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でんでん伝説  作者: 彼岸花


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15/16

はんぎゃくしゃのまつろ

 アヌフィスは機械兵器です。

 自己学習型AIを搭載し、自らの判断で行動・成長はしますが、そこに『自我』と呼べるものはありません。あくまで過去のデータの解析と、予め組み込まれたプログラムによる行動です。

 ですからどんな事態が起きても、混乱や困惑は生じません。

 生じませんが、全くの想定外、予測の範囲外を前にすれば硬直します。現状を理解するためのデータがないため、何度も繰り返し計算し、結果が出ないため動けなくなってしまうのです。

 突如腕が爆発した事で、アヌフィスはその硬直状態に陥っていました。


「……ウゥジュゥウィィ〜」


 対してでんでんは喜びます。表情などない、カタツムリの顔面が歓喜で染まっていました。

 アヌフィスと違い、でんでんはちゃんと理解しているのです。アヌフィスの腕が何故爆発したのかを。

 答えは、爆発していない方の腕――――その先端にありました。

 アヌフィスの腕ことレールキャノンの射出口に、何かがべっとりと付着しているのです。

 それはでんでんが身体に纏っている分泌液でした。それぐらいは、アヌフィスも当然把握しているでしょう。散々でんでんの身体を殴っていながら、飛び散る分泌液に気付いていない筈がありません。

 ですが分泌液が、時間と共に固まる事は知らなかったのでしょう。

 ディーエンデンの分泌液は、酸素と反応すると段々と粘着性を増していく性質があるのです。最終的にはディーエンデン自身ですらちょっと扱いに困るほど固く凝固します。

 ディーエンデンは分泌液の凝固を防ぐため、常に垂れ流しにして捨てていきます。ですが敵はそうしません。確かにねばねばしたものが身体に付くのは不快ですが、ディーエンデンという強敵と戦っている最中丁寧に取り除く暇などないのです。だから戦うほどに身体はどんどん分泌液塗れになっていきます。

 そして分泌液はやがて固まり、敵の動きを妨げます。

 ディーエンデンが纏う分泌液は、ただの鎧ではありません。長期戦になるほど敵を縛り付ける、恐るべき罠でもあるのです。アヌフィスもこの罠に嵌まり、レールキャノンの射出口を粘液で詰まらせてしまいました。この事に気付かぬまま攻撃したため、内部で弾丸が爆発。内側から高威力の『攻撃』を受けた事で、レールキャノンが破損したのです。

 でんでんは優れた動体視力により、レールキャノンが塞がっている事を確認していました。このため敢えて噛み付き攻撃を見せ、体内への攻撃を誘発。思惑通りアヌフィスは暴発により、腕を一つ失う事となりました。


【ピ、ピ、ピピ――――】


 ようやくアヌフィスは状況を理解。残った片腕の分泌液を拭おうとします、が、それは今一番やってはいけない行動です。

 この状況を予測していたでんでんが、のんびり見ている訳がないのですから。


「ウブェエッ!」


 隙を見せたアヌフィスにでんでんは、口から吐き出した液体を浴びせます。

 それは分泌液と似たような成分であり、尚且つより早く凝固するものでした。至近距離から放たれた液体をアヌフィスは躱せず、頭から被ってしまいます。

 狼狽なんて感情はないアヌフィスですが、急いで拭わなければ大変な事になると理解しています。大慌てとしか言いようがない動きで液体を拭おうとしますが、その甲斐もなく凝固。アヌフィスの腕を、足を、頭を固めてしまいます。背中にある翅の付け根は辛うじて無事ですが、他の翅から垂れ下がった液体が絡み、自由に動かせません。

 そしてでんでんの口からは、だらりと垂れた一本の『紐』がありました。

 口から吐き出した液体は、途切れていなかったのです。つまりでんでんの口から伸びる紐は、アヌフィスとしっかり繋がっているという事。長さ五メートルはあるでしょう。しかもすっかり凝固して、簡単には千切れません。


