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『隠匿者』にも限界があるのだと、一つ勉強になったわたしは、ならどんな効果を持つのか、この列車に乗ってから何があったのかを探ってみる。
戻ってきたのは魔眼の効果範囲は思ったよりも狭いということ。
『隠匿者』のように三メートルもなく、エルスティーネがはっきりと視認できる範囲。それも意識を保ちながら、視線を外してはダメだという。
交渉の場では役立つかもしれないけれど、そんなに期待したような効果はなくてちょっとがっかりした。
「これから王国を離れて行くと聞いたけれど、それからどうするの」
「は? まずは帝国に行こうかと。そう考えております」
子供たちのことに関しては、まだ話題に上がっていない。
ここで事情を話してあの子たちになにかあったら、それこそ目も当てられないことになる。このとき、エルスティーネの思考にはわたしをどうやって利用してやろうか。
その一言しか浮かんでいなかった。
「帝国に行っても、意味がないのでは」
「学院を出ておりますから」
「学院?」
「リシェル様は帝国学院を卒業されております」
と、側でエントス夫人がささやく。
治癒師の許可証を見せているからそれは知られても困ることはない情報だ。
エルスティーネも、ふうん、と頷くだけだった。
「治癒師‥‥‥、をふたたび目指されるの? 闇属性で?」
「帝国では王国ほど地位は低くありませんので。嫌味と受け取らないでいただければ助かります」
「そんなことは思わないけれど。治癒師、ね」
そう彼女が呟くと同時に、余計なことをしてくれた! という、強い怒りがまた相手の脳裏に再燃する。
記憶の断片が再生され、そこにはエントス夫人にハンカチを渡す場面、いまスウェイが立つ扉の隣に立つ騎士となにかを策謀する会話、そして『またやり直しだわ』と、後悔の言葉が流れ込んでくる。
(治癒をしないでくれたら良かったのに)
(また、殺す場面を探さなくてはならない)
(お膳立てを狂わしたのが、まさかあの‥‥‥ロメロの妹だなんて)
(憎らしい、ラバンシアの一族め!)
憤怒の感情は、エルスティーネの内面を焼いていた。
どこまでもどす黒い炎が、そのうちに渦巻いている。
思わず思考を遮断し、顔をそむけたくなるほどに、彼女の欲望は強かった。
光の大神殿を支配していた日常がそうさせるのかもしれない。
男爵夫妻は特権を失うことを恐れているように思えて、憐れみすら覚えてしまう。
その犠牲にエントス夫人を利用し、自分たちを優位に導こうとするやり方には、ただただ怒りしか生まれてこなかった。
わたしはなるべく平静を装い、「はい」と短く端的に返事をする。
感情を露わにしたらこちらが負ける。
気づいて初めて、自分がまともに生き延びられるかどうか、ぎりぎりの淵に立たされているとを知る。
ここはさっさと引くべきだわ‥‥‥そして、公国までをなんとかやり過ごさないといけない。
次の駅で降りてもいい、この列車は何もかもが危険すぎる。
じんわりと背中に嫌な汗をかいている自分がいて、その感触がお腹の底におりてくる。
逃げ出したいはずなのに、それが降りてきたら、不思議な感覚が芽生えた。




