はありません。表面には苔や植物までも生え、相当長い年月を生きてきた事が窺えます。
『彼女』の姿は、所謂巨大カタツムリでした。
ディーエンデン――――かつて、遥か大昔にそう呼ばれていた生物種です。ディーエンデンは熱帯雨林地域の中でも特に奥深くの、最も植物と生き物の豊富な領域に生息しています。成体の個体数は百体未満であり、個体数だけで見れば絶滅危惧種に相当する存在です。
「ウジュ、ジュジュゥ〜」
尤も『彼女』は種族の存続なんて興味もありません。森の中を悠然と進み、落ち葉や植物を食べ、本能のまま気儘に過ごす……
それが許されるのも、ディーエンデンがこの森の『賢王』であり、そして最強種だからです。それも自ら名乗った訳ではなく、他種族からそのように称えられていました。
『彼女』もディーエンデンの一体として、日々を悠然と過ごしています。これからもそう過ごす事でしょう。
ただし、この日の出来事がなければですが。
「ジュゥ?」
『彼女』はふと、気付きました。
空を何かが飛んでいく。
森の木々よりも遥かに高い位置を飛んでいく、何かがいたのです。鳥の悲鳴のような甲高い音を鳴らしながら通り過ぎたそれは、『彼女』の頭上を通り過ぎ……
しばらくして、爆発音と衝撃が『彼女』に伝わりました。
「……………ジュゥゥ」
『彼女』は考えました。ディーエンデンはカタツムリですが、考える事が出来る程度には知能もありました。
そして好奇心も旺盛です。
『彼女』は思いました。何かが落ちてきたらしい。一体何が落ちてきたのだろう? 一旦気になると、何がなんでも見たくなってきました。
小動物であれば、その行動は自殺行為でしょう。ふとした事が死に結び付く彼等には、不用意な外出は無謀な行いでしかありません。
しかしディーエンデンは違います。密林の賢王である彼女達の肉体は、その無謀が死に結びつきません。好奇心のままの行動が許される、だからこそ王なのです。
「ウジュウゥウ〜」
『彼女』も欲望のまま、好奇心に従う事にしました。何があったのかを知るため、爆発音があった場所へと向かいます。
それがこのパンゲア大陸の歴史を左右する、伝説の始まりだとは、思いもせぬままに。