「ウジュゥウイィイイイイ!」


 力強くでんでんは頭を振るい、それに合わせてアヌフィスも振り回されます。

 アヌフィスはまず少し離れた位置の防壁に叩き付けられました。爆発するかのような勢いで壁は砕け、アヌフィスは崩れ落ちてくる瓦礫に埋もれます。

 ですがすぐにでんでんはもう一振り。今度は民家に叩き付けます。家の壁は蹴られた砂山のように飛び散り、アヌフィスはそのまま民家を貫いて反対側から飛び出しました。しかし身体に張り付く分泌液は、未だでんでんの口から離れていません。

 アヌフィスをぐるんと一回振り回して、今度は地面に叩き付けます。大地はボゴンと音を立てて陥没し、地震と間違うほどの衝撃が周囲に広がりました。

 続いて素早く振り上げたでんでんは、別の地面にアヌフィスを叩き付けます。また地面が陥没し、そして揺れます。


「ウジュウィイイッ! ウジュアア!」


 それでもまだでんでんは止まりません。

 何度も何度も地面に叩き付け、

 何度も何度も防壁に叩き付け、

 何度も何度も民家に叩き付けます。

 何もかもが砕け散り、辺りはすっかり更地です。最早叩き付ける場所がなくなると、でんでんはアヌフィスを振り回します。そうして力いっぱい加速したアヌフィスを、空高く打ち上げました。

 分泌液が身体中に絡まったアヌフィスは、最早空を飛ぶ事も出来ません。打ち上げられた身体はやがて落下に転じ、地面に墜落します。


【ピ、ピ、ピ――――】


 落ちても、アヌフィスはまだ完全には壊れていませんでした。

 ですがここまでの猛攻で、片腕は失われ、全身がヒビだらけになり、四枚ある翅は全て拉げています。飛行のためのジェット噴射口も歪み、今の飛行プロトコルでは真っ直ぐ飛ぶ事さえ出来ないでしょう。


【ピガ――――!】


 それでも兵器としての役割を果たすためか、攻撃を試みます。残っているもう片方のレールキャノンは未だ無事。そしてでんでんに叩き付けられている間に、どうにか片腕の分泌液だけは拭ったのです。

 自由になったレールキャノンを、アヌフィスはでんでんの眉間に向けました。


「ウジュ」


 そんな行動はお見通しなので、でんでんは容赦なくレールキャノンの射出口に『恋矢』を伸ばします。

 かつてサイタンを撃退した、本来生殖器として使われる硬質化部位です。長く伸びた恋矢はレールキャノンの射出口に捩じ込まれ、奥まで侵入。丁度そのタイミングでアヌフィスはレールキャノンを撃ってしまいます。

 発射された弾丸は恋矢と接触して大爆発。無事だったレールキャノンも爆散し、喪失してしまいました。

 両腕の機能がなくなっては、最早アヌフィスにまともな戦闘能力はありません。


「ウブゥエエエエエエッ」


 ですがでんでんは口から新たな液体を吐き出し、アヌフィスに浴びせました。

 大量の液体はアヌフィスから滴り、地面まで垂れてそのまま凝固。両手を失ったアヌフィスは、仰向けの状態で地面に張り付けられてしまいます。

 そのアヌフィスの顔面に、でんでんはゆっくりと近付きます。

 正直、『同族』以外でこれほど強い存在がいるとは、でんでんは思いもしませんでした。恐るべき強敵である事を認めたでんでんは、確実にアヌフィスを始末する事にします。

 そのために使うのは分泌液。

 腹の底から込み上がってきたそれを、でんでんは口の中で押し留めます。すぐには吐き出しません。たっぷりと、じっくりと、どんどん溜め込んでいきます。そして全身の筋肉を緊張させ、口をぎゅうーっと締めました。

