75話:憧れの先輩ってイイよね
「え、あ、いえ! キリアン先輩を追いかけて来たとかじゃなくて!」
不思議そうな顔をしているキリアンに、リリカは思わず顔を真っ赤にしながら「違うんです!」と叫んでしまう。本当に違うから堂々としていればいいのだけど、こんなところで会えてしまったのも嬉し過ぎるし不思議そうにしているキリアンの顔が今まで見た表情のどれとも違っていて「なんかよかった」などということを言えるはずがない。なお白猫コアは青春の香りを察して目をキランと光らせている。
……だが当のリリカは否定すればするほどそれっぽいことに気付いて恥ずかしさに顔が真っ赤になるのが止まらないしなんだか汗も出てきたし「違うんです」と言い続けるだけになってしまっている。
「……落ち着け。違うのは分かったから」
「お、おす……あ、なんか汗が。あっ」
「落ち着けって言ったろ」
キリアンは懐からハンカチを出すと、そのままリリカの手に握らせる。持っていようといまいとハンカチを使うという思考すら出てきそうにないからまあ、ここはキリアンがやるしかない。白猫コア的にもポイントが高い。
「あ、ありがとうございます……」
「そんなに緊張するなよ。エダム先生に習ってる同士だろ」
「そ、そぉですね……? あ、おす……」
「それ、エダム先生に言えって言われたのか? 俺はやんないぞ、そんなの。素直なんだなあ」
ハハッと面白そうに笑うキリアンにリリカはハッとする。そういえば確かにキリアンが「押忍」なんて言っているところは見たことがないけども。
「うう……なんか言ってると自信がつくような気がするんですけど……変、ですか?」
「いや? 言霊っていうのは魔法的には正しい。言霊魔法なんてのもあるくらいだしな」
「言霊魔法……」
「たとえば、そうだな。恐怖心を克服するために叫ぶこと。アレも魔法には到らないまでも言霊だな。言霊魔法になると『俺は強い』という言葉を現実にするような、そういうことが出来る。ま、使い過ぎると心のバランスを保つのが難しいらしいが……気になるならエダム先生に聞いてみるといい。紹介してくれると思うぞ?」
「お、おす!」
やっぱりキリアン先輩は凄い、と。リリカは素直にそう思うのだ。後でキアラに言ったら「ズルい」と怒られるかもしれないが……二人きりというのは、やっぱり嬉しいのだ。なお白猫コアは猫なので人数に入っていない。キリアンも猫を気にしているとリリカ相手なら悟られそうなので無視しているし、白猫コアも自分を空気と思ってほしいので三方良しである。リリカよし、キリアンよし、白猫コアよし。さておこう。
とにかく、そんなリリカにキリアンは柔らかい笑みを向ける。正直に言って「先輩」などという役目を自分が果たせるかは分からなかったのだが、リリカのような素直で真面目な後輩というものは、存外に悪くない。
「まあ、なんだ。エダム先生は『押忍』を自分の中で色々と切り替える合図にしていると思うぞ?」
「合図、ですか? それって、えーと……」
「気合を入れるってことだよ。グッとお腹の真ん中に力を入れて叫んでみろ」
お腹の真ん中に力を入れる。キリアンのその言葉は不思議とリリカの中でスッと染み込んでくるようだった。
正直、リリカ自身違和感はあったのだ。エダムのものと自分のもので何か違いがあるような気がして、けれどエダムが何も言わないから経験の差だと思っていたけど……もし、そうであるならば。
リリカはすうっと息を吸って、お腹にグッと力を入れる。
「……押忍!」
ビリッと空気が震えた気がして。リリカは自分の気持ちが気のせいではなく引き締まり、身体を巡る魔力の流れがほんの少しスムーズになったのを感じていた。それどころかまだワチャワチャしていた自分の中の気持ちもスッキリしている。
言霊。キリアンが言ったことの意味が、今のリリカには感覚で理解できる。
「これは……」
「お前はもう魔法使いだからな。このくらいはスムーズに出来るってわけさ。ま、エダム先生に知られたら『自分で気付かせたかった』って言うかもだけどな。ハハッ」
「あははっ、エダム先生には申し訳ないことしちゃいましたね」
「ああ。もし聞かれたら俺がやったって言っていいぞ?」
「押忍! そうします!」
「よし、いい子だ」
そう言うと、キリアンは軽く手を振り歩き出す。
「お前とならそのうち、一緒にダンジョン行ってみるのもいいかもな」
「へ!? え、ええ!? 本当ですか!?」
「ああ、行きたくなったら言えよ。付き合ってやる」
「はい! 絶対に!」
言霊のことを教えたばかりで絶対とか言ってしまうリリカに苦笑しながらも、キリアンはその場で足を止め振り返る。
「絶対か。なら期待してるぜ、リリカ」
笑うキリアンの表情には何処か少年らしい無邪気さをが見え隠れしていて。リリカは顔を一瞬で真っ赤にすると、その場にへなへなと座り込んでしまったのだ。




