7話:魔法学園ヤマダの学生です
……ところで、だが。この世界で恐ろしいものとは何だろうか?
モンスター? 当然恐ろしい。そこら辺を歩く人にこの質問をすれば、大体の人間はモンスターだと答えるだろう。
盗賊? やはり恐ろしい。彼等に襲われたら、場合によっては奴隷として売られてしまうかもしれない。
災害や病気? これもまた恐ろしい。ただの人間にどうにか出来るものではない。
しかし、それらに隠れながらも誰もが名前を聞けば恐れるものがある。
「……この村は終わりだ」
「そんな、村長……! 今魔法使い様のところに遣いを出してるじゃないですか! それが帰ってくれば……!」
魔塔。魔法使いたちの集まるその場所こそが今現在知られている魔法の最高峰であり、高い報酬を受け取り最高の仕事をする……と言われていた。
それは当然、呪いのようなものにも対応していて。
「今朝帰ってきたよ。金が足りないそうだ。儂らに払える程度の小金では魔塔の魔法使いは動かないそうだ」
「そんな……!」
この村は呪われている。土が腐れ果て、植物も同様に枯れ果て腐り落ちる。此処に育つ者はなく、村人たちも少しずつ体調を崩すようになってきていた。
もはや村を捨て何処かへと行くしかないが、呪われた自分たちを受け入れてくれる場所などあるかどうか?
いや、恐らくない。少年は地面の土を掴む……此処は元々肥沃な土地で麦もよく育つ場所だったのに、どうしてこんなことになったのか?
「くそっ、あの呪術師のせいで……!」
「だが儂らにはどうにも出来ん」
「俺がやります! アイツの首を掻っ切ってやれば……!」
「馬鹿を言うな! 呪術師も魔法使いなんだ! 奴を倒そうとした大人たちがどうなったか知っているだろう!」
「だからです! 今なら油断して……!」
「していると思うか?」
カタカタ、と音が鳴って。人間の頭蓋骨に鳥か何かの翼の骨がつけられた、醜悪な「何か」が飛んでいた。声はどうやらそれから漏れてきたようだが……呪術師の作ったアンデッドであることは明らかだった。
「ア、アンデッド……? 馬鹿な、呪術師だったはずじゃ……」
「貴様等に魔法の何が分かるというんだ。元より死霊魔法も呪魔法も非常に近い位置にあるものだ……私のような天才であればな、両方を習得することなど簡単なのだよ! 黒の魔塔でもその才能を認められていたのだからな!」
黒の魔塔。闇系統の魔法や呪魔法、死霊魔法などを得意とする魔塔だが……そこ出身という事実に村長たちの顔が青ざめて、アンデッドが高らかに笑う。
「ようやく分かったようだな!? この近くだと青の魔塔にでも助けを求めたか⁉ 来るわけがないだろう、あんな腰抜けどもが! 私が此処にいると想像した時点で来る選択など捨てていただろうよ!」
「そんな凄い方が、どうしてこんな場所で呪いを?」
「決まっている! 他の魔塔の連中共の縄張りを荒して私を追い出した黒魔塔の連中に私の偉大さを見せつけてやるのだ……!」
「……なるほど、嫌がらせですか。困った方ですね」
「何を……いや待て。貴様。いつからそこに」
「先程からおりましたよ?」
だが村長も少年も今まで気付いてすらいなかった。
さらりと絹糸のような桃色の髪を腰ほどまで伸ばした、柔らかな印象を持つ金の眼を持つ少女。
金糸をあしらった装飾も美しい真っ白なローブは不思議と輝いているようにすら見えて、手に持つ長い杖はやはり美しい金色。黄金ではない……もっと何か神聖なものを感じる。
光魔法を扱うという白の魔塔の魔法使いだろうか? そんな村長の考えと同じものを、呪術師も当然のように抱いていたようだった。
「き、貴様……白の魔塔の奴か⁉ こんなところで何を!」
「いいえ、私は魔塔の所属ではありません」
少女がトン、と杖で地面を叩く。
瞬間、光の波動が広がり地中から黒く薄汚い何かが靄のように溢れ出て消えていく。いや、消し去られて行っているのだ。
村長も少年も突然の事態に意味が分からない中で、ただ一人呪術師だけが使い魔を通して状況を理解できていた。
