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でんでん伝説  作者: 彼岸花


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12/16

けんおうのしゅうねん

 アヌフィスとでんでんの戦いは、どちらが勝ったのか。

 先の一戦だけでは、判断は難しいでしょう。でんでんは貝殻を割られて内臓が露出し、アヌフィスも腹部装甲を破壊されて内部が露わとなりました。どちらもあと一発で『死』に至る状態であり、その意味では引き分けかも知れません。

 ですがシャミル達からすれば、この状況は非常に良くないものでした。


「不味いです……恐らく、ダイガン卿はアヌフィスの修理が終わり次第、反乱を起こすでしょう」


 ダイガン卿は全てを細かく話してはいませんが、シャミルには全体像が思い描けていました。

 ダイガン卿が必要としていたのは、政治的混乱そのものです。

 より具体的に言うなら、エブラムス遺跡でアヌフィスの起動実験をしている時に、王国からの邪魔が入らない事。王族や貴族達が権力闘争に邁進し、ダイガン卿から目を離した時期が欲しかったのです。

 シャミルの事故(事件)も、王姫の死による混乱を起こしたかっただけ。現国王の急死、伝染病の蔓延、辺境貴族の反乱、国民の堕落……きっかけはなんでも良かったのでしょう。後から調査される事も、考慮していないと思われます。王権を簒奪すれば、それまでの『悪事』はなかった事に出来るのですから。

 とはいえ、見方を変えれば全てがアヌフィス頼りです。本来ならばそれで問題はなかったでしょう。凄まじい防御力、鳥よりも上の飛行速度、大砲並の火力と弓以上の連射性能――――王国騎士団どころか、王国軍も自警団もまとめて壊滅させるのに十分な戦闘能力です。

 ですがでんでんによって、アヌフィスは破損しました。


「破損がどの程度深刻かは分かりませんが、中身が露出した以上様々な点検が必要な筈です。もしかすると、性能に著しい問題が生じるかも知れません」


「はい。尚且つ、ダイガン卿の謀反は奇襲だからこそ効果があります。謀反がバレて兵を差し向けられたら、アヌフィスが傍にいない卿は終わりです」


「どうせ戻った場所はエブラムス遺跡でしょうしね。あの遺跡にあった兵器なら、直す備品もそこにあるんでしょう。他の遺跡に頼る事は出来ない」


「つまりダイガン卿は今、相当焦ってる。姫様が王国に戻り、ダイガン卿の悪事を伝え、エブラムス遺跡に派兵される前に、謀反を起こさなければならない」


 本来なら、アヌフィスの力によってシャミル達を亡き者にする予定だったのでしょう。

 しかしその企ては失敗し、ダイガン卿はすぐに行動を起こせなくなりました。それはシャミル達に与えられた猶予でもあります。

 急ぎ王国に戻れば、何か手を打てるかも知れません。

 ……ですが。


「問題は、ダイガン卿の言う通り馬がいない事ですね」


 アヌフィスの攻撃に驚いて、馬達は何処かに逃げてしまいました。

 馬に食料などを積んでいた事も痛手ですが、今では王国に駆け付けられない方が問題です。アヌフィス修理前に知らせねばならないのに、そのための足がないのですから。


「私が急ぎ王国まで駆けましょう。鎧と剣を捨ててずっと走れば、三日で辿り着けます!」


「無茶を言うな。休憩を考慮しないのは最低の計画だぞ。そんなものはすぐ破綻する。大体森ほどではないにしろ、この草原にも獣はいるんだ。鎧も剣もなしに、どうやって身を守る」


「ならばどうしろと……!」


「野生馬を見付けるのはどうでしょうか。鹿でも、姫様ぐらいなら乗せられるのでは」


「野生動物の気性を甘く見るな。どんなに親しくなったように見えても、触れた瞬間攻撃してくるような奴等だ。長年騎士団が訓練し、家畜化した馬のように信頼する事は出来ん」


「そもそも、そう簡単に見付かるとは限りません。野生馬自体、最近は個体数が減っていると聞きますもの」


 王国を守るためにはどうすれば良いのか。シャミル達はあれこれ意見を出しますが、考えはまとまりません。時間、装備、戦力……その全てに不足があり、状況を打開する一手がないのです。


