66話:本当は恐ろしい魔法学園ヤマダ
勿論、虹魔塔主のように切羽詰まっているのでもなければ危機感などなく……それ故に魔法学園をどうにかしようと意気込む者も当然いる。
魔法学園の実態を探るためにやってきた緑魔塔の魔法使いの男などは、まさにその典型だった。
風魔法を使う者が集まる緑魔塔では浮遊島の上に存在する……少なくとも緑魔塔の認識ではそうであるのだが……その秘密を探るべく同伴者枠を手に入れやってきていた。
だが、実際やって来てみればどうだろう。いきなりオープニングセレモニーとかいって凄まじいものを見せつけられ、高品質な魔法道具や魔法薬を信じられない値段で売っていて。
案内図を見れば教えている魔法の種類があまりにも多すぎる。それが出来るだけの教師陣が揃っているというのが、それだけで眩暈がするほどに恐ろしいのだ。
(有り得ない……なんという場所だ。こんな場所で学んだ卒業生がいずれ世に出るだと……!?)
魔塔主にこの目で見た恐ろしさを報告しなければならない。しかし、はたして信じてもらえるだろうか?
幻影魔法ではないと、自分が見たものが真実だと。そう納得させる難しさたるや尋常ではない。
男だって、こうして実際に魔法を見せられなければ信じ切れなかっただろう。
この場所は……魔法学園ヤマダは、既存の理解を超越しているということしか分からない。
ふらりと揺れた男を、一人の少女が支える。どうやら学生だが……貴族では無さそうだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……問題ない。ありがとう」
とはいえ、この魔法学園の学生だ……下手な態度をとれば、後々どう返ってくるか分からない。
だから、男は可能な限り……魔塔の魔法使いとしては非常に異例なことに、その傲慢さを隠していた。
「リリカさん、どうされましたの?」
「キアラさん! あ、それじゃあ失礼しますね!」
「ああ」
キアラ。その名を男は知っている。
キアラ・オータムレイン。オータムレイン王国の王女だ。
魔法学園に入ったというのは知っているが、では先程の少女が庶民だというのは間違いだろうか?
(……いや、違うな)
王族や貴族の所作は庶民のものとは違う。普段からそうあれかしと育てられた者は、それが自然と出ているからだ。そしてあのリリカという少女はそうではない。けれど従者というわけでもなさそうだ。では、まさかと男は思う。
(まさか、此処では全ての人間を一緒くたに扱っているとでもいうのか……!? そんな馬鹿な、身分制度をなんだと思っている……!)
こんなことを考えられるのも男が長年特権階級扱いされてきた魔塔の一員であるからだろう。
王族だろうと貴族だろうと結局は自分たちに頼るんだろうという、そんな歪んだ意識の……けれど事実であったそれは魔塔の魔法使いたちを、身分制度の中に自然と上位として組み込んだ。
しかし、これは。こんな場所で学んだ魔法使いたちが外に解き放たれれば、その全てが引っくり返ってしまうかもしれない。
「有り得ない……魔塔の統べる世をひっくり返そうっていうのか……」
そんなものは許されないと男は思う。この魔法学園ヤマダが既存の世界をひっくり返す存在であるというのならば、どうにかしなければならない。
たとえば、この浮遊島が沈んでしまえば? それで止められるかは分からないが、やってみる価値はあるはずだ。少なくとも男はそう思う。
(確か教員棟とかいうのがあると書いてあったな。迷ったふりをしてそこに向かえば何か見つかるかもしれん)
そう決めて歩き出した直後。男は背中に氷柱を差し込まれたようなゾクリとした感覚に襲われる。
いや、違う。そんなものでは終わらない。何か、こう。抗えない何かに見られているような。
「……っ!」
分かる。これは魔力を含んだ視線だ。自分が初心者の頃、緑魔塔主にやられたような……威圧を含む目。だが、記憶にある緑魔塔主のそれがぬるま湯に思えるほどの冷たさ。もはや寒いとしか言えなくなるような、歯が噛み合わぬ恐ろしさは、自然と男に滝のような汗を流させる。
(なんだ!? 今……今、俺は何に見られている!? 何の機嫌を損ねたんだ!?)
恐ろしい。何か分からないが、男は自分が今、恐ろしい何かの不興を買ったことだけは分かっていた。
アベル、イリシア、ダリアン校長。知っている名前が浮かぶが、その誰であるかも分からない。
「誤解だ……違う。だから、許してくれ……!」
座り込んだ男の異変に周囲の人々が気付き声をかけるが、男はそれに気付いてもいない。
だが、謝罪が効いたのかどうなのか。男を襲っていた威圧は一気に引いて。その事実すらも恐ろしい。
だって、あのままならもしかしたら。視線による威圧だけで男を殺せていたかもしれないのだ。
それはあまりにも圧倒的な、比べることすらおこがましい実力の差。
「おい、大丈夫か……? 顔が真っ青だぞ」
「ハ、ハハ。大丈夫、だ。だから、その。放っておいてくれ」
保険室担当にして医療魔法講師サリバン・ホワイトは男の様子を軽く診て「あー、たぶんこれコアが何かやったな」と思うのだが……そうなるとこの男が多分悪いので、木陰に連れていって一応の処置をする。
ここで絶対ではなく「たぶん」となるのは、青春の香りを求めてさ迷い歩く白猫コアの絶妙な信用度の表れであるのは……まあ、もう仕方のないことだ。だって絶対治らないし。