「お、俺の呪魔法が解除された……!? 馬鹿な、幾重にも効果を重ね合わせて組んだんだぞ!? そんな簡単にいくはずが……!」
「魔法の構成が稚拙ということですよ。この程度であれば私でもどうにか出来てしまいます」
この程度。その言葉は呪術師のプライドをこれ以上なく刺激する。自分を追い出した黒魔塔の連中も自分を蔑んだのだ。こんな20にも届いていなさそうな小娘に自分のトラウマを、プライドを踏みにじられたという事実はどうしようもなく許せないもので。
「……いいだろう、ならば見せてくれる! 我が魔法の神髄! アンデッドよ、腐れし土を纏い巨体を為せ! 偽りの肉は鎧を纏い無比なる力を得るだろう……いでよ、呪肉巨兵……!」
「はあ、なるほど……村の土を呪っていたのはこれを作る為ですか……」
目の前で出来ていく家よりも大きい土塊の巨人を見上げて少女は呑気な調子で言い放つ。こんなものなどたいしたことはないとでも言うかのように。
「そうだ! 貴様のせいで本来より大分小さくなってしまったが……それでもこの村ごと貴様を消し飛ばすには充分だ!」
「そうでしょうか?」
しかし、少女は口元に人差し指を当て首を傾げていた。困った人を見るようなその目は、呪術師に戸惑いを覚えさせる。
どうしてこんなに余裕があるのか? まさか援軍でもいるのか。土塊の巨人で周囲を見回しても、そんなものは影も形もない。では、ハッタリ……なのだろうか? それであんなに余裕のある笑みを浮かべられるのだろうか?
「因果応報、という言葉がございまして。まあ、悪いことをすれば報いがあるということですね」
「それがどうした。神学の講義でも始める気か?」
「神様が裁くのであればそれも良いでしょうが、残念なことに今此方には目を向けておられないようでして」
ですから、と。そう少女は微笑む。
「私が貴方に応報しましょう。貴方の行ったことがそのまま返るように」
「……戯言だ! やれ、呪肉巨兵!」
「浄化の光よ!」
杖から放たれた輝きが拳を振るおうとした土塊の巨人を一瞬で土へと還して……そこに頭蓋骨と鳥の翼の骨が転がっていく。そこからはもう、何の力も感じない。
それだけではない。何も育たなくなっていたはずの地面に、青々とした草が生え……畑には枯れ果てたはずの麦が揺れていた。
「……奇跡、か……?」
その場に座り込み涙を流す村長の横に居た少年もまた目を見開いていた。
まさか、こんなことが。こんなことが起こるなんて。
これが本当の魔法だというのだろうか、と。少年は自分の中の魔法に関する固定観念が崩れ去り消えたのを感じていた。
「さて! この村はもう大丈夫です。呪われた人たちもすでに治っているはずです。一応後で診にきますが……逃げる前に呪術師をやっつけないとですから」
そう言い残し去っていこうとする少女を少年は思わず呼び止める。
「待ってください! お礼も言ってないのに……それに、恩人の貴方の名前だって!」
「私ですか? ああ、そういえばご挨拶もしていませんでしたね!」
振り返った少女は杖を抱きしめながら今日で一番の笑顔を見せる。少年の顔が赤くなる程度に魅力的なそれは……家の中からよろよろと出てきた村人たちにとっても同じだったようだ。
「私はクリス・セイラン。魔法学園ヤマダの学生です」
「が、学生……? 魔法学園? え、それって……魔法を?」
「はい、魔法を教えてくれる学校で、私はそこの生徒です」
「なんと……」
そんなものがあるなど、村長も聞いたことはない。ないが……これ程のことをこんなに若い少女が出来るというのであれば。
「……そこに通えば、こんな理不尽もどうにか出来ますか?」
「どうでしょう。ですが、私くらいにならなれるかもしれませんね?」
少女が……クリスが少年に渡したのは、魔法学園への招待状。
日程を少年に囁くと、今度こそクリスは村に背を向けて歩き出す。
「では、私はこれで。また後でお会いしましょう」
それから少しの時間がたった後。死霊術士を縛り倒したクリスが戻ってきて村人を診ている間……少年の心に宿っていたのは、強く熱い……魔法への憧れだった。