「ウジュ、ウジュ、ウジュ」


 そんな人間達を尻目に、でんでんは草を食べていました。


「……でんでんは暢気だなぁ」


「まぁ、アイツからしたら王国の存亡なんてどうでも良いだろうからな……それにアヌフィスをあそこまで破壊したのは、でんでんのお陰だ。感謝こそすれ、文句など言える立場ではない」


「ええ、その通りです。王国の問題はわたくし達、王国の人間が解決すべきでしょう」


 人間達はでんでんに頼ろうとはしません。既に十分頼り、ここまでチャンスをくれたのだと考えているのです。

 これは人間の国における問題。野生動物であるでんでんに、協力する義務も義理もありません。

 でんでん自身、王国の未来など興味もない事です。ダイガン卿の支配により、シャミル達王族が公開処刑になろうと、国民に圧政が敷かれようと、古代文明の遺産で人類が死滅しようと、全てがどうでもよい事でした。

 ですが、でんでんは許せません。

 アヌフィス――――自分の貝殻を砕き、あまつさえ勝ち逃げされたままなんて。

 『賢王』と呼ばれるほどの知性を持つディーエンデン(でんでん)にとって、それは許せない事でした。


「ウシャ、ウジャ、ウシャ!」


 その怒りをぶつけるように、でんでんは地面にある草を貪り食います。荒々しく歯舌を伸ばし、草も落ち葉も根も土も、片っ端から食い荒らしていました。


「な、なんか、でんでんの食べ方、すごい迫力がないか?」


「確かに……姫様、でんでんがあのような食べ方をする時は、前にあったのでしょうか?」


「い、いえ、わたくしもあんなに激しい食べ方は、初めて見ました」


 あまりに激しい食べ方は、シャミル達の関心を引きます。でんでんは人間達がどんな目で見ているかなど気にしません。周りの草を食べ尽くしたところで、くるりと方向転換。

 貝殻が割れて中身が見えている……その中身がもぞもぞと蠢いている部分を、シャミル達に向けました。


「!? も、もしかして、貝殻が、再生している……!?」


 シャミルが思わずといった様子で漏らした呟き。

 それは正解でした。でんでんの身体は、破損した貝殻の修復を始めていたのです。活発な細胞分裂を行い、失われた部分を少しずつですが再生させていました。

 とはいえ無から何かを生み出す事は、流石のディーエンデンでも出来ません。貝殻の材料となるカルシウム、細胞分裂のエネルギーとなる糖類、タンパク質の原料であるアミノ酸などが必要となります。それを補うため、でんでんは大量の草を食べているのです。

 この再生機能を以てしても、生存率は決して高くありません。

 剥き出しの内臓には、虫や細菌が集まります。鳥なども容赦なく啄むでしょう。ハエに卵を産み付けられたら、目も当てられません。

 ですが必ずしも死ぬとは限りません。残った生命力で外敵を押し退け、十分な栄養が確保出来れば、ディーエンデンは元の力を取り戻せます。

 いいえ、むしろ――――


「……どうやっても、わたくし達の足では王都まで一週間掛かりますよね」


「え。ええ、そうですね……馬がなくては、そのぐらい掛かっても仕方ありません。食べ物や水も探さねばなりませんし」


「悔しいけど、わたくし達が王都に着くよりも、ダイガン卿がアヌフィスを修理する方が早いでしょう。あの方が有能である事自体は否定出来ませんから、その見込みが間違っているとは思えません。そもそもお父様への説明や派兵までの時間、エブラムス遺跡への移動時間を考えると、たとえ今この瞬間わたくしが王国に着いても時間的猶予はありません」


「……ならばどうすべきと、姫様はお考えなのでしょうか?」


「わたくしは、でんでんと共に行くべきと考えています」


 シャミルが自らの考えを明かすと、騎士達は僅かに動揺しました。言い換えればそれは、巨大カタツムリに国の命運を預けようというのと同義なのですから。

 ですが彼等もまた、でんでんの強さを知っています。そしてアヌフィスの強さも。

 今の王国でアヌフィスとまともに戦えるのは、でんでんだけ。冷静に考えるほど、それ以外の答えは思い付かなくなるでしょう。


「ですから今のわたくし達がすべきは、でんでんの回復を手伝う事だと思うのです。獣や虫を追い払い、必要ならでんでんの食べ物を集める。そうすればでんでんは、あの大怪我から回復するかも知れません」


