66
「さあ、どうして‥‥‥でしょうか? それは、神殿のお決めになられたことかと」
「嫌味のつもり?」
「いえ、そんなことは」
さすが闇属性ね、とエルスティーネの舌打ちが飛んだ。
やっぱりディリティリオがお似合いですよ、男爵夫人‥‥‥。
奥様、とエントス夫人が窘める。
イラついた素振りでエルスティーネはふんと鼻を鳴らしていた。
それは一つの合図だったのだろう。
エントス夫人が、新たになにかをこちらに渡そうとする。
それは、金貨が数十枚単位で入っている、革袋だった。
外観から、金貨と銀貨、銅貨を入れる包みはそれを見ただけで中味が分かるようになっている。
わたしに金貨を数十枚?
それはちょっと行き過ぎた礼の仕方だと思った。ただ、家臣を助けただけで、そんなお礼はいただけない。
こちらが遠慮する素振りを見せたら、またエルスティーネがにらみつけてきた。
「男爵家の報償よ。受け取れないの?」
「光の神殿が忌避している闇属性にこんな多額の褒美を与えるのはどうかと思いますが‥‥‥」
「それもそうね。でも、口外されると困るのよ。私がこんな年齢だってことを」
「……は?」
「ああ、もう。伝わらないって面倒くさいわね。貴方にたった一言でこの状況を伝えられたら便利なのに。あいにくとそんな能力は無いもの」
わたしにはありますけどね。
それをいま発動していて、いつでも知れる状態ですけれど。後に響きそうだから知りたくないだけで‥‥‥。
「ラバンシア伯爵家と縁があるだけでも厄介なのに」
「望んで産まれた訳ではありませんが。どうすれば男爵夫人の御心にかないますか」
と、提案をしてみる。
彼女とこちらの折り合いがつけば、それはそれでいい方向に転ぶかもしれない。
そうなると、知りたくなかった事情とやらも知っておいたほうがいい。男爵家と光の神殿の内紛ですかー……どこまでも薄暗い闇の中でやっている権力争い。
どうなっているのかと覗いてみたら、まあ、想像に難くない事情だった。
兄、ロメロの侯爵への昇格。それにより、エドワードをカミーナの妻にして‥‥‥光の聖女に据えることで、ロメロは王家と対等になるほどの権力を手に入れた、ね。実家のお父様が倒れて伏せている間に、我が兄弟姉妹は政争に明け暮れていたわけですか。
そして、わたしはまったく蚊帳の外。子供たちを奪われて、追い出された。
と、ここまではこちら側の事情。
男爵家は光の本神殿にいる、四人の枢機卿の一人を代々勤めていた。
エントス夫人の侯爵家もそのうちの一つ。そして、神殿の統括は――聖女が生れなければ、大神官がそれを務める。
今期の大神官はもちろん、男爵様で。
王国を代表して魔族の国々を訪問している間に、電撃的な聖女が誕生してしまい、手薄になった地位を追われそうになり、慌てて彼は先んじて帰国。
後からこのエルスティーネがのんびりと戻るも、色々な思惑が交錯して命まで狙われる始末。
仕方なく魔族側の領内から、王都へと迂回して戻ることに‥‥‥が、ここまでの道のりの詳細だった。
「そうね‥‥‥」
と、彼女は考え込む。こちらにその全てを読まれているとも知らずに。
ただ、用心すべきはやっぱり魔眼のことで。
これに関してはエルスティーネが心になにか壁でも作っているのか、それとも魔眼の作用なのかあまり知ることができなかった。




