98話:部活の先輩はとっても素敵
「え……?」
言われて、エピンは初めて気付いた。身体の中から、焦りの感情が消えている。
先程まであんなに衝動に突き動かされていたのに。不思議だ。不思議で仕方なかった。
けれど、そんな呆けたエピンにヘンリエッタはその笑みを向けたままだ。
嗚呼、返事を待っているのだと。今更ながらにエピンはそう気付いて。
「はい。ありがとうございます、ヘンリエッタ先輩」
「これも先輩の務めで部長の務めですわ!」
胸元に手を当て自慢げに背をそらす姿は、なんとも可愛らしい。エピンは焦りから解放されたせいか、素直にそう思う。だからだろうか、その言葉はするりとエピンの中から漏れ出ていた。
「……貴方は、俺の憧れです」
「あら! アベル先生が聞いたら不機嫌になりそうですわー!」
「アベル先生は偉大なる師ですから。でも、ヘンリエッタ先輩は……俺に可能性を見せてくれましたから」
「ふーん?」
自分の顔を覗き込んでくるヘンリエッタから、エピンはなんとなく視線をそらしてしまう。
「それで、私に可能性を見たエピンは……何を目指すんですの?」
「領地をモンスターから余裕で守れて、絶対に大丈夫だと思ってもらえる……そんな魔法使いです」
「モンスター?」
「魔境と隣接してるんです、俺の家の領地は」
「ふーん……ま、それなら頑張らないとですわね。絶対に大丈夫だと思ってもらえるってのは難しいですわよー? 余裕で勝つよりも難しいですわ、激ムズですわー!」
「ええ、やります。ヘンリエッタ先輩が見せてくれた魔法が、俺にその可能性を教えてくれたんですから」
そう。あのシルバーアームとかいうモンスターをヘンリエッタが一撃で倒した時。エピンはそれを感じたのだ。実際に強いとか、そういう話ではなく。この人ならと思えるような、そんな感覚をだ。
「だから、俺も貴方みたいになりますヘンリエッタ先輩。自信満々で余裕綽々で、何処か不遜に見えて……それでも素敵だと思える貴方みたいに」
「うーん、褒められてるのかそうでないのか迷いどころですわね……」
「凄く褒めてます。たぶん俺の人生で一番に」
「そうですの? それなら構いませんわよ! ほーっほっほっほ!」
高笑いするヘンリエッタをエピンはじっと見つめる。
そうだ、この人のようになりたい。誰もが見ずにはいられない、輝く太陽のようなこの人みたいに。
そうするにはどうしたらいいのか? 実力を磨く。それは当然だ。他には?
「なんですの? そんなにじっと見られたら、流石に照れましてよ?」
「笑い声……か?」
「へ?」
疑問符を浮かべるヘンリエッタの前で、エピンはすくっと背を伸ばして……息を深く吸う。
「はーっはっはっは!」
自信満々に見せかける傲慢な笑顔と、笑い声。腹から響かせる力強い響きの後に、エピンは「うーん」と難しい表情になる。
「……正直、照れが凄いです。ヘンリエッタ先輩はこれを自然に出来るまでどんな修練を?」
「えいっ」
「うわっ」
また脇を突かれて、エピンはさっきと似たような悲鳴をあげてしまう。
「真似するのは構いませんわ! でも全然ダメダメですわ!」
「ヘ、ヘンリエッタ先輩!?」
「自信がないから照れが出るんでしてよ! 虚構で飾っても高笑いは相手に響きませんわよ! もっと自分に自信をつけて、それからですわ!」
「自信……難しいですね。俺に出来るでしょうか」
魔法学園に来て一番最初に砕かれたのが自信だという学生は多いだろう。
この世界には自分では想像も及ばないような凄まじいものがある。それを知ったからこそ謙虚な気持ちで学んでいる。エピンとて、魔法の深遠さには日々驚かされるばかりだ。
「自信は自分で勝ち取るものですわ。でも、そうですわねえ……」
ヘンリエッタはそこで何かを思いついたと言わんばかりの表情を浮かべる。
「そうですわ! 貴方のその杖!」
言われてエピンは自分の杖……アイアンドラゴンスタッフに視線を向ける。この杖がいったいなんだというのだろうか?
「そのドラゴンの杖に相応しいオリジナル魔法を編み出してみるといいですわ。きっと自信に繋がりましてよ!」
ドラゴンの杖に相応しい魔法。それを聞いてエピンは自分の中の情熱に再び火が点いたのを感じていた。
そうだ、これはイヴァンが自分のために作ってくれた杖だ。しかし、エピンはこの杖に相応しいことを出来ていただろうか?
今まで通りのことを、イヴァンの杖頼りでやっただけではないだろうか?
イヴァンの杖があったからこそ出来ることを、やるべきだったのではないだろうか?
「……本当にありがとうございます、ヘンリエッタ先輩。俺が今やるべきことが見えました」
「ふふーん。いーっぱい感謝してもよろしくてよ?」
からかうように言うヘンリエッタに、イヴァンは笑みを返す。
「ええ、もっと感謝したいので……これからもたくさん相談してよろしいですか?」
「構いませんわ! 私も部長ですし? 部員の面倒を見るのも役目ですもの……そう、部長、として!」
また自慢げに胸を逸らすヘンリエッタに「ありがとうございます」とエピンは笑う。
……そして、エピンは思うのだ。この可愛らしくも素晴らしい先輩と、もう少し距離を近くしたいと。
それはあるいは先輩に抱く憧れであるかもしれないけれど。正しい感情の名前は、もう少し育ってみないと誰にも分からないだろう。