「……しかし、貝殻が治るまでどれだけの月日が必要か分かりません。それこそ一月や、一年掛かるようでは……」


 シャミル達はディーエンデンという生物を知りません。故にその生命力と再生能力がどれぐらいあるのか、推し量れずにいます。

 シャミルもその点については、騎士達の言葉を否定出来ません。


「ええ。それについては、その通りだと思います。でも、わたくし達ではアヌフィスは倒せない。なら、倒せる戦力の確保を優先すべきではないでしょうか」


「……………しかし、それでは国王陛下やフレミア王子の生命が危険に晒されるのでは」


「そもそも、必ずしもでんでんがアヌフィスとの再戦を望むとは限りません。失礼ながら、奴は獣です。国への忠義も、恩もあるとは思えません」


「どちらも承知しています」


 でんでんがアヌフィスと戦う気があるかは、シャミル達には分かりません。相手の心など、見えないのですから。

 そして仮にでんでんが戦う事を前提にしても……ダイガン卿の目的が王権の奪取であるなら、現国王やその後継者である王子の生命を保証する事はありません。

 現状王国の治世は国民に受け入れられているため、殺してしまえばダイガン卿への悪印象が強まり、後の統治に悪影響を与えるでしょう。それが分からないダイガン卿ではないため、無闇に殺す事はしないかも知れません。ですが王が抵抗すれば、容赦もまたしないでしょう。

 国王はシャミルにとって、統治者である前に肉親です。その生命を危険に晒したくないのは、多くの人にとっては当然の想いです。

 ですが王族として、シャミルは国を優先しました。


「ダイガン卿の支配の果てに、民の幸せがあるとは思えません。仮に、ダイガン卿が民の幸福を本当に願っていたとして……目的のために人の命を切り捨てる者に、未来は任せられません」


 単に古代文明の復興を願うだけなら、シャミルも反発はしません。臣民を説得し、貴族と意見を調整し、政治を変えていくのが『正道』です。

 確かにその変革は、ゆったりしたものとなるでしょう。ですが待てないからという理由で「殺し」を容認する者が、どうして民の生命を守るのでしょうか。

 それはダイガン卿からすれば必要な犠牲かも知れませんが……ならばダイガン卿は、『次』も同じ方法で改革を行うでしょう。最早民草の意思は無視され、ダイガン卿が全てを決め、操り、気に入らない者は消される国になるだけ。

 それは臣民の望む、国の姿ではありません。どれだけ技術が進歩しようと、人々が幸せになる国ではないのです。


「わたくしは王族として、ダイガン卿を討たねばならない。王の命よりも、臣民の未来を考えねばなりません」


「……姫様……」


「それに、先程言ったようにわたくし達が今この瞬間王都に着いても、ダイガン卿は止められないでしょう。でも、でんでんなら……」


 少しでも可能性があり、少しでも臣民を守れるやり方。それがでんでんとアヌフィスの再戦です。

 考えた末に下したシャミルの決断に、騎士達はしばし考え……そして頷きます。


「分かりました。姫様がそこまでお考えであり、覚悟をするというのであれば、私達も付き従います」


「! 本当!?」


「勿論です。それに姫様が言うように、でんでんに頼る以外勝ち目はなさそうですからね」


「まずはでんでんに群がる虫を追い払いましょう。他の話は、それをしながらでも出来る筈です」


「ええ!」


 シャミルと騎士達はでんでんの傍へと向かいます。草を食べ続けるでんでんに代わり、飛び回る小さな虫を潰し、追い払います。栄養のありそうなものを見付けたら、それを口の近くに運ぶ事もしました。

 地道で、泥臭く、汚い行い。けれどもそれがこの国の未来を守ると、彼等は信じていたのです。

 でんでんが人間達に感謝する事はありません。何かをしてもらった、という概念が彼女にはないのですから。ですがその『恩』は返される事でしょう。

 でんでんは今度こそ、アヌフィスを叩き潰してやるつもりなのですから。

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― 新着の感想 ―
『食事をして傷を回復』って、まるでトリコみたいですね。 >失礼ながら、奴は獣です。 カタツムリだから『獣』ではなく『虫』(※昆虫類ではなく、アバウトかつ広い意味での『虫』)では?
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