 閉じているのですから、口の中にはどんどん分泌液が溜まります。溜まるほどに圧力も高まります。吹き出そうになる分泌液を、限界まで押し留め……もうこれ以上は無理、というぐらい溜め込んだらほんの少しだけ口を開きます。

 そうすれば溜め込まれた分泌液が、()()()()()()として発射されました。


「シュゴオオオオオオオオオオオ!」


 あまりの勢いで発射されたそれは、爆音と呼ぶのも生温いほどの音を鳴らし、アヌフィスの胴体を直撃します。

 高圧分泌液砲、とでも呼びましょうか。

 吐き出された分泌液には、植物由来のセルロースが粒子として含まれています。高圧の分泌液によって加速された粒子は凄まじい運動エネルギーを持ち、極めて頑強なもの……金属さえも削り、切り裂くのです。

 発射までに時間が掛かり過ぎる上に、あまりに高圧力で狙いが定まらず、口のある方しか撃てないので発射角度もバレバレ。あらゆる意味で実戦向きではないこれを『技』と呼ぶべきではないかも知れません。ですがその破壊力は、でんでん達ディーエンデンが使う力としては最大最強です。

 執拗な叩き付けでも割れなかった、アヌフィスの装甲が高圧分泌液砲を受けた瞬間爆ぜるように砕けました。内部の配線、動力炉、歯車にボルト……アヌフィスを動かすためのあらゆる部品が、高圧の分泌液により砕け、流されていきます。

 最後に派手な爆音を鳴り響かせ、アヌフィスは粉々に吹き飛んでしまいました。


「オオオオオオオオオトオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 ……溜め込んだ分を全て吐き出すまで止められないのも、この力の欠点でしょう。どうにか頭の筋肉で照準を合わせていましたが、それももう限界です。


「オオオオオオオッ!?」


 勢いよく上を向く羽目になり、分泌液は空高く打ち上げられました。

 夜の闇の中でもハッキリ分かるぐらい、力強い分泌液の噴水。

 ……都市を囲う防壁から遠く離れた王都中心部、王城にいたダイガン卿の目にもハッキリと見えた事でしょう。


「ば、ば、か、な……」


 アヌフィスの敗北をどうやってか知ったダイガン卿は、力なく膝を付きました。事情を知らない傭兵達は唖然とし、同じくダイガン卿の心など分からない騎士達は騒然とします。

 王だけが、ダイガン卿の絶望を察しました。


「傭兵達よ! お前達の雇い主は既に力を失ったようだぞ! これ以上の抵抗を続ければどうなるか、まさか分からぬ訳ではあるまい!」


 強い言葉で王が降伏を勧めると、傭兵達は一瞬戸惑いを見せました。

 それからダイガン卿に視線を向け、彼が何も言わない事から事態を察します。

 すっかり怯え切った彼等に騎士が迫れば、自ら武器を捨て、あっさり降伏してしまいました。ダイガン卿に至っては抜け殻にでもなったかのように、声一つ出さず呆然としています。

 王権を簒奪しようとした罪は重いです。首謀者であるダイガン卿は元より、金で雇われた傭兵達も、重い裁きを受ける事になるでしょう。

 その事実を告げる事も、王には出来ましたが……王は視線をダイガン卿ではなく、王都の方へと向けます。

 高く、高く、立ち昇る分泌液の噴水。

 噴水はやがて止まり、王都に静寂が戻ります。それは危険が止んだ事を意味しますが……危険な『何か』はまだそこにいる事でしょう。

 そう。ダイガン卿が復活させた古代兵器を破壊した、人間の手には負えない何かが。


「騎士達よ。直ちに部隊を編成するのだ。あの戦いのあった場所にいるものを調べろ……ただし向こうが何かしない限り、決してこちらからは手を出すな」


 ダイガン卿よりも、アヌフィスよりも厄介な存在を想定した国王の顔は、未だ強張ったままです。

 そしてその強張りが解けるのは、数時間後になってようやく王都に到着した、愛娘の無事な姿を見てからでした。

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